悪役VS悪党②
ユリスの作った氷のオブジェ。
その中から、壊して抜け出すようにハクが姿を見せた。
(これが、ロニエの言っていた氷の檻……確かに、これを食らい続けるとマズイな)
いや、それよりも。
さっき、こいつはなんと言った? 種が分かった?
抜け出してすぐ、ハクの頭に一瞬の疑問が生まれる。
(だけど、問題ない! ある程度、俺の魔法が理解されるのは織り込み済みッ!)
ハクの魔法は、自身の体に蓄積したダメージを他者に共有するものだ。
殴打、斬撃……それこそ、毒に至るまで。
ありとあらゆる外内傷を、少しの
それは、いずれ戦っていれば恐らく誰だって気がつくこと。
だからといって、対処できるかどうかはまた別の話。
(自身に返ってくると分かっていて攻撃できるか!? 検証ではなく、確証に変わった時点で人は防衛本能が邪魔をしてまともに攻撃を続けることはできない!)
そうなれば、もうこちらの土俵だ。
相手の食らった攻撃は返ってこない。あくまで一方通行。
だからこそ、こちらから責め立てれば決着は───
「だから、
「ばッ!?」
ナイフを構えた途端、ユリスの掌底が顎へ突き刺さる。
「お前の魔法は『ダメージの転移』ってだけじゃないんだろ?」
仰け反ったそのタイミングで、もう一度ユリスの手が袖へ伸びる。
その瞬間、またしても氷のオブジェの中に閉じ込められてしまった。
「正確に言うと、負った傷を他者に共有し、そのあと自分の傷を回復しているだけ」
そして、ユリスは氷のオブジェごと……ハクの鳩尾目掛けて思い切り蹴りを放った。
「~~~ッ!?」
「つまり、なにも無敵ってわけじゃない。そうでなかったら、致命傷の攻撃を避けようとはしないからな」
すべての攻撃を他者に移動させられるだけなら、それこそ戦闘なんて続けずに自分で自殺すればいい話。
そうせず、ユリスの投擲した槍を避け、顔に向かっていった大槌を躱したということは、受けるデメリットがあるからに他ならない。
───死ねば、自分は死ぬ。
いくら回復しているとはいえ、即死に至るような致命傷を負ってしまうとどうにもならない。
「だ、から……ッ!」
ユリスの腹部に、強烈な痛みがフィードバックする。
「それが分かったところで、君はどうするつもりだい!? 安易に致命傷を負わせるような攻撃でも繰り出すかい!? 言っておくが、まだ一つ疑問が残って───」
「あぁ、そうだな。まだ肝心なところが不明確だ」
大きく咳き込んだハクは、そのままナイフ片手にユリスへ迫る。
まだ一つ、答え合わせが残っているまま。
「お前が死ねば、相手はどうなる? ここまでしっかり見破ったんだ、これぐらい客にサービスしてくれたっていいだろ?」
「……いいね、そういうのッ!」
ガッ、ガッ、と。
短剣とナイフの交わる音が、二人の間に響き渡る。
「君の予想通り、俺が死ねば君も死ぬよ! 負った傷は残る! 俺が死のうが死ぬまいが、俺が致命傷を負った時点で相手はその致命傷を食らう! そういう魔法さ、自己治癒の魔法が届かないところまで行ったとしても、共有だけは呪うように健在ッ!」
「………………」
「さぁさぁ、これを知って君はどうする!? かっこよく
捨て身覚悟。
そうでない限り、ハクを殺すことはできない。
相手は自分を容赦なく殺せるのに、自身は相手を殺すことができないとなれば、八方塞がりだ。
これ以上戦っても意味がない。逃げるしかない。
そう思っても、不思議ではな───
「何度言わせんだ」
ゴンッッッ!!! と。
ハクの背後から、もう一人のユリスが頭部に向かって思い切り大槌を振り抜いた。
「〜〜〜ッ!?」
「いつまで
何故、という疑問がハクの頭を支配する。
ここまで説明しておいて、どうして怯まず攻撃を続けられる?
今の攻撃も、間違いなくユリスへダメージが向かっているというのに。
「回復されるとはいえ、ダメージを一度引き受けなきゃいけない。その分の精神的なダメージは肉体的なダメージとは別に溜まっているはずだ」
想像してほしい。
自身の体が不老不死になったとして。
延々と誰かに絶えず体傷つけられるとしたら?
