悪役とメイド
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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アイリスというキャラクターは、正規のヒロインではない。
いわゆる隠しキャラという全シナリオをクリアしたあとに解放されるキャラクターで、本編にあまり関わらないことが多い。
専属メイドというポジションからユリスに家族を趣味で殺され、闇堕ちしてしまうラスボス的な側面を持っている。
とはいえ、そのシナリオもあくまで学園に入ってからのもので。
本編が始まる前のアイリスというキャラクターは、あまり出てくることはなかった。
しかし、出てこなかったからユリスのことが好きとかそういうものは一切なく、周囲と同じような感情であった───
(……なーんか、最近のご主人様って変なんですよね)
───これはユリスが転生してから半年ぐらい経った時の話。
一人、アイリスは訓練場の周囲を走り回る主人を頬杖をつきながら眺めていた。
(突然、「学園に入りたくない」とか言い出したら、騎士団に入ろうとしますし……あと、あんまり癇癪を起こさなくもなりましたし)
喜ばしいことだ。
たまに当たり散らすこともあって面倒くさかったし、億劫になることもあった。
それでも専属メイドを辞めないのは、代々アイリスの家が伯爵家に仕えているから。
そうでなかったら、とっくにユリスの下を離れている。
ただ、最近はそういうこともなくなり、毎日朝から晩まで剣を振ったり魔法の練習をしているのでかなり楽だ。
(まぁ、暇な時間が増えちゃったのはデメリットですかねぇ? たまには、私も鍛錬に参加した方がいいのかもしれないです)
そんなことを思っていると、ふと後ろを他のメイド達が通り過ぎた。
『ねぇ、あそこ。また走ってる』
『いまさらご当主様のご機嫌取りかしら?』
『なんであんなことしてるんだろ? 関係のない話だけど』
クスクスと、嘲笑うかのような視線と言葉。
アイリスはそれを咎めることなく、ただただボーッと主人が走り終えるのを待った。
すると、しばらくしてユリスが走るのをやめ、汗だくのまま近づいてくる。
「はぁ……はぁ……タオル、ください……汗臭い、男だと誤解……されちゃう……!」
「お水も飲まないと死んじゃいますよ」
「……飲むぅ」
アイリスが手渡した水を一気に飲み干し、そのままタオルで汗を拭く。
「そういえば、これから剣を買いに行くんですよね?」
「あぁ……なんかさ、自分に合った剣が見つからないのよ全部重い」
「単純に草食系男子故の筋力不足なのでは?」
「ぐぬぬ……まだ鍛錬が足りないということか! 魔法関連ならともかく、筋力に関しては地道な方法しかないからなぁ……よし、なら今から腕立てを───」
「馬車待たせてるんで、帰ってからにしましょうよ」
主人はたまによく分からないことを言い始める。
最近は慣れてしまったから問題ないが、初めは気になったものだ。
「行きますよ、ご主人様。汗臭い服も洗濯籠にポイしなきゃいけないんですから」
「……女の子に汗臭いって言われたら傷つくよね」
「すっげぇいまさらな話ですね」
アイリスは主人の背中を押して、そのまま訓練場の出口へ向かうのであった。
♦️♦️♦️
服を脱がし、軽く汗を流させて馬車に乗り込んだアイリス達は、少し離れた王都まで向かっていた。
話していた通り、ユリスの剣を見繕うためだ。
騎士団の入団資格が得られるのは二年と半年後。それまでに騎士団に入れるようなラインまで成長しておかなければならない。
「暗記苦手……でも、覚えないと筆記試験もあるっていうし、今のうちから遅れを取り戻さなければ……」
対面には、必死に教科書と睨めっこするユリスの姿。
昔に家庭教師を全部突っぱねてしまったため、いまさら雇って授業を受けることはできない。
だからこそ、こうしてユリスは空いている時間を見つけては教材と睨めっこしているのだ。
(ほんと、変わりましたよねぇ)
昔なら、勉強も剣術もやろうとはしなかった。
それが、今となってはどうだ? 今までの失敗を帳消ししようと息巻くように勤勉になっている。
間違いなく、努力している証。
素直に褒める気になれないのは、今までの行いがあったからだろう。
(こんな態度だったら、学園に入ってもいいような気もするんですが───)
そう思っていた時だった。
ガガガガガガガガガッッッ!!! と。いきなり馬車が横転した。
「ッ!?」
突然のことで、思わずドアを突き破って投げ出されたアイリス。
受け身こそ取れたものの、主人を残して広い野原に投げ出される。
(な、にが……ッ!?)
顔を上げる。
すると、馬は首から先が落とされ、御者の体が赤黒い液体を流して転がっている光景が視界に入った。
そして───
『あ? なんだ、嬢ちゃん一人なのか?』
野盗と思わしき野蛮や男達が十数人、いつの間にか周囲に現れていた。
『なんだい、せっかく豪華そうな馬車見つけたから襲ってみたのに、使用人一人かよ』
『金目のものないんじゃね?』
『だったら、最悪あの子だけでももらっていこうぜ。楽しめそうだし、なんだったら適当な貴族にでも売ってしまえばいいしよぉ』
アイリスの頭に一瞬だけの空白が生まれる。
しかし、すぐに冷え切った瞳に切り替わった。
(あぁ……なるほど)
今、この瞬間。
別にアイリスは馬車の中にいるであろう主人のことは頭に浮かばなかった。
自分の身を守るため、という。ユリスの好感度が低いから生まれた、ごく人として当たり前の防衛本能。
ジャラジャラ、と。アイリスのスカートの下から、蛇腹な一本の刃物が落ちた。
「ほんと、どこにでもいますよね、こういう下賎な輩って」
そこからは早かった。
蛇腹の柄を握り締め、そのまま横薙ぎに振るう。
初めこそ小さかった等身は一気に伸び、そのまま男達の胴体を真っ二つに斬り飛ばした。
『てめ……ッ!?』
「怒りたいのはこっちなんですよ! こんな超絶美少女には赤い演出が似合わないっていうのに、働かされるんですから!」
───アイリスは隠しキャラであり、ヒロインの一人だ。
そして、そのルートではラスボス的な立ち位置に座る。
使用人の家系……主人を守るために訓練された家族の中でも、最も戦闘の才能に愛された女の子。
それこそ、そこいらの野盗など束になっても相手にならないほどの実力を持つ。
剣や斧を持ってやって来る野盗達に蛇腹の剣を振り回し、リーチを維持したまま蹂躙する。
(ははッ! 弱いのにいきがって遊びに来るからこうなるんですよッ!)
