手合わせ

 食堂から場所は移り。

 現在、一度試験で足を運んだことのある訓練場にやって来た。

 これから行われるのは、新入りと先輩による手合わせ……というより、新人いびりだろう。

 それが見たいのか、騎士団に残っていた何人かの騎士が観客席に座っていた。

 見渡すと、見物を決め込む騎士の表情はそれぞれ。

 ユリスの実力が気になる者、恥さらしと呼ばれるユリスがトール同様に気に食わないと思う者。応援しようとする者。皆一様に違った表情を見せている。


『モテ夫には粛清を!』

『騎士団の栄誉を叩き込んでやれ!』

『やれ! やっちまえトール! 美少女にこれから向けるであろうナニを削いで海に沈めろ!』


 ただ、一部気に入らない部分に相違がある者も混ざってはいた。


「……なんか気が削がれるような声援が聞こえるんだけど」

「あれを声援と受け取るなんて、ユリスくんは近年滅多に見ない『マゾ』と呼ばれる部類の人間かい?」


 訓練場の中にある闘技場のような空間にて、ユリスとセリアは頬を引き攣らせた。

 トールの仲間らしき人間からのヤジは飛んでくるものの、そうでない方のヤジの方が声のボリューム的に耳に響いている。不思議だ。

 ふと見渡すと、客席にはリーゼロッテの姿もあった。

 すると、視線が合って小さく手を振ってくれる。


『が・ん・ば・って』


 余計なヤジのせいで聞こえなかったが、口の動きで捉えられた声援。

 ユリスは「応援してくれるのがヒロインって……」と、少し苦笑いを見せて手を振り返した。

 一方で───


「ごめんなさい、ご主人様……」


 まだ観客席に向かっていなかったアイリスが、シュンとした顔を見せていた。


「……私が突っかからなかったら、こんな面倒なことになっていなかったと思います」


 普段明るく元気で、どこか小生意気なアイリスにしては珍しく落ち込んでいる。

 いくら甘えん坊な女の子でも、やはり従者なのか。

 主人に迷惑を掛けたことに本気で罪悪感を抱き、申し訳なさそうな顔を見せている。

 少し調子が狂う。けれど、ユリスはアイリスの頭の上に手を置いて───


「気にすんな、俺がしたくてしてることだから」

「そ、それは……ッ!」

「自分のメイドに手を出されそうになって怒らない主人はいないよ。しかも、俺を庇ってくれた女の子ならなおさらだ」


 アイリスは隠しヒロインの一人。自分に破滅フラグを持ってくるであろう女の子。

 本来なら、ヒロインと仲良くなっていいことはない。庇うのも少し違うかもしれない。

 しかし、ここまで仲良くなって、慕ってくれて、尽くしてくれて。

 自分のことに怒ってくれた女の子が傷つけられようとしているのに、何も思わないほど腐っちゃいない。

 今、この場に限っての話で言えば、もうゲームの内容など酷くどうでもいい───


「ちゃんとボコしてくるからさ、そん時は一緒に笑ってやろうぜ。俺は

「ッ!?」


 ユリスは柔らかい笑みを浮かべ、アイリスの頭を優しく撫でる。

 すると、申し訳なさが浮かんでいたアイリスの顔が一瞬で真っ赤に染まり、熱っぽい瞳に薄らと涙が浮かぶ。

 アイリスはそれを誤魔化すように勢いよく頭を下げると、そのまま背中を向けて走り出し、客席まで跳躍していった。


「なんとなく、君がモテる理由が分かった気がするよ」

「……なに言ってるのか知りませんけど、自分のメイドに対する接し方として教科書の一ページ目に載るぐらいには普通でしょうに」

「ふふっ、そう思うのは発信する方だけだ。受け手がどう思うかなんて、客観的な視点じゃなければ分からないものさ」


 セリアの言葉に首を傾げる。

 だが、ちょうどよく。訓練場の入り口からトールがゆっくりと剣を携えて現れた。


「言うまでもがないが、立会人としては平等に判定するつもりだ」

「まぁ、でしょうね。瞳にドルマークが浮かぶほどのお金の山なんて渡してないですし」

「とはいえ、。あいつの折檻される場所が医務室になれるよう、思いっきりボコしてくれたまえ……かっこいい後輩くん」


 そう言って、セリアは闘技場の中央まで歩き出した。

 そして、ようやくトールも同じように闘技場へと足を踏み入れる。


「逃げずに来たようだな」

「先輩のお誘いに断りを入れる後輩なんていませんよ」


 それに、と。

 ユリスは……滅多に見せない獰猛な笑みを浮かべて中指を立てる。


「先輩を痛ぶれる機会なんてそう巡り会えるものでもないですし、どうせなら今まで溜まってた鬱憤を晴らしつつせっかくなら楽しませてもらいますよクソ阿呆やろう

「……その減らず口、これから無理矢理にでも悲鳴に変えてやる。小生意気なクソガキが」


 両者、それぞれ怒気を滲ませて睨み合う。

 その最中、セリアだけは淡々と口にする。


「今回はあくまで手合わせ。どちらかが意識不明の時点で終了とする。もちろん、それ以上がありそうなら容赦なくボクが介入させていただく」


 では。

 両者が腰に携えていた剣を抜く。

 一拍間が空き、セリアが開始の合図を告げる。


「始めッ!」


 そして───


「本気でかかってこい、クソ阿呆やろう! 悪役ヒールの実力をその身体に叩き込んでやるッッッ!!!」


 ───一面に広がる銀世界。

 それを生み出した悪役ヒールの口からは、白い息が零れ出た。



 ♦️♦️♦️



 それと同時。

 ユリスの戦いを見守っていたリーゼロッテは、一人客席で驚いていた。


「ど、どうして貴方様がここに……?」


 何せ───


「ふふっ、面白い遊びをしている子供がいると聞きまして。せっかくなら、身を預ける彼の実力を生で見ておきたいと思うのは普通では?」


 夜空に浮かぶ月のような、艶やかな金の髪。

 第三王女───フィア・マーキュリー。

 この場にいる誰もが敬うべき少女が、笑みを浮かべてこの場に現れたからだ。

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