抜け出した先には
ルナから提供してもらった別荘に入ってから、騎士団の面々で決めていたことがいくつかある。
一つは、侵入者が現れた際には分かりやすい目印を飛ばすこと。
警護するための見張りは交代制。それぞれが担当した時、別荘の中にいる人間に分かるように合図する。
今回、ユリスが全体に氷の膜を張ったのが、正しく皆に報せる合図だ。
二つ目は役割分担。
襲撃者と相対する者、フィアを逃がす者、状況を見てそのどちらにでも対応できる者。
個々の実力を鑑みた場合、ユリスとアイリスは敵と戦った方がいい。経験のあるセリアがどちらにでも対応できるようスタンバイ、戦局をよく見て冷静に判断できるリーゼロッテが護衛の方が適任。
襲撃があった場合、如何に冷静に迅速に行動できるかが生き残るために必要なこと。
故に事前にこれらのことを決めていたのだが、もう一つ……襲撃があった際、フィアをどこに逃がすということも決めている―――
「申し訳ございません、フィア様に窮屈な場所を歩かせてしまって」
ガサリ、と。湖畔から少し離れた森の中でリーゼロッテが口にする。
手には迷子にならないよう掴んでいたフィアの腕があり、その腕を引いて先を歩いていく。
「気にしないでください、私とてカーペットの上じゃないと嫌だ……なんて軽口を叩ける状況でないのは理解しております」
「……ありがとうございます」
リーゼロッテ達は現在、別荘に用意されていた抜け道を利用して外へと出ていた。
振り向けば、湖畔と月夜に映えるような氷のドームが視界に入る。一部、天井付近に穴が開いているのは、きっとユリスが対処している方とは別に襲撃者が別荘を襲ったからだろう。
「それにしても、皆様冷静沈着ですね……特に、リーゼロッテ様達はまだ入団してから日が浅いはずでは?」
フィアがそう疑問を投げかけてくるのも無理はない。
何せ、あまりにも連携が取れすぎているのだから。
襲撃者が現れ、合図を送り、漏らした敵も他の人員で対処し、屋敷に襲撃者達の意識が向いている間に逃がす。
これを慌てることなく、入団してまだ一月弱の人間が言葉を交わすことなく行ってみせたのだ、同い歳の女の子として驚かないわけがない。
「……本当に凄いのはユリスやアイリスですよ。私は家が騎士家系ですので、こういう状況に陥った際の心構えを学んでおりましたが、彼らは違います」
「ご謙遜、というわけではなさそうですね」
「実際に、アイリスが一番早く駆けつけましたから。まぁ、あまりにも派手すぎる最短ルートを進んでいったなとは思いましたが」
「ご安心ください、持ち主の許可をもらっているとはいえ、派手な演出の弊害は後程王家の方で弁償いたします」
「いえ、そういう問題では———」
そう言いかけた途端、リーゼロッテがいきなり足を止める。
どうしたのか? そう不思議に思っていると、不意に目の前の茂みから音が聞こえ始める。
そして、少しすると……黒い髪をした、一人の青年が姿を見せた。
「ロニエもクロエも、もう少し頭を使ってほしいよね。ほら、こうやってよくよく見張っておかないと袋の鼠が脱走しちゃうわけだし」
手には何も持っていない。
しかし、だからといって警戒しなくてもいいのか? と言われたら首を傾げる。
「このあと合流される方、ですか?」
「だとよかったのですが」
リーゼロッテが腰に携えた剣を抜く。
それを受けて、青年は小さく笑みを浮かべた。
「まぁ、当然の対応ではあるよね。でも、俺が一般人だって可能性は考慮しなかったのかい?」
「ロニエとクロエ、その名前を口にした時点で一般人枠は無理があると思わないかしら?」
「ははっ、違いない。っていうことは、二人の名前はすでに割れているのか。でもおかしいな……ロニエはともかく、クロエは自分から自己紹介をするタイプじゃないんだけど」
実際、クロエは別に自ら名乗ってなどいない。
ただ、ユリスから聞いただけ。
ゲームの知識を持っているユリスが先んじて、現れるであろう敵を予測して教えただけにすぎない。
しかし、それはあくまでゲームの中に登場するキャラクターに限った話で―――
(ユリスから聞いた人間じゃない。新手の可能性は考慮していたけれど、よりによってこっち側に来るなんて……)
戦力は未知数、どのような手札があるかは分からない。
リーゼロッテは剣を握りながら、一層に警戒心を高める。
「まぁ、こっちも思った以上に状況が変わってね。クライアントが早々に君達のお世話になりそうだから、こうやって闇討ち無視の必死にならざるを得なくなったんだよ」
「……別に、クライアントがいなくなったらお仕事をする意味もないと思うけれど?」
「ほんと、俺もそう思うんだけどね。そうもいかないブラックな職場で働いているからそうもいかないんだよ。毟り取る時に毟る、信用を損ねる時はどんな手を使ってでも損なわないように動く……でないと、粛清されるのはクライアントじゃなくて俺だ」
あと、と。
黒髪の青年———ハクは袖から一つのナイフを取り出した。
「可愛い妹分にもとばっちりが行くってなったら、まぁちょっとぐらいは頑張ってもいいって思ったんだよね。だから、とりあえず死んでくれる?」
「馬鹿でしょ、あなた。そう言われて大人しく死ぬ女がいると思ってるの?」
そう口にした途端、両者が同時に地を駆けた。
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