懸賞金
「ふふふ……世界は僕のことが好きなんだね。逃げたのに追いかけてくるとか行きすぎちゃうとストーカーさんだよふふふ」
「ダメですっ! ご主人様の目が漁獲されて品出しされた魚さんみたいになってます!」
「どれだけ学園に行きたくないのよ……」
さて、逃げ出してもすぐに放送で呼び出され、無事確保されてしまったユリスは、現在馬車に揺られていた。
なんと、目指す先はあれだけ行きたくなかった学園だという。
逃げられないのは、四方を囲む車内の壁と美少女四人を見れば一目瞭然。
ユリスはお空の上にいるであろうパトラッシュを見るために彼方へ遠い瞳を向けていた。
「勉強が嫌なのでしょうか?」
「随分と可愛らしいところもあるじゃないか、後輩くんは」
なお、対面では地獄に引き摺りこもうとしてくるお姫様と、ユリスが死んだ瞳をしている理由がまったく分かっていないセリアの姿がある。
今回の任務では、どうやらお目付け役の先輩もご同行のようだ。
「……俺の記憶が正しかったらさ、王女様ってこの国でもっとも命に価値がある人間だと思うの。そんな高価なものをそこら辺を歩いていた人に渡すとか正気ですかねあんだーすたん?」
「歩いていた人、ですか……」
ブツブツと呟いていたユリスへ、ようやくフィアが話しかける。
「私からしてみれば、しっかりと通行許可証を持って歩いていた人に見えましたが」
「そ、そんなこと───」
「今手が空いていて、高価な品を預けられる実力があるのはあなた方だけです。それは、しかと先程見せていただきました♪」
「あんのッ、クソ先輩がァ……ッ!」
ボコしたあとにも迷惑をかけるとは。
ユリスの中でトールの評価がどん底にまで下がった。
「それで、フィア様……護衛は構いませんが、どうして急に?」
瞳から血でも流さんばかりに下唇を噛み締めて怒りに震えるユリスを他所に、リーゼロッテがフィアへ尋ねる。
「どうやら、最近私の首に賞金がかけられたみたいなのです」
「賞金?」
「えぇ、何者かが裏ギルドへ依頼が入り込んだという情報を手に入れまして、身辺を警護するようお父様に言われてしまいました」
裏ギルドとは、非公式な仕事を請け負う組織のことだ。
その仕事のほとんどが公に足を残せない殺人、窃盗、誘拐といった犯罪。
所属しているだけで検挙されるが、あまり実情がハッキリしていない。
隠蔽工作が上手く、未だに国が頭を抱えている組織である。
(……そんな話、ゲームにあったか?)
すでに舞台である学園が始まっていることから、シナリオはスタートしている。
もし、ヒロイン達に何かしらの問題が出るのであれば、好感度を上げるイベントとして浮上するはず。
しかし、ユリスは今の話を聞いてもピンとこなかった。
(まぁ、俺だって全部のシナリオを詳細まで覚えているわけじゃない。っていうのもあって怖くて学園には行きたくなかったんだが……)
うーん、と。頭を悩ませるユリス。
その頬を、楽しそうに突くアイリス。このおませちゃんめ。
「というわけで、懸賞金問題を解決するまでの間、ボク達が第三王女様の護衛を務めることになった。今、別の騎士が調査にあたっているから、それまで頑張ろうって話だね」
「ふふっ、この歳で懸賞金がかけられるなんて。人気者は辛いですね♪」
上品で、どこか呑気な笑みを見せるフィアに、ユリスはヒソヒソとアイリスに耳打ちする。
「(……なぁ、アイリス。この世界は命の危機にでも笑みを浮かべるメンタルの強い人しか住んでないのか?)」
「(あの王女様……きっと見た目詐欺です。もしかしたら中に叩かれて喜ぶムキムキ兎さんとか飼っているに違いないです)」
なんとも不名誉な話を、不躾にもする二人。
とはいえ、命が狙われているというのに呑気であるのはリーゼロッテとセリアも思ったことだ。
だからこそ、この中でまとも枠のリーゼロッテは「もう少し緊張感を持ってください……」と、大きなため息をついた。
すると───
「あら、しっかりと危機感は持ち合わせておりますよ? タダでは起きないというだけで」
「はい?」
「起きてしまったからにはこの状況をしっかりと使わないと損ではないですか」
フィアの言葉に、リーゼロッテは首を傾げる。
しかし、そんな護衛の一人の反応を無視すると、何故かフィアは徐に腰を上げ……間に割って入るように、ユリスの横へと腰を下ろした。
「「はぁ!?」」
「ふふっ、座り心地はやはりこちらの方がいいですね」
突然間に入ってきたフィアに、ユリスとアイリスが驚く。
しかし、こちらの反応も無視して、フィアはユリスに体を寄せ始めた。
「前にお見かけした時はもう少しお腹とお顔に肉がついていたような気がしたのですが……随分と痩せられましたね」
「ちょ、ちょっと何やってるんですかお嬢さん!?」
「こういうはしたない女の子はお嫌いですか? 一応、殿方はこのようなスキンシップが喜ばれると聞いていたのですが」
いや、もちろん嬉しいに決まっている。
流石は本作の正規ヒロイン。リーゼロッテやアイリスに劣らず、大変美しい。
綺麗に可愛いを合わせたような容姿と雰囲気。イタズラ気質なところもありつつ、隠せない上品さが、アイリスとリーゼロッテとはまた別の魅力であった。
そんな美少女が触れるぐらいの距離まで近づいてきたのだ。
ほのかに甘い匂いやら柔らかい感触やら包まれるような優しい体温やら最高の一言なのは間違いない……間違いない、のだが───
「怖い怖い怖い怖いッ! 俺、今から何をゆすられるの!? 家出ボーイはそんなにお金は持っていませんことよ!?」
「ぐぬぬ……またしてもご主人様に寄ってくる女狐が一人ぃ……!」
「リーゼロッテちゃんは、あっちに交ざらなくてもいいのかい?」
「わ、わわわわわわわわわわわわわ私は別に……ッ!」
……もう、馬車の中が筆舌に尽くし難いほど色々カオスな状況になってしまい、
「ふふっ、賑やかな登校になりましたね♪」
元凶である
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