早朝の楽しみ
アイリスには毎朝の楽しみがあった。
使用人として誰よりも早く起き、身支度を済ませ、一日の予定を確認したあとに待っているご褒美。
ユリスへの好意が芽生え、「騎士団に行く!」と改めて実感し始めた時はそのご褒美がなくなるかもと危惧していたが、試験に合格し、同じ場所へ配属されたことでこれからも変わらないようで少し前に安心したのを覚えている。
何せ、このご褒美はユリスが一緒にいないともらえないものだから。
そして、ユリスと一緒に騎士団に入ったことで、屋敷にいる時と変わらずアイリスはしっかりとご褒美もらうことに成功した───
「ふふっ、ご主人様の寝顔……超可愛いです♪」
───メイドである自分が本当の意味で騎士として働き始める初日の朝。
いつものメイド服ではないものの、しっかりと支給された服に着替え終わったアイリスは、まだ主人が寝ている横で一人嬉しそうな笑みを浮かべていた。
(ご主人様を起こすのもメイドの務めですけど……務めっていうより、至福なご褒美タイムなんですよね)
目の前には、愛らしくも愛おしい少年の無防備な姿。
年相応の可愛らしい寝顔を浮かべており、アイリスにとってはいつまでも眺めていたいものであった。
───この時間だけは、自分だけの特権。
騎士という立場を手にしたとしても、それはあくまでユリスと一緒にいたいから得ただけにすぎない。
自分は、これからもずっとユリスの専属メイド。
本来起こすはずの時間よりも早く訪れ、慕っている主人の顔を眺めるのが毎日の楽しみである。
それは、環境が変わっても譲れないものだ。
(こうして見ると、あんな化け物じみた男の子とは思えないですよね。もちろん、その時のご主人様はかっこいいの一言ですけど、こういうお顔もギャップがあって大好きというかなんというか♪)
アイリスは女の子らしい笑みを見せ、ユリスの頬を起こさない程度に突く。
「ふふっ、どんなご主人様でも大好きなメイドさんですよー。よかったですね、こんな可愛い女の子に好かれてー、ご主人様って本当に幸せ者なんですから」
確かに、少し生意気なところを除けば、客観的に見て男としては幸せ者だろう。
どんな姿でも好いてくれ、隣に並んでくれ、尽くしてくれる。
さらには、これから成長しても間違いなく美しくなるだろうと分かっている端麗な容姿。
そんな女の子が隣に寄り添ってくれるのだ。世の男性が羨むこと間違いなしである。
「ふふっ、分かってるんですかね、この
頬を突いて遊んでいると、突然アイリスの腕が引っ張られる。
その拍子でベッドへ倒れ込むと、ユリスは華奢な体を抱き締め始めた。
「〜〜〜♪」
しかし、アイリスは驚きはしない。
ユリスの寝相は三年前ほどから悪く、たまに近くにあるものを抱き締める傾向にある。
だからこそ、わざと近づいていたりするのだが、とにかくアイリスは嫌がる素振りも離れる素振りも見せない。
ただただ、ユリスの温もりを感じながら胸に顔を埋めるばかり。
(ご主人様って、寂しがり屋なんですかね? 普段は口に出さないのに、こういうところで表に出ちゃうというか)
無意識のうちに誰かを求めている。
そういうのが、もしかしたら寝相に現れているのかも? そんなことを思ってしまう。
(……本当に可愛い)
そして、もし……その求めている誰かが自分であってくれれば───
(平民とお貴族様が結ばれないっていうのは分かってますけど……この先も離れたくないです)
アイリスは視線を上げ、気持ちよさそうに寝るユリスの顔を見る。
(だから、私は何番目でもいいので……ご主人様の懐に入れるようアピールするだけです♪)
でも、今だけは。
この朝の楽しみをしっかりと味わいたい。
視線を下げ、もう一度ユリスの程よく冷たい体温と安心感を味わうべく胸に顔を埋める。
すると───
「……ん、うぁ……?」
ようやく、ユリスの瞳がゆっくりと開いた。
しかし寝ぼけているのか、胸の中にいるアイリスへ視線を下げ、何故か徐に頭を撫で始める。
「またか……アイリス……」
「はい、またです♪」
「ほんと、さみしがり……やさん、だなぁ……」
そう言って、もう一度ユリスの瞼が閉じられる。
まだ、時間的に起こさなくても問題ない時間。
一応、昨日セリアからは規定の食事時間までに集合できていれば問題ないという話はもらっている。
───朝食の時間まで、あと四十分。
準備のことを考えれば、とりあえず十分ぐらいはゆっくりしてもいいだろう。
(最近、ご主人様はお疲れですもんね……)
騎士団に入るために、この日まで努力してきた。
周囲の冷たい風当たりにも負けず、しっかり目的を果たしたのだ。
昨日も、ちゃんと任務をこなして人を助けた。
まぁ、またライバルが増えそうな女の子であったことは乙女的に少し不満だが、それはユリスの優しさがあっての嫉妬。
そういう部分が大好きで惹かれているアイリスは少しの愚痴こそ吐くものの、それ以上は何も言わない。
せめて、少しでも休んでもらえるように寝かせてあげようと思っている。
(あと十分……お互いにゆっくりしたら起こしてあげますね、ご主人様)
優しい瞳を浮かべるアイリス。
そっと、主人のことを想いながら胸の中に身を預けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます