悪役令息が破滅フラグを避けるために騎士団に入ったら、何故かヒロイン達の方から近づいてきた件について
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
『アカシック・アカデミー』という学園アクションファンタジーがある。
主人公が学園で起こる数々のイベントをこなし、成長し、それぞれのシナリオをクリアしていくというゲームだ。
このゲームで魅力的な要素は、アクションだけではない恋愛要素だろう。
各シナリオに登場してくるヒロインキャラクター。シナリオを進めるにつれて好感度が上がっていき、アクションだけでなくギャルゲー要素も楽しめることで人気が出た。
さらには、出てくるヒロイン全員がかなり可愛く描かれており、それぞれのヒロインには必ず熱狂的なファンがつくほど。
『育成×アクション×恋愛』、ユーザーが喜びそうな要素がふんだんに用意されたこのゲーム―――実は主人公以外で唯一、どのシナリオにも出てくるキャラクターがいる。
時にヒロインの不幸を嘲笑い、時にヒロインを狙ったり、時にラスボスや中ボスとして立ちはだかったり。
傲慢、不遜、癇癪持ち、女癖が悪いなどなど。貴族の恥晒しとして名高い、伯爵家次男であるユリス・ブランシュ。
本作で、絶対不動の悪役である―――
「普通に考えたらさ、全部の破滅フラグを回避するって無理なわけよ」
ブランシュ伯爵家の屋敷、そのとある部屋にて。
机の前で腕を組む黒髪の少年は、真剣な表情を浮かべていた。
「だって、主人公やヒロインいるし。そもそも、舞台である学園っていう同じ箱の中で同じ学年である以上、ほぼ確実に接点ができるわけだし」
十歳ぐらいだろうか? 小太りな体に鋭い瞳。
しかし、どこか顔立ちは「痩せればかっこよさそう」という端麗さが滲んでいる。
そんな少年は、一拍間を空けてゆっくりと口を開いた。
「それで考えたんだけど……学園に行かなきゃ死なないんじゃね? そこんとこどう思う?」
「すみません、マジで何言ってるか分かんなかったです」
とある耳心地のいい小鳥の囀りが聞こえる昼下がり。
紅茶を淹れながら主人の話を軽く聞き流していたメイド服を着た少女は、ようやく言葉を返した。
艶やかな茶色の長髪。愛くるしい端麗な顔立ちにくりりとした瞳。歳はユリスと同じぐらいであり、背丈も小柄な部類。
成長すればさらに可愛くなるのだろうと、一目見ただけで分かる容姿をした少女───アイリスはユリスへジト目を向ける。
「結局のところ、何が言いたいんです?」
「学園に行きたくない」
「休み明けの子供が絶対に言いそうなセリフをよく真顔で言いましたね」
とはいえ、こればかりは仕方ない。
ユリスという悪役に転生して、はや一週間。
周囲から蔑まれたような視線や言葉を向けられ、常に肩身が狭い思いをしてきた。加えて、そこから「ヒロイン達が起こす破滅フラグから自分の命を守らなければ」と考え続けなければいけない未来が待っている。
ただでさえ、どうして転生したのかも分からないのに、いきなり人付き合いを怠った末路に立たされたのだ。
逃げ出したい、と思うのが普通である。
「……そんなに勉強したくないんですか? まぁ、確かにご主人様って今まで家庭教師の授業もサボってましたしね」
「いや、勉強は別に嫌いじゃない」
「あれ? もう学園に行きたくない子供の最もたる理由が蹴られたんですが?」
ユリスが懸念し、恐れているのはそこではない。
単純に、恐れている理由が―――
「会いたくない人が多くて、な……」
「あぁ、なるほど」
遠い目を浮かべるユリスに酷く納得したアイリス。
とはいえ、あまり気にした様子もなく淹れた紅茶をユリスの前へと置いた。
「ご主人様、すっごい嫌われてますもんね」
「そうかもしれない」
「……一回過去を振り返ってみたらどうです? まだ「かも」って余地があるかどうか分かりますから」
一応、ユリスも『アカシック・アカデミー』をやり込んでいたユーザーだ。
ある程度、ユリスというキャラクターが今まで何をしてきたのかは知っている。
しかし、それでもアイリスに尋ねてしまったのは……まだ縋る余地があると願いたかったからだろう。
「……ちなみに、何してきたっけ?」
「公爵令嬢の顔に思いっきり水をかけて、商会長の娘さんの起こした事業を「気に入らないから」って潰そうとしたり、王女様に罵詈雑言を浴びせたり、他には———」
「分かった! 特に身に覚えはないけど拭い切れない過去があるっていうのは理解した!」
「改めて思いますが、本当に背中から刺されそうなラインナップですね。逃げたくなる理由も分かります」
「あぁ、だからこそ戦略的撤退を計ろうとしている」
「巻き返す気もないのに格好をつけられても困ります」
流石、噂通りの悪役ユリスくん。
もう確実に関係修復を望めないところまできているのがよく分かる。
「っていうわけだ、今アイリスが述べてくれた通り、学園で友達百人は作れそうにない。つきましては、どうすれば学園に通わなくて済むかを考えよう」
「素直に今から謝ってきたらどうですか?」
「何故俺が!?」
「そういうところだと思いますよ、まず考えるところは」
自分がしてきたことなら、謝ろうという気持ちになる。
