野盗掃討
「基本的に俺は口出しを一切しない、最悪に備えて待機しているだけだと思え」
王都から少し離れた山までやって来て、グラムが第一声にそのようなことを言い始めた。
グラムは今回、引率役を引き受けているだけに過ぎない。よっぽどなことがない限り介入しないという話は分かる。
「改めて説明するが、今回は度々起こっている行商人襲撃の野盗の掃討だ。金品や商品を強奪しては裏で流しているらしい」
「……それで、その人間達がここにいるというわけですか」
「あぁ、ようやく拠点の調べがついてな。それで討伐を始めることとなった」
山の奥にひっそりと残っている、巨大な神殿跡地。
昔使われていたのか、しっかりと建造物の形は残っているものの、異様に人気を感じない。
「(そこまで分かってるんだったら早く討伐してやれよ。そんな子供のテストの材料にしなくてもさぁ)」
「(実験用のモルモットにするのはいいですけど、現在進行形で食料を探して回っているなら早く捕まえてあげないと農家泣いちゃいますよ)」
アイコンタクトでねちねちぐちぐち。
どうやら、ここまで歩かされたユリスとアイリスはだいぶ鬱憤が溜まっていたようだ。
「というわけだ、ここからは好きに動くといい。幸い、調べた段階では被害者はいないらしいからな」
そんなアイコンタクトが届いていないグラムは、腕を組んで目を伏せた。
もう我関せずに入ってしまい、リーゼロッテは少し戸惑いを見せる。
しかし―――
「はぁ……さっさと行くか」
「ですね」
「えっ!? ちょ、ちょっと!」
ユリスとアイリスはさして気にする様子もなく、グラムを置いて先に神殿跡地へと歩き出す。
「さ、作戦とか考えなくてもいいの!? 何かあった時の連絡方法とか……」
「いまさら作戦ってもなぁ。別に慢心しているわけじゃないが、ここでやれることも限られてるだろうし」
「それはそうなんだけど……ほら、もしバラバラになって誰かが捕まったりしたら、どうするつもり?」
「今回だけで言えば、最悪騎士団長様がなんとかしてくれるよ。俺達が動き始めたのについて来ないってことは、水の中に落ちた宝石を探す手段でも持ってることだろうからな」
「…………」
戸惑っていた自分に対して、ユリスはここまで冷静に考えられている。
これは修羅場を潜ってきた経験の回数故か、はたまた己の持つ実力に自信を持っているから考えられたのか。
いずれにせよ、戸惑っていた自分が少し恥ずかしくなり、リーゼロッテはユリスの後ろで少し気落ちする。
だが―――
「臆病な人ほど未来があるっていうのが、俺の持論」
「えっ?」
「どこ行くにしたって、慎重に動いた方がいいに決まってる。だから、リーゼロッテは間違っちゃいないし、落ち込む必要はない。そういう人間が一人いるだけで、こっちは助かってるから」
だから気にするな、と。
ユリスは歩くペースを下げ、横に並んだリーゼロッテの頭を優しく撫でた。
不意の出来事。気遣ってくれたことに、リーゼロッテは思わず顔が真っ赤になる。
「むぅー……なんか私、今日は損な役割を担わされた気分です」
じゃらじゃら、と。前を歩くアイリスが蛇腹の剣を広げる。
そして、神殿の中に入った瞬間———その蛇腹を、地面を抉りながら振るった。
『ぎぃッ!?』
『な、なんだ!?』
『クソッ! やっぱり敵襲か!』
待ち伏せして狙おうと思っていた野盗が一気に吹き飛ばされる。
防ぎ切れなかった人間から血飛沫が上がったものの、アイリスは表情を変えず不満気に頬を膨らませるばかり。
「……ご主人様、しっかりとこれが終わったあとのなでなでを所望しますっ。品目は『頑張ったアイリスちゃんを労おう!』的な感じで」
「じゃあ、リーゼロッテと一緒にこの場を抑えて」
「いえっさーですっ!」
「わ、分かったわ!」
ユリスの言葉に、リーゼロッテも剣を抜いて構える。
その瞬間、広い神殿内からゾロゾロと野蛮そうな男達が一斉に姿を見せ始めた。
「押入れの奥を叩くといっぱいゴキブリさん出てきましたよ。ご主人様のなでなでのためにも足を引っ張らないでくださいね、女狐さん?」
「私だって、やる時はやるわよ……って、あれ? その理屈で言ったら、私も頑張ったらなでなでしてもらえるのかしら?」
「はぁ!? あなたはもう先にもらってるじゃないですか!? 欲張りさんなんですか? 欲張りさんは男の子に嫌われやすい要素の一つなんですからねッ!」
アイリスの蛇腹の剣は、すべてしっかりと伸ばし切ると八メートルは越える。
この中で誰よりも小柄で、華奢な体。にもかかわらず、アイリスはこちらに向かってくる野盗へ、剣身を唸るように振り回した。
「いいです……もう、私一人の活躍でご褒美全部独り占めしてやるッ!」
♦♦♦
一方で―――
(あらあら、派手に暴れちゃってまぁ)
神殿の外に出たユリスは、中から聞こえ始めた衝撃音に苦笑いを浮かべた。
(んじゃ、こっちもこっちでやるべきことをしますか)
ユリスが足元を小突く。
すると、一面に白い氷の幕が張られ、一気に周囲の気温が下がった。
(もし隠れるなら、堂々とするわけがない。商品や金目のものを蓄える空間を別に用意するはず)
一面に広がった氷に対し、ユリスは思い切り拳を振り下ろす。
すると、固いはずの石畳でできた地面が一気にひび割れ、突如ユリスの体に浮遊感が襲い始める。
しかし、ユリスは驚くことはない。
一階ほどの高さを落下する。そして現れたのは、松明によって照らされた長い廊下。
「隠したいものは地面に隠す。臆病な兎の習性を真似した可愛らしい生き物がお出迎えしてくれると、少しはテンション上がるんだがなぁ」
そう愚痴を吐きつつも。
ユリスは口元に笑みを浮かべ、そのまま薄く照らされた先を一人歩いていくのであった。
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