第15話 大粛清時代の生活
粛清が進んでいる時代のソ連がどんなだったのか……
実はやられた当事者を除くとお祭り騒ぎだったのよ。
考えてみれば分かることよ。
粛清されている連中は「人民の敵」としてやり玉にあげられているわけね。
敵が死んでいるのだから、国家にとっては勝利よ。
だから、毎週のように「大勝利記念パーティー」が開催されているわけ。
現代日本だって不祥事を起こした政治家が辞職を余儀なくされると、多くの人が喜んでいるでしょ?
基本的には同じ構図よ。違いは人生ごと辞職を余儀なくされるだけのことよ。
自分の家に来ない限りはみんなハッピーなのよ。
おまけに1930年代から西側の文化を許容しはじめているのよ。
ワインやアイスクリームなどの大量生産も始まって、映画も(プロパガンダ映画ばかりだけど)解禁されたりして、日常のハッピー感も出て来たのよ。
相変わらず飢饉も進んだりしていたけれど、一時期に比べれば大分マシになっているわね。そもそも、他の優先課題がないから、内輪の粛清に勤しめるようになったとも言えるわね。
国民生活は以前と比べると大分良くなっているし、しかも毎日「今日は人民の敵誰それの死刑執行がありました」というニュースを聞くことができるわけ。
「それはそうですが、ガスパジャー・チエ、仕事が大変なんですが……」
サダモフが弱音を吐いているわ。
世界を敵に回しても全くひるまなかったサダモフがひるむのだから大変なことだわ。
実際、仕事は大変よ。
朝から晩まで調書とりまとめて、死刑の命令書にサインをしていくの。
ちなみに死刑の方法はとても簡単になったわ。
セルゲイ・キーロフが暗殺された1934年11月に、「同志キーロフを暗殺するような奴は即刻処刑だ!」ということになって「12月1日法令」というものが出されたのよ。だから判決後一時間後には執行なんてことも珍しくなくなったわ。
それだけ簡単になっても、毎日何百人と死刑命令を下すのは大変よ。
しかも、大幹部にはノルマがあって、定められたノルマの人数を死刑にできなかった者は「二流ボルシェビキ」として本人が死刑の対象になるような勢いよ。
ノルマ達成自体は仕事感覚になれば難しくなかったようよ。密告してくる者が多かったみたいだからね。
その中に友人とか身近な者がいれば、どうしようかと迷うことくらいみたいだけど、段々そのあたりの感覚もなくなったらしいわ。
「長年の友人だった誰それもスパイだったんだねぇ」
って、しみじみ語ったなんて話もあるらしいわよ。
ちなみにベリヤは調書と死刑命令は元より、自ら取り調べ(という名の拷問)も行っていたらしいわ。どんな仕事にも、それを天職とする人間が存在していたということね。
「イラクで成し遂げた延べ人数から比べると余裕のノルマでしょ? 頑張ってちょうだい」
ベリヤはもう粛清されているのだから、サダモフが踏ん張るしかないのよ。
「いや、私は上から指示を出していた立場で、具体的な命令を出して、尋問していたのは息子とか法務部門の人間が……」
「ところで、サダモフ。ここにあるファイルがあるわ」
「……何でしょうか?」
「ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリのファイルよ」
「……!?」
これだけ大粛清が広まったこの時代、当然、最高幹部間でも猜疑心が芽生えることはあったようよ。
前から言っているように、替えの利かない人間というものはいるわけで、中枢にいつつも粛清に巻き込まれることがなかった者はいたわ。
だけど、どんな人間にも黒歴史はあるものよ。極めて都合の悪い事実を持ち出されたら、言い逃れできなかったかもしれないわね。もちろん、最高責任者であるスターリンも例外ではないわ。
だから、中枢の人間達は、自分の情報を探られないように細心の注意を払っていたというわけね。
だけど、そんなものは私には通用しないわ。私達にはスターリンの全てが分かっているわけよ。
今、目の前にあるファイルのように。
「ハァーッ、ハァーッ……」
サダモフが虚ろな目でファイルを見ているわ。
スターリンを追い落として、ソ連の最高責任者になれば安全になるかもしれないわ。完全に粛清を止めることはできないにしても、エジョフやベリヤのような連中を変えたり、ノルマを落としたりして安全を広げることはできるはずよ。
そう、追い落とすことが出来れば……
サダモフは震える右手を伸ばそうとして、がっくりと落としたわ。
「はぁ、はぁ……。ガスパジャー・チエ。あなたはそうやって、何人の党員を殺してきたのですか?」
「百人から先は覚えていないわ」
こんなシーンもあったかもしれないわね。
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