悪役VS悪党①
相手はクロエやロニエのように
だからこそ、ここで手を抜くつもりは毛頭ない。
しかし、いきなり真っ直ぐ戦ったところで、出方も分からない相手だと後れを取る場合もある。
故に、ユリスは先んじて
「『薔薇園』」
足元一帯に広げた氷の膜。
そこが徐々にせり上がっていき、やがて棘のはっきりした薔薇の園が形成される。
「おっと、これは……」
自身を取り囲むように形成された薔薇は身動きを制限する。
自ら鋭利な棘に進もうとは思わない。
その瞬間を狙うために、ユリスは両手に握った棘のついた蔦を抉りながらハクへと振るった。
「まぁ、だからなんだって話なんだけど」
しかし、ハクはしっかりと身を動かすことで蔦を回避していく。
その弊害で、周囲に咲いた薔薇の棘が確実に突き刺さ―――
「……ッ」
―――ったはずなのに、どうしてかユリスの足に血が滲む。
「こっちの得物はナイフだけなんだ。そんな離れてないでさ、もっと近くで遊ぼうよ」
迫る。周囲の棘などお構いなしに、力強くハクは足を踏み締める。
足、腕、胴体。隙間のない棘はハクの体に突き刺さり、再びユリスの体に血が滲み始めた。
「チッ、面倒な」
「ははっ! 男の子に気を遣ってもあんまりメリットないでしょ」
ユリスは何かを感じ取ったのか、咄嗟に見た目美しい薔薇園を瓦解させる。
その頃には、ハクの体がしっかりとユリスの懐に潜り込んでいた。
「気を遣うのは、女の子だけで充分」
「違いねぇ……ッ!」
咄嗟に生み出した、氷の短剣。
そこから、ユリスとハクのナイフが同時に甲高い音を奏でる。
軽い武器だ。ただの剣の打ち合いよりも、速く互いの一振りが刻まれる。
だが、アイリスと何度も鍛錬してきたからか。
先んじて相手の体に傷をつけたのはユリスであった。
「おっと」
ユリスの短剣が、ハクのナイフを弾き上げる。
そして、ユリスはそのままハクの肩口へナイフを突き立て……自身の肩口に熱い痛みが走った。
「~~~ッ!」
「
ゴッッッッ、と。
ユリスが怯んでいる間に、ハクは胴体へ鈍い音を鳴らす蹴りを叩き込んだ。
「意外と隙が多いんだね、君って。ロニエからは君が一番強いって話を聞いていたから警戒してたんだけど」
「…………」
「あ、だから女の子に囲まれているのかな? 完璧超人より、ちょっと隙のある男の子の方が好かれやすいってよく言うしね」
地面を何度もバウンドするユリス。
踏ん張り、手元で形成した槍を握り締め、ハクの胴体目掛けて全力で投擲した。
「おっと、危ない」
それを、ハクは身を捻って躱す。
「まったく、君の攻撃は多芸すぎて見ていて飽きないね。っていうより、目を離したら痛い想いをしそうでヒヤヒヤする」
とはいえ、そう口にするハクの口元には笑みが浮かんでいた。
油断をしているとは思えない。
ただ、どこか余裕が感じられるのは事実で―――
(さぁ、これが終わったら何をしよう)
両者が一斉に地を駆ける。
ハクは変わらずナイフを手にし、ユリスは新たに形成した大槌を握り締めて。
(ロニエと美味しいご飯を食べに行くのもいいな。それと、クロエは服に無頓着だし、一緒に見繕うのもアリかも……嫌がりそうだけど)
互いに間合いに入り、ユリスの太股にナイフが突き立てられた。
しかし、すぐに大槌が横っ腹を叩き、ハクの体は茂みの方まで吹き飛ばされ―――ユリスもまた、口からしっかりと血を溢す。
(……大丈夫)
ケロッとした様子で、ハクは茂みの中から起き上がる。
口元に垂れた血を拭いながら、もう一度ナイフを握り締めてユリスへと迫った。
(俺は負けない)
地面に転がっているのが、もう誰の血かも分からない。
始めに戦っていたリーゼロッテか、ユリスか、はたまた自分か。
(痛いのには慣れている)
もう少し。
もう少しすれば、蓄積量がユリスの体に確かな鈍りを与える。
その鈍りさえあれば、たとえ相手が龍をも殺す相手だったとしても仕留められる。
(温室育ちの騎士風情に、我慢比べでスラム育ちの俺が負けるわけがないッ!)
ユリスの大槌が振るわれる。
しかし、握力が弱まりすっぽ抜けてしまったのか、胴体を狙う軌道だったはずのものが顔面に逸れた。
咄嗟にハクは屈み、大きすぎる槌は頭上を通り過ぎる。
(……来たね)
蓄積によって生まれた鈍り。
改めて見れば、ユリスの体にはいつの間にかところどころ血が滲んでいる。
足もどこかフラついているように見えた。ダメージが溜まっているのは、いつまでも拭われない口元の血でよく分かる。
だから―――
(この勝負、俺の勝ちだッ!)
そんな鈍りを見せたユリスへ、ハクは喉元目掛けてナイフを突き立てた。
♦♦♦
(ユリス様が、負ける……?)
リーゼロッテを抱え、少し離れた場所で見守っていたフィアの胸に不安が募り始めた。
何せ、ハクはところどころ血を見せているものの、明らかに五体満足だと分かる。
一方で、ユリスは満身創痍という言葉がよく似合うほど、見た目ボロボロの状態。
きっと、リーゼロッテを追い込んだ何かしらを使って、ユリスにダメージを与えているのだろう。
(い、いざとなったら私が……ッ!)
そう思いかけた瞬間、フィアはハッとしたように首を横に振った。
(……いいえ、ユリス様を信じましょう)
自分はユリスを信じるしかないのだ。
彼が倒れれば、次は自分の番。己が生き残るためには、彼が生きていなければならない。
しかし、それよりも。
どうしても、ユリスを信じたい。
死を覚悟し、怯えていた自分の前に颯爽と現れてくれた
彼のことを、今だけはこの場にいる誰よりも願いたいのだ。
(……ユリス様)
その祈りが届いたのか、
「おい、悪党」
ガシッ、と。
突き立てられるはずだったハクの手首を、ユリスは掴み上げる。
そして———
「
ハクの体が、一瞬にして氷の塊の中に閉じ込められた。
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