彼のことを想うと
学園に通えなかったとしても、正直さして個人的には影響がない。
勉学もある程度入学する前に家庭教師に叩き込まれ、馬術、テーブルマナー、魔法や剣術なども一通りすでに嗜んでいる。
それでも学園に通わなければならなかったのは、単純に交友関係だ。
若い頃に築いた関係というのは、壊れない限り続くことが多い。
将来王国に貢献してもらえるような、支えてくれそうな人材との関係値を作るには、パーティー以上に作りやすいものだ。
故に、短い学園生活だけには穴を開けるわけにはいかなかった。
あとは、単純に若人だからこそ抱く想い―――学園生活を送ってみたい、という好奇心もある。
利益度外視の友達を作れるだろうか? 一緒に勉強できたりするのだろうか? 放課後、ちょっと同い歳の子達と遊べたりするのだろうか? なんて。
まぁ、それも結局命優先で別荘に隔離されてしまったわけなのだが―――とはいえ、そこまで落ち込んでいるわけではなかった。
ただ少しのわがままで自分の命や周囲の命を捨てたくはないし、何より―――
(……どうしましょう、最近ユリス様とまともにお話ができておりません)
自分にあてられた部屋の中で一人、艶やかな金髪を揺らしながらフィアは一人大きなため息をついた。
開け放っているバルコニーからは涼しい風が吹き、月夜に照らされ輝く湖畔が覗ける。
しかし、美しい光景が広がっているにもかかわらず、フィアの心は少し沈んでいた。
命が狙われているから、というのもきっとあるだろう。
ただ、どちらかというとこんな自分に嫌気がしているという方が大きいはず。
(この機会……ユリス様と関係値を作る絶好の機会なはずですのに)
フィアは転んでもタダでは起きない性格だ。
この機会も、泣いて終わるのではなくどこかでプラスを拾いたいと考えている。
だからこそ、以前から目をつけていたユリスとの接点を深めようとした。
ユリス・ブランシュは王国―――というより、王家にとって抱えた方がいい人物。
何せ、同年代だけではなく、他の大人にも圧倒できそうな実力を若くして持ち合わせている。
才能の塊、将来への期待値の高さ。恐らく、ユリスの実力が周囲に知れ渡れば、多くの貴族が抱えようとするだろう。
現に、リーゼロッテという女の子は好意含め近づこうとしている。
ならば、負けるわけにはいかない。
王女に生まれた女として、誰よりも一番強固な関係を築かなければ。
最も望ましいのは婚姻関係。つまり、ユリスとの恋仲になること。
故に、この一つ屋根の下というシチュエーションは絶好のはずなのだ。アピールを続け、体を使ってでもユリスに意識してもらわなければならない。
しかし―――
(ユリス様のお顔を見ると、どうしてか平静を装えません)
話をすると声がうわずってしまう。
声を聴くと、心臓の鼓動が早くなってしまう。
顔を見ると、頬に熱が昇ってしまう。
そして、ユリスと同じ空間にいると意識しただけで、どうしてもあの言葉が脳裏を過ってしまうのだ。
『いいか、絶対にお前は助ける……この先、笑って学園生活を送れるよう俺が守ってやるよッッッ!!!』
もう一度、一人でいるはずのフィアの頬が薄らと朱に染まる。
しかし、気を取り直すように大きく深呼吸をした。
(しっかりしないと……この症状の正体は分かりませんが、この機会を逃すわけにはいかないのですから)
―――フィアは一度も、恋愛というものをしたことがない。
昔から王女として生まれた以上、伴侶を見つけるのはいつだって『国のため』という言葉があったから。
だからこそ、知らない。
いつか主人公によって気づかされる感情の正体に。
───だが、そんな時間を来訪者は与えてはくれなかった。
「はいはーい! ちょっとこっちサイド切羽詰まり始めたから無理矢理遊びに来ちゃったぜ、王女様♪」
何せ、突如バルコニーから覗く景色が薄く輝く氷に包まれ、
ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!! と、部屋の天井が一気に崩れ落ちてきたのだから。
「なんかさー、中に入ろうとしたらでっかい氷に覆われてたんだけど……もしかして、突撃訪問お断りしてたり?」
瓦礫と共に現れた、黒とピンクの髪をした少女。
明るく、愛嬌のある可愛らしい顔立ちとは裏腹に溢れ出す殺気。
フィアの警戒心が、一気に引き上げられる。
「……あなたは?」
「えーっと、スリルが大好きな女の子? 自己紹介って、あんまりしたことないからなんて言えばいいのか分かんない」
だって、と。
メッシュを入れた少女───ロニエは獰猛に笑う。
「その前に、みーんな死んじゃうんだもんっ! 私もいつか行くから、ちゃんと自己紹介はお天道様の上でしくよろですっ!」
そして───
「っはっはーッ! さぁさぁ、リベンジマッチ! あの時の借りは返させてもらいますよクソガキッ!!!」
───本当に間髪入れず。
横の壁から、蛇腹の剣を持って現れたアイリスが、小柄な少女の体をバルコニーの外まで吹き飛ばした。
「趣味はご主人様のお世話をすることが大好きな十三歳! お天道様に行く予定がないので、今のうちに自己紹介でもしてあげますよッ!」
「お姉ちゃん馬鹿なの? 人はいつかお天道様の上に行くものなんだよ!? なんだったら、今から行かせてあげるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
バルコニーから、少女二人の姿が消える。
その様子をフィアは一目し、
(あの子が例のギルドの子供……となると、ユリス様の予想ではあと一人も来る)
すると、今度は突然の派手なご訪問ではなく、部屋の扉が思い切り開け放たれリーゼロッテが姿を見せた。
「フィア様、こちらへ! 屋敷から脱出します!」
その言葉に異議を唱えることはない。
フィアはバルコニーから背中を向け、リーゼロッテの下へ向かった。
「セリア様とユリス様は?」
「ユリスは現在、大勢のお客様をお出迎えしております。セリアさんは───」
♦️♦️♦️
騒がしくなった別荘の廊下。
そこに、一人の少女が景色に違和感を与えるように、どうしてか一瞬で現れる。
そして、耳に響いてきた轟音に小さくため息をついた。
(……ロニエ、派手にやりすぎ)
まぁ、ある意味それでよかったのかもしれない。
注意を逸らせる人材は多ければ多い方がいいのだから。
正面からあてがったギルドの人間、派手に登場させた妹。
その隙に、自分達二人のどちらかが王女を始末さえすれば───
「ふむ……どうやら、ボクはハズレの方を引いてしまったみたいだ」
カツン、と。
少女───クロエの歩いていた廊下に、ヒールの音が響き渡る。
薄暗い空間から、今度はゆっくりと。
自分の存在を主張するかのように、指先から煌めく糸を伸ばしたセリアが姿を見せた。
(……なんで、分かったの?)
いきなり現れたのに、何故か敵がいる。
たまたま居合わせた? なんて、クロエの脳裏に疑問が湧いた。
「木や石だろうが、少しばかりは壊すことなく糸を通せる。想定外の振動が伝われば、それは侵入者の合図だ。まぁ、この屋敷の中だけの話ではあるがね」
すると、クロエの疑問を察知したセリアが答えるように口にしてくれた。
おかげで、脳裏に浮かんだ「たまたま」という線が消えてしまう。
「……誰?」
「リベンジマッチ、とはいかなかったが……鬱憤が溜まっている女の子の一人だよ。っていうわけで、今から八つ当たりの時間だ」
そして、ここでも。
シナリオにはなかった戦闘の火蓋が、静かに切られてしまった。
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