悪役の戦闘

 ユリスの魔法は氷を中心とした『凍結』だ。

 体内の魔力を元として生み出した液体、気体を冷却する。

 たったこれだけを、己の魔力が尽きるまで行使し続ける―――


「ふんッ!」


 一面に広がった白銀の世界。

 実技試験では、この展開だけで受験生を戦闘不能にしたのだが、トールは氷を割って顔を出してくる。

 そして、一蹴りでユリスの懐まで潜り込むと、そのまま剣を振り抜いた。


「……ッ!」

「防いだか。だが、それだけ」


 一撃、二撃。

 トールの剣がユリスに向かって振るわれる。

 流石は王国のエリートが集まる騎士の一人か、繰り出される剣戟は速く、それでいて重たすぎた。

 ガッ、ガッ、と。

 訓練場に響き渡る鈍い金属音。ユリスはその中心で、ただトールの剣を受けるのみ。

 反撃する気配はない……というより、反撃できないのか?

 ユリスの反応に、トールの口元に笑みが浮かぶ。


「所詮は見た目派手さのみ」


 トールの剣が加速していく。


「この程度の実力で試験に合格したのか? なら、笑い種だなッ!」


 そして、数十回撃ち合ったあと。

 ユリスの剣が大きく弾き飛ばされ、体がそのまま仰け反ってしまう。


(弱いッ! このレベルでは手が届かないということを教えてやる!)


 実際問題、ユリスの剣の技術は王都の騎士団レベルには達していない。

 贔屓目に見ても、主要都市の騎士団レベル。悪く言えば、辺境の騎士団レベルだ。

 そのため、王都の騎士団で活躍する人間には遠く及ばない。アイリスと剣一つで勝負しても、大体は負けてしまう。


(このまま押し込んで、サンドバッグにしてやるッ!)


 故に、剣で圧し負けたユリスの胴体へ、容赦のない一振りが───


「気持ち悪い笑み浮かべてんじゃねぇよ」


 ───


「……は?」

「そういうのにトキメクのは、特殊な趣味を持ったマダムな女性だけだぞ?」


 そして、直後。

 ゴッッッッッッッッッッ!!! と。

 重たい衝撃と共に、トールの体が吹き飛ばされた。


(な、にが……ッ!?)


 地面を転がりながら、トールの頭に疑問が湧く。

 チラチラと映る視界。そこにはユリスと、ユリスの体が。


(ふ、たり!?)


 どうして二人いるのか? 手に持っている大槌はなんなのか?

 分からない……分からないが、今は気にしている暇はない。


「浅慮も浅慮。強さの秘訣は剣の腕前だけじゃねぇだろうが」


 何度か地面をバウンドし、咳き込みながらもトールは体を起こす。

 すると、今度は自身の周囲を巨大な氷の花弁が取り囲んだ。

 トールの視線が、発光し輝く美しい花弁の一つへと一瞬引き寄せられる。


「それに、見た目派手さは大事だろ?」


 だって、と。

 直後、真横の花弁を砕き貫いて、ユリスの飛び膝蹴りがトールの頬に突き刺さった。


「ばッ!?」

「何せ、お前みたいな阿呆の目を引けるんだからなァ!?」


 もう一度、トールの体が地面を転がる。

 すぐに起き上がれ、という警報が頭の中に鳴り響く。

 何せ、地面はマイナス域に入った固形の幕が敷かれており、直接肌に触れると体温によって一瞬だけ溶かされた表面が体に張り付いてしまう。

 だが、これだけが理由ではない―――


「さぁさぁ、いっちょ騎士らしいことをしてみようじゃないかッ!」


 正面にいるユリスの手に握られていた大槌が砕け、新しく氷の剣が握られる。

 その剣は距離があるにもかかわらず振るわれ……剣身がいきなり伸びた。

 明らかに届かなかったはずのリーチが真横に迫る―――だけではない。

 背後からの違和感。

 気が付けば、いつの間にかもう一体のユリスが同じように背後からも剣を振るっていた。


「「どう受け止める、先輩!!??」」

「クソッ!」


 トールは鞘を腰から外す。

 そして、そのまま前後に振るわれてくる氷の剣を握っていた剣と一緒に防いだ。

 こうした咄嗟の判断ができるのは、王国の選ばれた騎士だからか。

 ただ、相手が悪い。

 お見せする手品は、まだまだユリスの懐に隠されている。


「そろそろ本気で潰しに行くぞ」


 そう口にした瞬間、闘技場一帯の空間が揺れる。

 地面に張った氷。それらが隆起し、やがて造形を成していく。


『き、綺麗……』


 どこかで、誰かが口にしたような気がした。

 生まれ変わる景色。

 ほんの一瞬でできあがったのは、。少しでも動けば鋭利すぎる薔薇の棘に刺されそうな、窮屈な空間。


「ぐっ……!」

「お前が馬鹿にした男はここまでやるぞ」


 ユリスの手には、棘の生えた氷の蔦が。


「そんで、今から扱うのはお前が手を出そうとした相棒ヒロインから学んだ武器だ」


 身動きが取れない。少しでも動けば、鋭利な棘が刺さるかもという恐怖が体に硬直を誘う。

 しかし、この場でただ一人。

 氷を扱う造形者だけは、白く輝く薔薇園の中をゆっくりと進み始め―――


「さぁ、幕引きエンドロールッ! 悪役ヒールを馬鹿にしたんだ、結末ぐらい読者おまえでも分かるだろッ!」


 武器と化した氷の鞭が薔薇園を荒らしながらトールへ襲い掛かる。

 取ろうとすれば取れる身動きも、防衛本能によって鈍らせられた。

 であれば、この先に待っている光景など誰にでも予想がつく。


(恥さらしが、何故……ッ! あ、あり得ない―――)


 あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないッッッ!!!


「この私が、恥さらしなんぞにィ……ッ!」


 認めたくはない。

 けれど、視界に映るユリスの姿にトールは唇を噛み締めてしまう。

 その蔦片手に迫ってくる姿は、どこか蛇腹の剣を扱う少女に似ていて、


「目が覚めたら、盛大に笑ってやるからな。それまで、精々夢の中で悪役ヒールに喧嘩を売ったことを後悔しとけ」




 ゴ、ギガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!! と。


 薔薇園を荒らしながら振るわれる猛威を受け、トールの意識はこの場で途切れた。

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