第18話 ツェッペリン効果
アメリカから戻ると、もう8月だわ。
下旬にはツェッペリン伯号がやってくるのよ。
「ねえ、千瑛ちゃん」
「何かしら? 悠ちゃん」
「歴史が変わって、もしかして墜落~ってこととかないのかな?」
中々、酷いことを想像するのね。
もちろん、その可能性はあるわ。
その場合はもう仕方ないわね。ハーストに渡した40万ドル分の成果はアメリカで出たと見るべきだし、元は十分取れているわ。
でも、破格のスポンサー料を出したからメンテナンスをいつもにも増して行っているはずよ。
もし墜落したら、アメリカと日本の新聞王を敵に回すことになりかねないのよ。
彼らだって自分達の人生がかかっているのだし、最善のうちの最善を尽くすはずよ。
幸い、墜落の怖れは杞憂だったようね。
8月19日にツェッペリン伯号は東京上空へとやってきたわ。
ドイツの飛行船が日本上空を飛ぶかもしれないということは既に伝えてあるから、みんな大騒ぎよ。
その飛行船の側面には大きく『読売新聞』と出ているわ。どうやらドイツで側面広告を塗り直してくれたみたいね。
「うわ~、読売新聞って書いてある!」
「すっげーなぁ! 読売新聞!」
下町の子供達も大騒ぎしているようね。
これで部数が20万は増えること間違いなしだわ。
21世紀は広告が多すぎて辟易する状態だけど、この当時はシンプルな広告でも大きな効力があったようだわ。
「……何と言うか、エグイよね……」
「目立ったもの勝ちなのよ」
霞ヶ浦飛行場に降り立ったので、飛行船の責任者のフーゴ・エッケナーに会いに行くわ。
「エッケナーさん、スポンサー名を出してくれて有難いわ」
「いえいえ、あれだけのスポンサー料を出してもらったんですから、これくらいは……」
恐縮しているわ。
まあ、日本円にして76億円にもなろうというスポンサー料は凄いわよね。
エッケナーは飛行船の成功で有名になり、1932年の大統領選挙に出るのではないかと噂されたらしいわ。現職のヒンデンブルクが出て来たので諦めたみたいだけど、私やハーストが支援を続ければ強行出馬するかもしれないわね。知名度に圧倒的な資金力まであれば勝てる可能性もあるかもしれないわ。
反ナチスで有名なヘッケナーがドイツの大統領になれば、ヨーロッパの状況もものすごく変わるわね。
ただ、その結果は日本で考えてみると微妙かもしれないわ。今の私は基本的に、日本は戦争することなく武器販売で儲けたい、と考えているのだから。
ドイツでエッケナー主体の反ナチス政権が成立して、完全な非戦ルートを成功させた場合には、こちらも方針を変えないといけなくなるのよ。
二回連続世界大戦回避という完全勝利の形にはなるのだけれど、相手チームが負けて優勝が決定して、負けたのに胴上げされるようなもやもやした形になるかもしれないわね。
「注文が細かいね」
当たり前よ。クリアだけすれば良いというものではないのよ。
ま、これも杞憂にはなると思うわ。
何回か書いているようにドイツがナチスを選んだのは、歴史的な流れも加味されてのものだし、エッケナー1人では恐らくどうすることもできないはずよ。
ただ、タイミングのズレなどが生じるかもしれないわね。
もう一つ副次的効果があるわ。
読売新聞がエッケナーを明確に支援したことをアドルフ・ヒトラーは忘れないわ。
史実のヒトラーも「日本はアーリア人じゃないし」と蔑視していたというけど、それでも日本が明確な敵になったことはないし、ベルリン・オリンピックで日本がナチスベッタリな態度を示したこともあるし、自分の都合で考えを変えることができたわ。
でも、エッケナーを応援したというのは明白だから、ヒトラーは日本を許さなくなるのよ。
更にヒトラーはチャップリンも嫌いなのよ。
要は自分より人気がある者が嫌いなのよ。
私はチャップリンの大スポンサーの1人にもなっているから、二重の意味でヒトラーは日本が嫌いになるのよ。あと二年もすれば「ユダヤ人の次に日本人が嫌いだ」と言い出すかもしれないわ。
「いつの間にチャップリンの大スポンサーに?」
「色々協力してもらっているのよ。当然でしょ」
「あと、ベルリン・オリンピックを奪い取ったら、ますます嫌われそうだね」
「……それは何とも言えないわね」
ヒトラー自身はオリンピック招致には携わっていないらしいからね。
たまたまベルリンで開催するから、それを自分の良いように利用しようと思っただけよ。
「あぁ、そうなんだ。じゃあ、東京だったら参加しないのかな?」
「二番目に嫌いな日本人が主催して、一番嫌いなユダヤ人の出場も認めたら、わざわざドイツの選手を出すことはないでしょうね」
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