立ち合いが終わって現れたのは
「さぁ、当初の予定よりかは少し早いが、かませ役の先輩を滑稽に盛大に笑ってやろうじゃないか、アイリス!」
「分かりましたっ!」
「「ざまぁないなあーはっはっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」」
さて、闘技場が真っ白に染まり、先程までの戦闘音が聞こえなくなった頃。
訓練場に、少年と少女の愉快な笑い声が響き渡った。
なお、主従二人の視線の先には、ボロボロのまま気を失って倒れているトールの姿が。
『お、おい……トールがやられたぞ』
『ふむ、あいつも中々やるじゃねぇか……』
『これは恥さらしというだけではない証左。団長の目は間違っていなかった』
『ちくしょう……強くて顔もよくて女の子もいるとか……ッ! こうなったら寝込みを襲うしか……ッ!』
そして、観客席からは一部妬みこそ混っているもののざわついた声が聞こえてくる。
トールが倒されたことに対しての評価の変化が影響しているのかもしれない。
ただ、そんな声よりも二人はトールに対して嘲笑うことしか頭に入ってきていないみたいだが。
「流石はご主人様ですっ! ちょーかっこよかったです!」
「ふっ……俺がちょいと力を発揮すればこんなもんだよ、アイリスくん。やっぱり、俺に敵う人間はこの世にいないということか!」
「はいっ! ご主人様はさいこーですっ!」
「……なぁ、今ツッコミ待ちだったのよ。肯定したら単に女の子に全力でナルシぶるイタイ男の子になっちゃうの」
「この豚がっ!」
「なじってほしいわけでもないからな!?」
会話とはなんとも難しい。
目を輝かせながら罵ってくる美少女メイドを見て、ユリスは思わず頬を引き攣らせた。
「お疲れ様、ユリスくん」
すると、立会人を務めていたセリアがゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「ありがとうございます、先輩」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……もうちょっとボコしてくれてもよかったのに」
「女性が軽々しくそういうの口にしない方がいいですよ」
倒れているトールを見てボソッと呟くセリア。
とても貴族の淑女の口から出てくる言葉とは思えない。
「いや、実際のところあいつは気に食わなかったからね。変に貴族意識というかエリート意識の高いナルシストは、存在自体が不愉快だろう?」
「やっぱりナルシストってよくないっすよね。今、俺もそっちの世界に片足突っ込みそうになりましたよ」
「ん? 「女の子が勝手に集まっててきてしまう俺、ちょーイカしてるぜ☆」とでも言っていたのかい?」
「その発言が片足踏み込んだ人間の口から出てくるものなら、肩までどっぷり浸かった人間の発言が気になるところです」
きっと、ムカつきすぎて〇したくなるような発言に違いない。
ユリスは心の中でナルシスト路線に走らないよう固く決意したのであった。
「っていうか、いまさら思ったんですけど……先輩ボコして大丈夫ですかね?」
ようやくざわついている空気と、倒れているトールの状況に気がついたユリス。
先程まで色々と頭に血が上っていたからそこまで気にしていなかったが、一度落ち着いてしまえば不安が募る。
入団二日目、先輩ボコす。
言葉を並べると、どうしても「大丈夫なの?」と思わずにはいられなかった。
「だ、大丈夫ですご主人様! 怒られる時は、このアイリスも一緒です!」
「うーむ……」
「怒られたあとは、膝枕に添い寝……お背中も流して差し上げますっ!」
「ほう!」
「君は意外と素直な性格なんだね」
美少女の慰めに興味津々なユリスを見て、セリアは少しばかり頬を引き攣らせた。
「まぁ、女の子の慰めに瞳を輝かせているところ悪いけど、実際に問題にはならないと思うよ」
「そうなんです?」
「うん、手合わせで接待なんて基本的にはないからね。後輩先輩が戦って面白い結果になることなんて何度もある。現に、私も告白してきた先輩をボコしたことがあるから問題ないさ」
「どういう状況になったら勇気を振り絞った男をボコす流れになるんですか」
「流石に男の子が可哀想になってきますね」
意外と手が出やすい性格なのか。
ユリスとアイリスは少し怖くなってきた先輩に一歩だけ距離を取った。
すると―――
「ふふっ、お疲れ様です……ユリス様」
ゆっくりと、足音が聞こえてきた。
加えて、耳に届いたお淑やかさが滲む声。ビクッ、と。ユリスの背筋が反射的に伸びる。
そして、恐る恐る振り返ると……どうしてか頭を悩ませているリーゼロッテと、視線を吸い寄せられそうなほど容姿の整った、金色の髪を靡かせる
「な、なんで……リーゼロッテがこの人と!?」
「……さっき観客席で会ったのよ」
「いやいやいやっ! だ、だって学園があるはずじゃ……ッ!」
騎士団と学園の開始日はほぼ同日。
なんだったら、学園の方が先に始まるはず。
だからこそ、こんなところにいるわけがない……のだが、どうしてか目の前にいる。
信じられない、信じたくない。
その想いが頭の中を支配し、ユリスは思わず戸惑ってしまう。
しかし、そんなユリスを見て少女はただただからかうように笑みを見せた。
「この時間になってもこの場にいるのは、あなたが面白いことをしていたからですよ」
「……へ?」
「あら、聞かされていませんか?」
そして———
「ユリス・ブランシュ様を含む四名は私の護衛をすることになっていますし、守ってくれる相手を置いてお外を出歩くわけにもいかないでしょう?」
―――ユリスは背中を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
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