しかし、どれだけ才能があっても……たったの十歳。
実戦経験としての差は、圧倒的に向こうに分があるわけで───
『食らえやッッッ!!!』
「ッ!?」
突如、男の一人が球体のようなものを放った。
反射的に、蛇腹の剣を曲げて弾き飛ばそうとする───が、触れた瞬間に煙のようなものが一帯に広がった。
(目眩し……小癪なッ!)
視界が遮られたことにより、アイリスは思わず怯んでしまう。
その隙を逃すわけがない。
男の一人が煙幕の中から姿を見せ、アイリスの小柄な体を押し倒した。
『はっはー! 軽いな、嬢ちゃん!』
「かはッ!?」
背中を強く叩きつけられ、肺から酸素が飛び出る。
体格差もあるからか、抜け出そうとしても中々抜け出せない。
───非常にマズい状況。
ここからひっくり返すのが困難であることを、アイリスは悟った。
『はぁ……何人殺られた?』
『十人じゃねぇか? まったく、大したものも取れなさそうなのに酷い損害だ』
『こりゃ、嬢ちゃんには色んな意味で頑張ってもらわねぇとなぁ』
仲間が殺されたというのに、下卑た笑みを浮かべる男達。
それが余計にも恐怖心を駆り立て───
「…………っ」
『なんだ? いまさら泣いてんのか、嬢ちゃん!?』
アイリスの瞳に涙が浮かぶ。
こんな状況で、誰が助けてくれるというのか? 御者は死んだ。辺りには誰もいない。
可能性があるとすれば、馬車の中で生きているかもしれないユリスぐらいだが───
(……って、ご主人様が助けるわけないじゃないですか)
自分ですら、助けようとしなかったのに。
アイリスはゆっくりと現実を理解し、そっと涙を浮かべたまま天を仰いだ。
澄み切った青空を眺めるには似合わないほどの、諦めきった瞳のまま。
(因果応報……分かってはいます)
でも、どうしても。
アイリスという少女は、願わずにはいられなくて───
(誰か、助けて……)
そして、
「クソッタレが……誰の何にマウント取ってんだ」
───景色が一変した。
野原が青く染まり、下卑た笑みを浮かべていた男達は氷の中で固まり、周囲の温度が一気に下がる。
まるで、それは銀世界のような。
(きれ、い……)
先程まで恐怖心で滲んでいたはずなのに。
アイリスは思わず、その景色に見蕩れてしまった。
『な、なんだ……!?』
いきなりの変わりように、唯一アイリスの上で生き残った男が驚く。
しかし、次の瞬間───首へ白い線が横切り、血飛沫を上げることなく頭が落ちていった。
「いつつ……あー、一瞬気を失ってた。ジェットコースターとかにシートベルトが必須な理由がようやく理解できた気がする」
何が起こったのか? アイリスは理解できなかった。
しかし、徐々に近づいてくる足音に反射してしまい、そのまま男の体を押し退けて体を起こす。
すると、視界に入ってきたのは……馬車から抜け出してこちらまでやって来るユリスの姿。
「あー……その、大丈夫? いや、大丈夫じゃないっていうのは状況から分かるっていうか、それよりも上半身真っ二つの人がいるって光景に驚いてるというかなんというか……俺、マジで怖いんだけど背中刺さないよね?」
───本当に意味が分からない。
なんで、どうして? だけがアイリスの頭を埋め尽くす。
確かに、ユリスが何故こんな魔法を使えるのかも疑問だ。
しかし、それ以上に───
「な、んで」
「ん?」
「私を、助けてくれたんですか……?」
自分は助ける気なんてなかった。
自分の知っているユリスは、わざわざ危険な場所に出向いてまでいち使用人を助けようなんて思わない。
そのはずなのに。
今目の前にあるユリスの顔は自分を慮るような心配の表情を向けている。
それが分からない。だからこそ、不思議で仕方ない。
しかし、ユリスは—――
「……いつもタオルとか用意してくれるじゃん? あれ、結構嬉しかったんだよね」
「……へ?」
「いくら自分を殺すかもしれない女の子でも、見捨てるなんてできないよ。それだけの話」
アイリスに手を差し伸べた。
その手は微かに震えており、心配が滲んでいた顔も徐々に青白くなっている。
―――当然だ、初めて人を殺したのだから。
訓練しているアイリスとは違う。
それでも、ユリスはわざわざ自分のために手を汚してくれた。
―――嬉しく思わないわけがない。
(もう、私が知っているご主人様じゃない……)
変わった。間違いなく、ユリスはもう自分の知っているユリスじゃない。
どうしてかなのかは分からないが、そんなことはどうでもいい。
「ご、しゅじんさまぁ……!」
「……帰ろっか、流石にこんな状況で呑気なデートなんてできないだろうし」
気がつけば、アイリスはユリスの胸に飛び込んでいて。
涼しい風が肌を撫でる野原に、アイリスの嗚咽が響き渡った。
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