(私も)騎士団に入る

「それで、最近のユリスはどうだ?」


 とある伯爵家の一室。

 執務室に座りながら、鋭い眼光を向ける男が一人。

 ブランシュ伯爵家当主———アイゼン・ブランシュ。ユリスの父親であり、この伯爵領を統治する人間である。

 座っているだけで威圧感を放つその男の視線の先には、艶やかな茶髪を携えるアイリスの姿があった。


「はい、いつも通りちょーかっこいいです」

「お前は何を言っている?」


 非常に真剣に言い放つアイリス。

 言葉のキャッチボールができているようでできていない。


「とは言いますけど、ぶっちゃっけあんまり変わらないですよ? 毎日剣を振って走って魔法の練習して……最近は使用人達の間の評判も結構いいみたいですし、目くじらを立てるようなことはないと思います」


 アイリスは定期的にアイゼンへユリスの報告をしている。

 それは、ユリスという問題児が何をしたのか、随時把握したいからだ。

 だからこそ、アイゼンは傍付きに小生意気ではあるが信用のおける長年仕えてきた家の人間を用意した……まぁ、いつの間にか絆されてしまったのは意外だが。

 最近、報告の出だしが「ご主人様、ちょーかっこいい!」である。


「それは私の耳にも届いている。問題は、ユリスが騎士団に入団できるかどうかだ」

「ふふっ、それ言っちゃいます?」


 この屋敷の中で最も権力のある男に対して、アイリスは生意気にも思わず吹き出してしまう。


「ご主人様大好きな女の子特有の贔屓目なしにしても、充分に騎士団の基準値ボーダーラインは越えているかと。逆にご主人様が入られないような組織だったら、真っ先に風評を気にしているか誰かが大声では言えないお金を積んだかを疑っちゃいますね」

「……そこまでか」

「まぁ、剣術オンリーの話であれば少し首を傾げますけど。でも、騎士団って治安を維持するための剣を持った総合的な戦闘力が重視じゃないですか? 総合力って話なら、もうご当主様がご主人様をかと」


 ピクリ、と。アイゼンの眉が動く。

 しかし、その反応に興味を示すことなく———


「それより、以前のお話……考えていただけましたか?」


 アイリスは少しばかり真剣な顔を向けた。


「自分も騎士団に入りたい、だったか? 別に構わん、騎士団に入ればユリスは私の目から離れる……お目付け役をつけられるなら、願ったり叶ったりだ」

「やった♪」


 アイリスは嬉しそうに拳を握る。

 その反応に、アイゼンは小さく溜め息をついた。


「はぁ……何故そうまでして騎士団に入りたいんだ? 今の職務に不満などないだろう?」


 アイゼンの言う通り、別にアイリスは今の職務に不満はない。

 メイドの仕事はそこまで辛いものでもないし、一緒に働く人も嫌いな人はあまりいない。

 ただ―――


「ご主人様の傍にいたいっていう、教科書にも出てくるような単純な乙女心でございます♪」


 失礼します、と。

 用件が終わったアイリスは頭を下げて部屋から出て行く。

 扉の閉まる音が聞こえ、誰もいなくなった部屋。アイゼンは少しばかり苦笑いを浮かべて、声を漏らした。


「まったく……いつの間にお転婆の心を射止めたのだか、うちの息子は」



 ♦♦♦



「っていうわけで、正式に私も騎士団の試験を受けられるようになりました!」

「待って、聞いてないふざけんな」


 ―――場所は変わり、現在伯爵領から離れた森の中。

 経験値稼ぎのために魔物を討伐している際、いきなりアイリスがそんなことを言ってきた。


「あれ? 伝えてなかったです?」

「おう、ニュースの緊急速報並みに脈絡もなく衝撃的な事実を開示されたな」

「じゃあ、サプライズってやつです。可愛い美少女メイドからなりに、ご主人様を驚かせてあげようかと♪」

「今こそ、ドッキリのプラカードを見せてほしいんだが! どこだ……どこにスタッフさんがいるんだ!? こんな気遣い自体をサプライズと言ってくれる誰かはいないのか!?」


 ユリスはヒロイン達から離れるために学園ではなく騎士団に入るつもりであった。

 それは隠しキャラであるアイリスも、離れたい対象。

 メイドが騎士団にはいるわけなんてない……いくらラスボス級に強い女の子だとしても、立ち位置だけは変えないと思っていたのだ。

 にもかかわらず、どうして―――


「なんて、ことだ……ッ! まだ背中についた爆弾は取り外せないのかッ!」

「ご主人様、色んな意味でレディーに結構失礼なことを言っている自覚あります?」


 特に膝から崩れ落ちて瞳から涙を零しているところとか。

 とても女の子から「一緒にいたい」と言われた男とは思えない反応である。


「考え直すんだ、アイリス! 騎士団は、君が思っているような場所じゃない!」

「騎士団の基準すらも分かっていないご主人様こそ何を分かっているんです?」

「汗を掻くぞ!?」

「それだけで説得させようと思ったんですか!?」


 そりゃ、動く場所だから汗は掻くだろう。

 なんとも浅い説得材料である。


「っていうか、なんでそんな嫌がっているんです?」

「ぬぐっ……そ、それは……」


 アイリスの素朴な疑問に、ユリスは押し黙る。

 何せ「いや、僕転生している人間でー、君はヒロインで僕を殺そうとするかもしれないんですよー」なんて言えるわけもない。仮に言ったとしても首を傾げられるだけだ。

 だからこそ、言葉に詰まるのだが―――


「逆に、ご主人様は喜ぶべきだと思うんですよ」

「……なんで?」

「だって、騎士団って男女比が結構偏っているんですよ? 無論、多いのは筋肉と訓練が大好きなドMな男の子の方です」


 アイリスはグッと顔を近づけて、


「そんな中、目の保養になる美少女が毎日ご主人様のお世話をするんです。それこそ、疲れた体に膝枕もマッサージもしますし、お背中だって流してあげられます♪」

「………………」


 なんだろう、悪くないな。

 そんなことを思ってしまったユリスであった。


「……ハッ! だ、騙されないぞ俺は!? いくら俺だけの美少女メイドという男のロマンがむさ苦しい男の群れにまでやって来てくれるとしても、命の方が大事なんだ!」

「でも、さっきご当主様からの許可もらっちゃいましたし」

Damn itちくしょう!」


 どうやら、すでに当主である父親からの許可はもらってきているらしい。

 今からでも父親を説得しに行きたいところではあるが……ユリスは分かっている―――最近の素行はマシになったが、昔のユリスは目も当てられないやんちゃな子供。お目付け役がついていってくれるのであれば、そっちの方がいいとアイゼンが思うことを。

 だからこそ、今から何を言ったところで覆されはしないだろう。

 ユリスは瞳に涙を浮かべ、まるで失恋した男の子のように背中を向けて走り出した。


「ちくしょう、サンドバッグ探してやつ当たりしてきてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 徐々に森の中へと消えていく背中。

 取り残されたアイリスは可愛らしく頬を膨らませて―――


「むぅ……つれないですね、ご主人様は」



 ♦️♦️♦️



 ───確か、魔物サンドバックに八つ当たりするために適当な魔物を探しに来てたはずだよな?


 なんてことを思っているユリスは現在、どうしてか森の奥で頬を引き攣らせていた。

 というのも───


「早く逃げなさい……ッ! 巻き込んでしまった私の責任……ここは私がなんとかするから!」


 そんなことを言って、剣を片手にボロボロの体で立つ紅蓮色の髪を携えた美少女。

 そして、その先にはの姿がある。

 サンドバッグにしては、明らかに大きすぎる相手。一度ひとたび気合いの入ったパンチでも食らえば、あばら骨でも余裕で砕けてしまいそう。

 ただ、そんな相手など今はどうでもよくて、


(この赤髪の子って、だよね? サンドバッグよりも先に宝石見つけちゃったんだけど……どうしよっかな、マジで)


 時は、小一時間まで遡る───



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