嫉妬の視線と気に食わない
「あなた、よく朝っぱらから人がいる中でイチャイチャできたわよね……今時兎でも人肌なくてもデリカシーぐらい守るわよ」
「女狐だって、昨日私が目を離した隙に膝枕してたじゃないですか。人目がなければすぐにスキンシップしやがって、このビッチめ」
「あ゛?」
「あ゛?」
さて、騎士団生活二日目の朝。
目が覚め、広さのわりに人があまりいない食堂で、何やら火花が散っていた。
これが蚊帳の外で起こっているのであれば「朝から元気ですねぇ」などと茶でも啜れるのだが、当事者なのだから泣けてくる。
「ふふっ、君達は朝から賑やかで楽しいね」
「修羅場を楽しいって言えるメンタル……流石っす」
「そりゃ、蚊帳の外だし」
「……ごもっともで」
一方で、修羅場の真横ではげんなりとした悪役ユリスくんの姿が。
恐らく、超絶可愛い女の子が超絶仲が悪そうで困っているのだろう。もしくは、膝枕も抱き枕も己に関係あるからか。
そんな様子を、悪戯大好きっ子なセリアは笑みを浮かべながら眺めていた。
「それで、修羅場の中心にいる色男の心境はどうだい? 鼻が高くて、思わず周囲の独り身寂しい男性を見下ろしたくなるのかな?」
「時計台から見下ろして悦に浸れそうならこんな顔してないっす……」
「おや、贅沢な悩みだね。そのセリフ、あまり大きな声で言わない方がいいよ?」
なんで? と、げんなり顔のユリスは首を傾げる。
すると、セリアは食堂の端へ指を差し───
『クソ……あの新入り、横にかわい子ちゃんがいるのにあんな顔しやがって……!』
『せっかく美少女二人が入ったっていうのに……!』
『潰すか、焼くか、煮るか、蒸すか、刻むか……臓物処理を抜いても処理の関係で迷ってしまうな』
『訓練中の事故ってことにすれば、いくらでも処しようがある。袋叩きもアリだ』
『『『それだ』』』
いけない。
何がいけないって、発言がいただけない。
「……あれは俺の悪評から来る熱烈な視線とアプローチってことでいいんですかね?」
「君がこれからどれだけの英雄譚を積み重ねても、一生消えそうにない視線だと思うよ」
男の嫉妬とはなんとも恐ろしい。
ただ一緒にいるだけなのに、早速身内での破滅フラグが。
容赦のない現実に、ユリスは両手を覆ってさめざめと泣き始めた。
「まぁ、無理もないさ。基本的に、どこも騎士団の男女比は偏っている。そんな中に入ってきた目の保養がすでに売約済ときた……むさ苦しい場所でいそいそと働く野郎共からしてみれば、砂漠の中のオアシスが目の前で消えたように感じるものだよ」
「……俺、全然砂漠のお水を独占した気はないんですけど」
「加えて、ボクも美少女枠。数少ないオアシスが後輩くんと仲良くしてるとなれば、妬み嫉みの視線も浴び放題。ふふっ、モテるボクが女の子でごめんね♪」
確かに、セリアの容姿は整っている。
それはもう、リーゼロッテやアイリスと比べようがないぐらい。
加えて、大人びた雰囲気に悪戯っぽいものの接しやすい性格があるときた。
そんな女の子が、悪戯っぽい笑みを浮かべて新しい後輩の頬を楽しそうに突いて遊んでいる。
もう、妬み嫉みのバーゲンセール間違いなし。どれを購入しても和気あいあいという名目の殺伐な接待を受けられるだろう。
「うぅ……チェンジ。せめて先輩をチェンジで。もしくは誰かこの人のハートを射止めてくださいッ!」
「ふむ、確かに私は恋人募集中の立場ではいるが……そこまで言うなら、君が射止めてくれてもいいんだよ?」
『『『『『ヂィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!』』』』』
「ダメだ! もうこの騎士団で仲良くやっていけるビジョンが俺には見えないッ!」
中々滅多にお目にかかれない舌打ちに、ユリスは明るい未来を想像できなかった。
「あぁ、そういえば楽しくて言い忘れていたんだが」
はむ、と。
さめざめと泣き始めるユリスへ、セリアは思い出したかのように口を開いた。
「今日から、早速君達に任務が入ってね。内容は第三王女の護衛───」
しかし、何かを言いかけた最中。
四人のテーブルの横に、突然人影が現れた。
「おい、ユリス・ブランシュ」
背丈が高く、細身でありながらも筋肉質だと分かる体躯の男。
