第4話 大震災と虎ノ門事件
1923年9月1日、関東大震災が発生したわ。
この震災は大きな被害をもたらしたわ。震災手形が不良債権化するなどして経済恐慌をもたらすことにもなったしね。
一方で、東京西部が発展するきっかけにもなったのも事実よ。
天災を利用するのは倫理的にはどうかという話もあるけれど、もう少し早い段階で生まれて発言力をつけていたら、産業変革にも利用できたかもしれないわね。
とはいえ、13歳の私達にそこまでやるのはさすがに無理な話だわ。
私にだってできないことくらいあるのよ。
震災に対する海外の関心は極めて高いわ。
アメリカとの関係も一部ギスギスしがちではあるけれども、こういう状況になったら別よ。彼らは膨大な救援物資を送ってくれたわ。
更に、ハプスブルク家の元皇妃ツィタが縁戚関係の王室にも救援を呼びかけてくれたから、ヨーロッパからも大量に義援金が贈られてきたわね。
ちなみにもらったばかりのハプスブルク家別邸も開放して避難民救助にあてたのよ。
日本側もこれに感謝して、しばらくは親交モードが高まるわ。もちろん、この空気はなるべく利用させてもらうつもりよ。
まずは1895年の時には必要のなかった世界の喜劇王チャールズ・チャップリンのカードを切ることにするわ。
ハプスブルク家の時と同じく、学習院女子の同級生と相談して、チャップリンの秘書高野虎市に手紙を送ったのよ。
『震災で苦しんでいる人達は少しでも苦しい現実を忘れたい楽しいものを必要としています。チャップリンさんの力で私達を助けてください』
高野の影響で日本びいきのチャップリンは早速動いてくれたわ。彼は極貧の身から成功を収めただけあって、弱者や社会福祉の想いも強い人なのよ(※)。「1年間権利料を取らないから日本の被災者に自分の映画を無料で見せてあげてほしい」と言ってきたのよ。
この時代、既に評価の高かったチャップリンの評判は更にうなぎのぼりになり、多くの東京市民がチャップリンの映画を観ることになったわ。
ちなみにこの活動を経て、チャップリン映画の版権を有していた日活の重役とも知り合うことができたわ。知り合いは沢山いて損がないからね。
「まだ13歳なのに、フィクサー並に知り合いがいるようになったよ。凄いね」
「まだまだ作るわよ」
この年の暮れには虎ノ門事件が起こるわ。
この年の通常国会(当時は通常議会)開院で、国会に行こうとする皇太子を無政府主義者の
皇太子は無傷だったけれども、狙われるような事態になるのは言語道断ということで、大きな問題になったのね。
その責任を取らされて辞表提出を余儀なくされる1人が警視庁で警務部長だった
「そうか、正力松太郎は野球はもちろん、新聞メディアや様々な分野で活躍する人だ。ハプスブルク家と同じでどん底にある時に近づいて信用を得るんだね?」
「それでももちろんいいのだけど、未然に防止して彼がそのまま警視庁トップまで上り詰めるというのも手よね。皇太子殿下が無事でなければいけないのはもちろんだけど、襲撃に関しては成功・不成功はどちらでも良いのよ」
実力派官僚の味方も欲しいからね。警察トップになるような人材なら申し分なしよ。
もちろん、読売新聞が味方になる形でも問題はないけどね。
正力と接触するために、ちょっとした会合に参加させてもらうことにしたわ。
実力者の五島達と一緒だから皆、私達を無視できないわ。
早速、正力を見つけたわ。悠ちゃんと近づくわよ。
「これから震災復興が始まりますが、帝都東京に比べて地方の復興は遅れてしまう傾向がありますし、地方そのものがややぞんざいになっている傾向があります。もちろん仕方のないことなのですが、そうしたところに住む若者が地方の置き去りと本人の置き去りという二重の置き去りに憤激して個人で過激化、英語で言うところの
「……君達は子供なのに随分難しい概念を理解しているんだね。確かに地方から都会に出た若者が二重の疎外を感じて過激派する傾向には警視庁も頭を痛めているのだよ」
私と悠ちゃんの言葉は正力にも響いたようね。年末の議会という言葉の意図も理解したようよ。
ローンなんたらについては説明が必要かもしれないわね。
難波大助は裕福な環境(父は衆議院議員よ)にあったはずだけど、この時代、極貧に苦しむ若者は多かったのよ。
何故か?
19世紀から20世紀頃までには世界経済は大分発展の兆しを見せていたわ。それでも、21世紀とは比較にならないの。
しかも、この時代は世界史史上、もっとも格差の大きな時代だったのよ。21世紀も格差社会と言われるけれどそれ以上だったというわ。
この傾向は第一次世界大戦頃をピークにしてそこから緩やかに下がってはいくけれど本格的な格差解消は第二次世界大戦終了後になるから、まだ大きな格差が存在するわけ。
共産主義やら民族主義といった過激な運動の原因も根本は格差と見るべきね。
更に21世紀と比べて多産社会でもあったの。
幕末維新の頃の日本人口は3千万人程度と言われているわ。それが太平洋戦争末期には「1億総特攻」だったのよ。3倍以上にまで増えていたわけね。当然、子供や若者が多かったのよ。
つまり、今より格差が大きくて今より若者が多い。
当然、社会に不満を抱える若者は現代と比較にならないほど多かったわけよ。彼らは当然犯罪や暴力行為に走るわけね。
とはいえ、現代社会も格差はどんどん開いているわ。
2020年以降、日本では元首相が暗殺されたり、首相が襲撃されたりしたわ。アメリカでも大統領選候補者が狙撃されたり、議長の家が襲撃されたりしたけれど、そう特別な話でもないと見るべきかもしれないわね。
歴史は繰り返す、ということよ。
※チャップリンは刑務所訪問などを頻繁に行っていたようです。
※格差の歴史についてはトマ・ピケティ教授の資料を参考にしております。
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