お部屋で膝枕
ユリスは貴族だ。
転生前はどこにでもいるような一般的な家庭で暮らしていたが、転生してからは贅沢な環境に身を置いていた。
そのため、すっかり体も気分も貴族らしい贅沢に慣れてしまっている。
故に、騎士団で寮生活と聞かされた時は「はいはい、豚小屋ね頑張ります」と覚悟していたものだ。
しかし───
「ひろ、すぎる……ッ!」
さて、セリアに色々な場所を案内されてから。
荷物を纏めて今日は休むように言われたユリス達は、早速自分に割り当てられた部屋へと足を運んでいた。
その部屋はまるで高級ホテルのスイートルーム。
大きなリビングに加えて、各部屋プライバシーが守られるよう個別に部屋も設けられており、キッチンまでしっかりと完備されている。
とても国からお給料をもらって働かされている社畜に与えられる部屋とは思えない。
覚悟していたはずなのに杞憂に終わったユリスは、感激の涙を浮かべて驚いていた。
「まぁ、流石は国内最高の騎士団ね。確かに、これなら誰もが目指したくなるような場所だわ」
特段驚いた様子のないリーゼロッテは、ソファーに腰を下ろして辺りを見渡していた。
驚き力が足りないのは、ユリス以上に貴族としての生活に慣れているからだろう。とても座るご様子が部屋に溶け込んでいる。
一方で───
「ご主人様、荷物を解き終えましたっ!」
「こっちも驚き力が足りねぇなぁ」
できるメイドはどこにいってもできるメイドのようで。
騎士になったことで対等な立場になったにもかかわらず、アイリスはしっかりとメイドの本業をこなしていた。
「ちなみに、部屋が一つ余ったので倉庫にしましょう」
「ん? 部屋が余るなんてことあるのか?」
本人の意思関係なく男女三人が三人部屋に入ったのだ。
それぞれの部屋も設けられているのに、余るなど考えられない。
そのことに首を傾げていると、アイリスは一つの部屋を開けて中を見せる。
そこには、ユリスの少ない私物と───可愛らしいぬいぐるみが整理して置かれていた。
「私はご主人様と一緒の部屋なので!」
「ふふふ……君は何を言っているんだい?」
「なのでっ!」
「念押ししても変わらないよすぐに片付けなさい」
個室に美少女二人と同衾は流石にマズい。
ユリスは笑みを浮かべて首を横に振った。
「むぅー……つれないご主人様です」
頬を膨らませ、せっかく解いた私物(※ぬいぐるみ含む)を片付けていくアイリス。
そんなに一緒にいたいのか、と。その背中を見て苦笑いを浮かべてしまった。
(しかし、これからどうしようか……)
労働に対しての疲労はある。
しかし、いきなり「今日はもう上がっていいよー」と言われても困るのが人間というもの。
予定も何もなければ、新しい環境で少しばかりの戸惑いもある。
ユリスはとりあえず空いているソファーへと腰を下ろし、とりあえず体を横に倒した。
すると───
「暇なの?」
ユリスの顔を、リーゼロッテが覗き込む。
「普通に暇だな」
「なら、私とお話しましょ? これから同期として仲良くしていかなきゃいけないわけだし」
正直、ヒロインとは極力関わりたくはない。
とはいえ、もう避けられないところまできているのは明白。アイリス同様、これからは背中を刺されないよう仲良くしていく方が賢明だろう。
「……なんのお話する? ちなみに、俺は今時の貴族淑女が楽しめるようなお茶の話なんてできないぞ?」
「ふふっ、そういうのはいいわよ。私だって、そっちよりも剣の話をする方が楽だもの」
リーゼロッテが少し大人びた笑みを浮かべる。
すると、徐にユリスの頭を上げ、そのまま自分の膝の上へと下ろした。
「そうねぇ……たとえば、好きな食べ物とか───」
「おい待て、この体勢は何!?」
「仲良くなるためのコミュニケーションを取るんでしょう?」
「仲良くなる過程に膝枕があったら、今時野郎同士の放送できない酷い絵面がどっかに転がってるよ……ッ!」
ユリスは体を起こそうとする。
しかし、リーゼロッテはユリスの頭を押さえつけ、見下ろすようにして笑みを見せた。
「冗談よ。ただ、今日はあなたが一番活躍したわけだし、労いぐらいしてあげたかったの」
「…………」
「私はあの子に活躍の場を取られちゃったから、ね?」
今回、一番敵を倒し、想定外の被害者まで救ってみせたのはユリスだ。
一方で、リーゼロッテは単にアイリスのサポートをしただけ。
戦果も労働力も自分とは違う。
これから対等な立場で共に働いていくのであれば、その差を埋めたい。
向けられる笑みにそういう意図を感じたのか、気恥ずかしく照れたユリスは大人しくリーゼロッテから顔を背けるだけにした。
「……こういうのは、同期にしなくてもいいよ」
「あら、私だって誰にでもするわけじゃないわよ? あなたにする理由なら、挙げればキリがないけれど……とりあえず、なにか一言もらっても?」
「……大変嬉しいです」
「うん、正直でよろしい」
お話がしたい、と言っていたわりには、リーゼロッテは口を開くことはなかった。
その代わり、優しくユリスの頭を撫で、上機嫌そうに鼻歌を歌う。
柔らかい感触、温かい手のひら、心地よい空気、刺激的な甘い香り、近くにある端麗な顔立ち。
それらがユリスの心臓の鼓動を早くさせ、思わず顔に熱が上ってしまう。
(クソ……これだからヒロインは強すぎる)
女の子に膝枕をされて嬉しく思わないわけがない。
ただ、相手はヒロインで、絶対に悪役を好かないであろう女の子で。
多幸感の中に混ざった複雑な感情と事実が、ユリスの頭の中を埋め尽くす。
(あぁ……アイリスもそうだけど、勘違いしそうになることばっかしてくるヒロインが多すぎるぞ……)
結局、リーゼロッテの膝枕はアイリスが荷物を片付け終えるまで続いたのであった。
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