第4話 作戦開始と新たなるモブ

 うまいことスターリンに取り入って、父をミコヤンの下に入れさせることに成功したわ。

 完全に信用してはいないみたいだけど、父はそもそも共産主義に興味がない人間よ。自分の仕事に専念すれば、スターリンは安心して使ってくれるのよ。

「ここからどうするの?」

「もちろん、ここからガンガン稼ぐのよ」

「それは分かるけど、どうやって? バクー油田の生産量を増やすの?」

「それは難しいわね」

 バクー油田は19世紀前半から開発されている油田よ。

 歴史があるからその分利害関係が複雑に絡まっているの。だから生産量を増やしたからといって増やしたからガッポガッポと儲かるわけではないわ。

 トロツキーが8年前に全部ソ連のものにしたのではないかって?

 そんな簡単なものではないのよ。販路とかそういうものが複雑にあるのだから、ね。

 いきなり「俺のものだ」とか言い出して、総すかんを食らったから、ミコヤンのような存在が必要になったのよ。


「バクーは重要だけど、これ以上を求めるのは難しいわ。だから新しいものを探す必要があるのよ。具体的には西シベリアの油田ね」

 チュメニ州をはじめとして、西シベリアには広大な油田があるの。

 本来なら発見されるのは第二次世界大戦の後だけれど、地質学者の父をコントロールして今のうちに見つけてしまうのよ。

「確かに現代ではロシア最大の油田地帯だけど、この時代に掘れるのかな?」

「現状のソ連では無理でしょうね。ただ、西側はかなり興味をもつはずよ」

 利権を与えて、開発させるのよ。


 ただ、こうした地下資源に深く関わってくると内部抗争に巻き込まれる危険性があるわ。

 そろそろ盾が欲しいところね。

「盾?」

「色々布石は打ってあるけれど、それでもここソ連では粛清や密告の危険があるわ。だから、何かあった時に先に粛清される盾を用意させておいたわよ」

「そんなものまで用意していたんだ。さすがに千瑛ちゃんは用意周到だね」

「もう一つ理由があるわ」

 私達はまだ6歳だし、当面は子供のままだわ。

 これまでの二回は悠ちゃんを表向きでは交渉の窓口にしていたけれど、この年齢だと子供だからアテにならないわ。

 だから、窓口となる大人が代わりにいるということよ。

 モブ父がなれれば良かったのだけれど、彼はロシア語が話せないし、ソ連で日本人が重役を担うことはないから、どうしても他に必要になるのよ。


「そういえば、今回、僕がいる意味ってないよね……? 前話の生徒会の話じゃないけど、ソ連は会議に女性も参加しているから、千瑛ちゃんだけでも何とかなるんじゃないの?」

「確かに私1人でも何とかなるわね。だけど悠ちゃんがいる意味はあるわ。悠ちゃんがいなくなるとツッコミ役がいなくなるもの」

 私がひたすら話すだけになってしまうのは大問題よ。


「そうだね、僕がいないと千瑛ちゃんがひたすら罵倒するだけで終わるかもしれないね……」

 悠ちゃんが自らの存在価値に溜息をついたところで、モブ盾役が出て来たわ。

 大柄の口ひげが特徴的な男よ。

「よろしくお願いします。ガスパジャー・チエ」

「こんにちは。今回はよろしく頼むわね」

 私と握手をした後、彼は悠ちゃんに対しても握手を求めて自己紹介をしたわ。

「私はグルジア出身のフセイン・サダモフと申します」

「フセイン・サダモフ?」

 悠ちゃんはけげんな顔をしてサダモフを見ているわ。

「……千瑛ちゃん、この人、元イラク大統領のサダム・フセインだよね?」

「……そうとも言うわね」

「いや、それ以外ないと思うんだけど?」


 ヨシフ・スターリンの出身地であるジョージア(グルジア)のゴリと、サダム・フセインの出身地ティクリートは割と近いのよ。直線で結べば北京と上海、札幌と大阪くらいのものなのよ。

 それに民族性も大分近いと言えるわね。復讐志向が強かったり、血気早かったりするところよ。

 だから、フセインはスターリンのことを研究していたらしいのよ。

「今回はスターリン研究の一環としてやってきました。粛清は怖いですが、ガスパジャー・チエがいつか最強イラクも作ってくれるパターンも期待しておりますので」

「……考えておくわ」


「でも、グルジアってイスラム教徒がいるの?」

「21世紀では10パーセント程度がムスリムよ。中東のイスラムテロ組織にもこの地方出身者が大勢いるわ」

 ただし、正確には本名と別にイスラム名を名乗っているケースがほとんどだけどね。

 つまりサダム・フセインというイスラム名を持ちつつ、グルジアのなんちゃら・なんとかシビリみたいな名前があるわけだけど、作者がグルジアの名前に詳しくないから、ロシアっぽくサダモフにして解決したわ。

「母はグルジアで、父親はウズベキスタンのブハラあたりの出身ということにしております」

「それがいいわね」

「良くないよ。フセインの父はイラクのバース党幹部だったって言うじゃん」

 それはそれ、これはこれ、よ。


 彼をプロジェクトリーダーに据えて、本格的に取り組むことになるわ。

 とはいえ、もちろんモブ盾だからサダモフが具体的に何かをすることはないわ。安心してちょうだい。


 ※ガスパジャー……海外の人に対する敬称みたいなもの。男性相手だとガスパージンになる。

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