誰だ? と。セリアだけでなく、修羅場っていたアイリスやリーゼロッテまでもが視線を向けた。
ユリスもまた、同じように顔を横を向ける。
すると、男は鋭くも冷たい瞳のままユリスへと言い放った。
「貴様、どういう不正を働いてこの場に現れた?」
いきなり身に覚えのない失礼な発言。
だが、それよりも本当に「誰だ?」という疑問が気になって仕方がなかった。
「えーっと……どちら様で?」
「トール・フレンツ。ボクの同期だ」
セリアはユリスの疑問に答えると、そのままため息をついて───
「……で? いきなり現れてその発言かい? 新人いびりをする先輩なんて、真っ先に嫌われる対象だよ」
「新人いびりなどではない。あの『貴族の恥さらし』がこの騎士団にいることにおかしいと言っているだけだ」
「……相変わらず、本当に性格の悪い野郎だ」
要するに、ユリスの存在が気に食わないのだろう。
王都の騎士団は、各地の騎士団の中でもエリートが集まる場所。
そこにいる自分に誇りを持っているし、周囲からも「栄誉ある場所だ」と認識されている。
そんな場所に、社交界の中で悪評高い人間がいるとなれば、気に食わない人間が現れるのも無理はない。
それが冷たい視線などではなく、堂々と言ってくる人間が現れただけ。
ユリスは「現実逃避先にもストーカーが……」と、またしても辟易としてしまう。
「ちゃんと試験だって合格している。そこに不正などないはずだよ。というより、団長自らが試験を行って力量を見ているというのに、君は不満を抱くのかい?」
「私は実際に見たものしか信用しない。それは君だって同じだろう?」
「……君は信じていないというより、気に食わないだけに見えるがね」
「まぁ、そこの真偽は今はどうでもいい。手合わせすれば分かることだ」
ピクり、と。セリアの眉が動く。
どうやら、この男……不正は疑っていないようだ。
ただ、気に食わない相手を手合わせという体裁で虐めたいだけ。
そうと分かり、セリアは一段と低い声で返した。
「……本気?」
「本気さ、もちろん。それに、お前とてこいつの実力は気になっているはずだ」
「…………」
セリアも思っていたことなのか、一瞬言葉に詰まる。
(……なんか、すっげぇ勝手に話が進められる。これが労働者に訪れる不可避な縦社会?)
もっと言い返してほしいユリスは、流れが悪い空気に遠い目を浮かべた。
このままいけば、なんか手合わせするんだろうなー、わざと負ければ治まるかなー、なんて。頭の中はすでに諦めムードに入っていた。
その時───
「ちょっと、黙って聞いていれば好き放題言いやがりますね」
ガタッ、と。
横に座っていたアイリスが額に青筋を浮かべて立ち上がった。
「なんなんです? さっきからご主人様の悪口ばっかり言ってますけど、先輩だからっていきなり失礼じゃないですか?」
「………………」
睨みつけるアイリスに視線を向けるトール。
すると、次の瞬間、
「うるさい後輩だな、貴様は」
トールの拳が、アイリスの顔へと現れた。
「え?」
不意を突かれたからか。
それとも、実際に手は出してこないと思ったからか。
いきなり迫ってきた拳に、アイリスは思わず硬直してしまう。
だが───
「お前、それはないだろうが」
ガッ、と。
───アイリスの顔に拳が触れる寸前、ユリスの手がトールの拳を掴んだ。
「なんだ、この手は?」
掴まれたことに、トールは眉を顰める。
しかし、ユリスはトールの怪訝そうな様子を無視して口を開いた。
「……やってやるよ」
「ん?」
「手合わせしてやるって言ったんだ、クソ
別に、やれと言われたのであればやるつもりだった。
戦いたくはないが、せっかく入った騎士団で先輩の話を無視するわけにはいかないから。
何せ、変に歯向かって「追い出される」みたいなことになれば、今までの努力が無駄になる。
けれど、そんなものはもうどうでもよくて。
誰かに手をあげるのは、到底見過ごせない。
それが、自分の大切な女の子ならなおさらだ───
「俺の話にアイリスを加えてんじゃねぇよ、クソが。今のツケ……まとめて体に叩き込んでやる」
ユリスは、額に青筋を浮かべたままトールに向かって言い放った。
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