しかし、やったのはあくまで転生前のユリスであり、自分はノータッチ。いくら死にたくないとはいえ、頭を下げるなんて真っ平ごめんであった。
「ちなみに、俺が今考えている案としては「家出」、「遠出」、「出家」の三つがあるんだが……」
「私からしてみれば、一つしか案がないように見えますけどね」
うーん、と。
可愛らしく腕を組んで頭を悩ませるアイリス。
すると―――
「あ、そうです。騎士団に入ったらどうですか?」
「騎士団?」
「はい、国に仕えるための騎士団です。貴族平民関係なく入れる場所で、入団基準も学園と一緒です。流石に国のために奉仕するのであれば、ご当主様も文句を言わないのでは?」
騎士団は本作でもチラッとしか出てこなかった部隊だ。
各地に支部が設けられ、それぞれ国の治安をよくするために活動する。
貴族であれば学園に通うのが当たり前ではあるが、騎士団に入る貴族も中にはいる。
たとえば、家督を継ぐ予定のない子だったり、代々騎士の家系だったり。
ブランシュ伯爵家は、すでに一つ上の兄が家督を継ぐことが決まっており、学園にも通っている。
加えて、舞台は学園———学園に通う主人公はもちろんのこと、騎士団に入っているヒロインは一人もいない。
「それだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
ユリスは思わず立ち上がり、昼下がりに響く雄叫びを上げた。
「ナイスアイデアだ、アイリス! そうだ、騎士団に入れば学園に入る必要もない……必然的にシナリオを無視することができる! 俺を断罪するキャラクターと接することなく、大人になることができる!」
「な、なに言ってるか分からないですけど……まぁ、妙案だったならよかったです。けど、ちゃんと入団試験はありますからね?」
「あぁ、大丈夫だ!」
「……一回も剣を振ったことがない人が何故こんな自信満々なんですかね?」
アイリスは不思議そうに首を傾げる。
しかし―――
(ふふふ……俺には一応ゲームの知識がある。少し裏技チックになるかもしれないが、今からでも鍛え上げることは可能! 入団基準がどれほどかは分からないが、夕日に向かって折れずめげず努力すればいける……ッ!)
瞳からスポコンよろしくメラメラとした炎マークを浮かべるユリス。
(騎士団に入れば裏ヒロインのアイリスからも離れられる。専属メイドが騎士団に入るなんてあり得ないからな!)
それに、アイリスもユリスのことは嫌っているだろうし、と。
まさに一石二鳥。
悪役ユリスくんの不気味な笑みが治まるところを知らない。
「そうと決まれば、早速特訓だ! っていうわけで、今から訓練場に行ってくる!」
「はぁ……これ、お目付け役ポジの私も行かなきゃいけない流れですよね知ってます」
そして、部屋から飛び出していったユリスをアイリスは大きなため息をついて追いかけていくのであった。
(シナリオなんて知ったことか! 破滅フラグが立たせないためにも、俺は学園には入らないッッッ!!!)
♦️♦️♦️
そして、早いもので三年の月日が経ち───
「なぁ、アイリス……俺はちゃんと騎士団に入れるだろうか?」
背丈がすっかり大きくなり、小太りな体型も程よく筋肉がついたスリムな体型になったユリス。
静寂が広がる森の中で、ゆっくりと剣を鞘にしまいながら尋ねた。
「今日に至るまで、必死に努力した……毎日剣を振り、筋肉をつけ、数多の戦闘をこなした───それこそ、文字通り血の滲む鍛錬を続けてきた」
「まぁ、確かにご主人様って変わられましたよね。サボらず毎日欠かさずですし」
「ただ、いかんせん不安なんだ……だって社交界からのお誘いとかなくて、同世代がどれぐらいの実力があってとか、騎士団の具体的な入団基準とか知らないし開示されてないらしいし」
なんか悲しくなってきた、と。
友達ゼロなユリスは口元に手を当て涙を浮かべる。
「大丈夫ですっ! ご主人様、ちょーかっこいいですから問題なしです!」
「すまん、上手くボールが取れなかったわ。もうちょっと受け取りやすい会話のキャッチボールしない?」
アイリスもユリス同様歳相応なほど成長した。
美人……というよりかは、さらに可愛らしさが増したというべきだろうか? 愛くるしい顔立ちは誰もが見蕩れ、しっかりと出るところが出始めた肢体は女性らしさを感じる。
ただ、まぁ……なんというか、どこか熱っぽいキラキラとした瞳を浮かべているのも、もしかしたら成長したからかもしれない。
「まぁ、でも実際問題大丈夫じゃないですか?」
だって、と。アイリスは視線を下げる。
そこには、抉られた痕跡を見せる大量の魔物の死体が───
「……これで入団できなかったら、今頃世界は平和でしょうね」
「ん? なんでそんな「常識知らずめ」みたいなジト目を向けるの?」
ユリスは騎士団の入団基準が分かっていない。
だからこそ首を傾げるのだが、アイリスはそんな主人を見て大きなため息をつくのであった。
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次話は12時過ぎに更新!
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