きっと、耐え難い苦痛のはずだ。治るからこそ、何度も何度も痛い想いをしなければならない。
痛みとは、本来人体がこれ以上の損耗を防ぐために用意された防衛線を報せる警報だ。
二度と味わいたくない、そう思わせることで損耗を防ごうとする。
そんな警報が、ずっと体に与えられるとすれば───
「……我慢比べぐらい、なんてことない」
ユリスの回し蹴りが、前後から叩き込まれる。
「自分が死ぬより、なんてことない」
死にたくないから、必死に拳を握る。
転生してからずっとそうだった。
どこで起こるか分からない破滅フラグに悩まされ、怯えながらずっと今まで生きてきた。
痛いのは嫌だ。けれど、死ぬ方がもっと嫌だ。
けれど、それよりも……自分でも驚くことに───
「自分の目の前で誰かが傷つく方が、もっと嫌だ」
だからこそ、拳を握り続けられる。
攻撃を食らっていないにもかかわらず、与えられる自分の攻撃を受けてもなお、止めようとは思えない。
拳が、大槌が、蹴りが、何度も何度も後ろと前から絶え間なくハクの体に叩き込まれる。
「イカ、れ……偽善者め……ッ!」
「なんとでも言え」
ユリスの腕に握られた大槌が、最後の最後に───ハクの頬へめり込んだ。
「ばッ!?」
「悪口を言われるのは、もう慣れてる」
ハクの体が、地面をバウンドしながら木へ叩きつけられる。
頬に走る痛み、叩きつけられた痛み……が、ハクの体から離れない。
(な、ぜ……!?)
自身の体が本当に限界を迎えたのか?
痛みに耐え切れず、我慢比べに負けてしまったのかッ!?
(いいや、そんなはずはないッ! 温室育ちの野郎にこの俺が……ッ!)
となると、考えられるのは───
(……そうか、魔力切れかッ!)
そもそもの魔力総量の差もあるだろう。
しかし、ハクの魔法は『他者に傷を共有させる』、『自身の体を回復させる』という二つの魔法を同時に行っており、ユリス達に比べて使用量は二倍。
すなわち、単純な計算でも先に魔力がなくなるのはハクの方なのだ。
「気づかなかった!? でも、おかしい……魔法を使っていれば、魔力切れの予兆は体が勝手に教え───」
「痛かったんだろ?」
カツン、と。
薄く張られた氷の上を、氷の大槌を握り締めてユリスが歩く。
「魔力切れも、魔法士特有の体の警報だ。だが、体は高性能で設定すればなんでも教えてくれる便利なパソコンじゃねぇ……二つは無理、その代わり命の危険がある警報を優先的に鳴らし続ける」
「ッ!?」
「ってことは、殴られてる間に限って言えば、お前が魔力切れに気づいていなくてもおかしくはなかったんだ」
我慢比べを延々と続けるわけにはいかない。
ただ、相手の摩訶不思議な現象が魔法である限り、明確なリミットは設けられている。
ならば、そこを狙っていけば自ずと決着は見えてくるのだ。
「さぁ」
ユリスは起き上がろうとするハクに向かって、言い放つ。
「もう充分イベントは楽しんだだろ? そろそろ閉幕の時間だ」
魔力はない。
攻める手立ても、ナイフ一本しかない。
(……あぁ)
ゆっくりと、明確な武器を携えてやって来る満身創痍なユリスを見て、ようやくハクは察する。
(ここからの巻き返しは不可能、か……)
逃亡という選択肢はある。
しかし、ロニエやクロエのように派手で便利な魔法は持ち合わせていない。
それなのに、満身創痍と言いながらもまだ戦えそうなユリスから逃れられるだろうか?
(……命優先)
結局は自分のためだけに行動してきた。
別に間違っているとは思っていない。
光が当たらない世界でこうして生き抜いてこられたのは、結局自身のことを優先して考え続けてきた結果だ。
だからこそ、ここはどう足掻いても逃げられる可能性に賭け、回れ右をした方がいいに決まっている。
だけど───
『えー、またハクくんと一緒の任務なのー? ちゃんと報酬は割り勘! でも、帰ったらステーキ奢ること!』
『……ハクがいると、楽でいい。必要なことは必要なことだけしかしたくないし。あ、私もステーキ所望、よろしくね?』
───どうしてか、本当にどうしてか。
ハクの脳裏に、長いこと一緒にいた双子の女の子の姿が過ぎってしまった。
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