成長して

 次回は9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 ―――騎士団の入団試験まで一ヶ月を切った。


 時とはなんとも早いもので、毎日汗と成長していく筋肉を見ていると、いつの間にか追い込みをかけなければいけない時期に。

 騎士団の入団試験は、実技と筆記の二つ。

 合格者は一年で百人ほど。ふるいにかけているのか、そもそも枠自体が少ないのか。

 いずれにせよ、金さえ払えば入れる学園とは違ってかなり厳しいものとなっている。

 だからこそ、ユリスはいつも以上に気合いを入れて鍛錬に望んでいた―――


「そういえば、ご主人様。ご当主様からの許可は結局取れたんです?」


 ガッ、ガッ、と。

 金属音と鈍い打撃音が訓練場に響き渡る。

 広いグラウンドの中には、それぞれ同じ長さの剣を持った子供が二人。


「お、お前の……クソな根性が、叩き直されるなら……って! あいつ、喜んで……送り出してくれた、よ……ッ!」


 一人は短く切り揃えた短髪を携えたユリス。

 小太りな体型の面影は消え、しっかりと筋肉がつき、身長も伸びて立派な好青年となっていた。

 ただ、せっかくの綺麗な顔も剣を押し込まれ苦悶に染まっているが。

 一方で、もう一人の少女はユリスとは正反対に涼しい顔を見せていた。


「あら、それは何よりですね。余計な前置きがなければ、息子の夢を応援するいい父親の一幕っぽいですけど」


 アイリスは歳相応の可愛らしい顔に、さらに拍車がかかっていた。

 女性らしくしっかりと出るところは出始め、三年前に比べると見違えるほど容姿が整っている。

 流石は、隠しキャラとはいえ人気を誇ったゲームのヒロインというべきか。街を歩くと、男達の視線が注がれること間違いなしだ。


「最近のご主人様は変わられましたし、少しは労いとか褒めてあげたりとかもしていいと思うんですが……」

「お、れも……そう、思う……ッ!」


 ユリスがどうにか押し切り、一撃を叩き込む。

 しかし剣は見事に防がれ、すかさずアイリスからの隙を見た一撃が繰り出される。

 それが何度も。目で追うのがやっとなほどの速さで行われていた。


『あ、ユリス様まだやってる』

『もう見慣れちゃったよね。お転婆で手の付けられなかったあの頃が懐かしいわぁ』

『あとで差し入れ持って行ってあげようかな?』

『やめておきなさい、アイリスが自分の仕事奪われたって不機嫌になるわよ』

『ほんと、アイリスも変わったよね……ユリス様にご執心なところとか特に』


 そんな様子を、兵士達の洗濯物を回収しに来たメイド達が眺める。

 何年か前の時とは違う反応。ユリスも変わったが、どうやら周囲のユリスを向ける目も少しずつ変わってきているようだった。


「はい、隙あり」

「ぐっ……!」


 何度かの剣撃が繰り広げられ、アイリスがユリスの足を払ったことでようやく終わりを見せる。

 大量に浮かんだ額の汗。先程までは気にしなかった不快感が、ユリスを襲う。

 そして、視界には自分の顔をしゃがんで覗き込むアイリスの可愛らしい……涼し気な顔が。


「……なぁ、俺ってそんなに才能ない?」

「女の子に負けたからって簡単に男の子のプライドを折らないでくださいよ。ご主人様は、いつだってかっこいいです! 美少女メイドちゃんが保証します♪」 


 いつまでも天を眺めるわけにはいかない。

 ユリスは体を起こし、気怠さと疲労を噛み締めながら自他共に認める美少女メイドにジト目を向ける。


「おだて上手のアイリスちゃんめ。毎回可愛い顔を見せながら男のプライドをズタズタにされてる俺の身にもなってほしい」

「って言いますけど、正直私が天才枠ってだけですし」


 そもそも、と。

 アイリスはタオルを取り出してユリスの額の汗を拭う。


「魔法込みの戦闘なら、もうご主人様には勝てそうにないですもん。そりゃ、得意な土俵で戦っていれば兎さんだってライオンにも勝てますよ」

「兎に色々なオプションを搭載してもライオンに勝てる想像ができないんだが……そんなもんか?」

「ですです、信じてください♪」


 女の子にここまで言われて立ち直らないわけにはいかない。

 ユリスは気持ちを切り替えるように、自分の頬を軽く叩く。


「あと、社交界に出たりしてないから同年代の基準が分からないかもしれないですけど、ご主人様は充分に化け物ですよ。まん丸可愛かったあの頃のご主人様が聞けばびっくり仰天するほどです」


 今はこれ使っても勝てないですもん。

 なんて言いながら、アイリスはスカートを少しだけたくし上げる。

 すると、いきなり激しい音を鳴らして重量感ある蛇腹の大きな剣が落ちてきた。


「……毎回思うけどさ、それどういう収納の仕方になってんの? もう猫型なロボットが出てこない限り納得できないって」

「折り畳みでコンパクトが売りな武器ですから♪ それに、もうこれ以上覗いても何も出てこないですよ―――」


 アイリスは小さくからかうような笑みを浮かべて、さらにスカートの裾を上げる。


「あるのは、起きるかもしれないラッキーイベントのために気合いを入れて履いてきた黒のレースな下着だけです♪」


 柔らかな太股、きめ細かい肌。見えそうで見えなさそうな絶対領域。

 座っている体勢からの角度だからか、まさに際どいの一言。

 それが分かっているからか、アイリスは楽し気な声音でユリスに視線を向けた。


女の子ですよ、私。ほらほら、遠慮しないで覗いてくれちゃっていいですからね!」


 からかうようでどこか本気さも窺える声から察するに、きっとこの先を見たとしても怒られはしないだろう。

 ユリスは、そんな自分を慕う女の子の姿をマジマジと見つめる。

 そして———


「いや、十三歳の背伸びおぱんちゅに興奮なんてs」


 スパァァァァァァァァァァァァァァン!!!


「…………」

「…………」

「………………なぁ、今凄い速さでなんかした? 首と頬が鍛錬で生まれたものとは思えない痛みを発してるんだけど」

「蚊でもいたんじゃないですか?」

「絶対に違うと言いたいけどやめておこう。二射目が怖いごめんなさい」


 むすーっと、相手にされなかったことに可愛らしく頬を膨らませる。

 とても首が在らぬ角度で曲げられるほどのビンタをおみまいした少女とは思えない。

 だからこそ、ユリスは思う―――


(……なんで、こんなにヒロインの好感度高くなったんだろ?)


 なんてことを思いながら、腫れた頬を擦るのであった。


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