場外での戦闘

 ここで退けないのは理解している。

 護衛対象が一人いる状態で逃げ、背中を見せるより相対して撃破を目指した方が状況的には最善。

 幸いにして、ユリスの作ったドームに閉じ込められているからか、他に人の気配はない。


 リーゼロッテは剣を握り締め、ハクの懐に潜り込む。

 死角に入れたわけではない。ただ距離が詰まっただけ。

 両者それぞれの武器が重なり、静かな一帯に甲高い音が響き渡った。


「「ッッ」」


 一回では終わらない。

 二度、三度と剣とナイフが交差する。


「君、俺よりも若いよね? なのに、こんなに剣が振れるってかなり意外なんだけど」

「…………」

「あ、でもロニエも化け物度合いで言えば意外枠なのか……ってことは、やっぱり環境が意外性を与えるのかな?」


 ハクのナイフがしっかりと喉元を狙う。

 しかし寸前でリーゼロッテは躱し、横薙ぎの一閃が繰り出される。

 だが、それをハクは手首を握ることで寸前で食い止めた。


「随分と余裕じゃない……ッ!」

「いや、余裕ではないんだけど……早く、そっちの王女様を始末したいし」

「その前に、私がいることを忘れていないかしら!?」


 手首を捻り、握られていた手を引き剥がす。

 ナイフと剣の違いはリーチの長さと、武器の重さだ。

 大して差がないように思えるが、近接戦においてこの小さな差が明確な勝敗を分ける。

 リーゼロッテはすぐに剣を振り下ろす。しっかりとナイフで防いだものの、少し重心が下がったように見えた。

 ここから、機を狙ったかのようにリーゼロッテの剣が加速する。


(……リーゼロッテ様が押している)


 傍から見ていたフィアですら、加速したやり取りでどちらが優勢か理解できた。

 いつ押し込まれてもおかしくはない。

 それほどまでにナイフの防戦がかなり苦戦しており、リーゼロッテが攻め立てるような構図が続いていく。


「別に忘れているわけじゃないんだけど……ッ」


 そして、ついに。

 ナイフが最後まで押し切られ、リーゼロッテの剣がハクの胴体を斜めに斬った。


 その結果───


「がハッ……!?」


 


「な、何故!?」


 思わず、信じられないという疑問がフィアの口から出る。

 しかし、その回答にサクは反応しない。

 その代わり、口から出た血を拭いながらリーゼロッテの体を蹴り抜いた。


「そんなの、いちいち言わないでしょ」

「ッ!?」


 リーゼロッテの体がフィアを通り越し、後ろの木に衝突した。

 咳き込むような痛々しい声が、フィアの背後から聞こえてくる。


「手札を自ら晒すのは、客席が冷めた時だけ。いちいち自分の不利になるハンデなんて、こっちの世界じゃタブーもタブーだよ」


 確かに、戦闘において種明かしなどするメリットはない。

 種が分からないということは、対処するのに時間がかかるということ。

 命のやり取りをしているのであれば、その隙は間違いなく致命的。

 有利なアドバンテージを放棄するなど、愚策もいいところだ。


 それは分かっている。

 ただ、問題はその種が分からなさすぎるということで───


(今、確実にリーゼロッテ様があの男を斬ったはず)


 しかし、ハク当の本人はピンピンとしており……いや、正確には少し違う。

 しっかりと肩口から斬られたような服の痕はあるし、口元に血を拭ったような痕跡が見受けられる。

 一方で、リーゼロッテは吹き飛ばされた際に生じた服の汚れしかない。

 ただ、ハクと同様……傷を負っていないにもかかわらず、明らかに異常だと分かるほどの量を口から吐血した。


「こっちだって色々大変なんだよ? 戦う度に根性を見せなきゃいけないし……」


 分からない。

 分からないけれど、疑問を抱いている間にリーゼロッテが駆け出した。

 そして、再びナイフと剣がぶつかる金属音が響く。


「よく動くね、かなり苦しいはずなんだけど」

「………………」

「っていうか、普通は種が分からなくて少しぐらい怯むでしょ」


 ガッ、ガッ、と。

 何度も、何度も火花を散らして交差する。

 だが、身体的ダメージの影響があるにもかかわらず、もう一度リーゼロッテの剣がハクの胸に突き刺さった。

 そして、どうしてか訪れる……リーゼロッテの


「ッ!?」

「ここまですれば、あとは俺だけで充分」


 その言葉通り、今度はリーゼロッテの体にナイフが振るわれる。

 致命傷は剣で防いでいるものの、細かい切り傷や刺傷箇所が徐々に目立ち始め───やがて、リーゼロッテはその場に崩れ落ちた。


「〜〜〜ッ!?」

「さて、これにて一名脱落」


 倒れているリーゼロッテの喉元へと、ハクはナイフを振り上げる。

 すると、そこへ咄嗟にフィアが入り込んできた。


「ま、待ってくださいっ!」


 逃げる選択肢もあったはずなのに、何故か。

 庇うように、ナイフを振り上げるハクへ両手を広げる。


「目的は私のはずです! であれば、彼女を殺す必要もないはずですッ!」

「仰る通り、俺は君しか用はない。だから、もちろん……君の意を汲み取って返事をしてあげよう―――だ、君の代わりに彼女は見逃すよ」


 自分の命を優先的に考えれば、間違いなく戦っている最中に回れ右をした方がよかったはず。

 しかし、そうしなかったのは……本当に、どうしてなのだろう?

 自分でも分からない。

 リーゼロッテが勝つと信じ切っていたのか、それとも単純に怖気付いていたからか、はたまた逃げることを忘れていたからか。


 いずれにせよ、ハクの前に立ってしまったからには───


「こんな世界にでも、敬意はある。命を投げ打って救おうとする君に、俺は敬意を払おう」


 苦しまず一撃で、と。

 ハクがフィアに向かってナイフをもう一度振り上げる。


(ここまで、ですか)


 怖い。気を抜けば涙が零れそうだ。

 手足は震えているし、すぐにでも駆け出して背中を向けてしまいたい。

 何もない、平和でこんな想いをしなくてもいい日常へ戻りたい。

 学園にも通ってみたかった。

 王女でいる以上自由は少ないけれども、色んな場所に遊んでみたかった。

 結局、彼との関係値も深められらなかった。深めたかった。

 王女としての責務を、まっとうしたかった。

 ……まだまだ、生きたかった。

 もっともっと、やりたいことなどあったはずなのだ。


(……け、て)


 けれども、逃げ切れそうにもないのであれば。リーゼロッテという女の子を見逃してもらえるのであれば。

 目の前で自分のせいで命を落としそうな人がいるのであれば。

 自分の命を捨てて救えるのであれば、救う方が賢いはずだ。


(……助け、て)


 でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも……ッッッ!!!


(……お願い、します)


 どうしても、願わずにはいられない。

 当たり前だ、どれだけ楽観視して達観している王女であっても、まだ子供と呼べるほどの女の子なのだから。


(誰か、助けてくださいッッッ!!!)


 そして、ここで、


「だい、じょうぶ……」


 血を零し、地面に崩れ落ちているリーゼロッテが口を開く。


「わ、たしの……目的、は……あくまで…………」


 すると、何故か急に氷の膜が一帯に広がり始め───








「ナイスファイトだ、リーゼロッテ」


 ゴッッッッッッッッッッ、と。

 ハクの頬に鈍い痛みが走り、そのまま地面をバウンドしながら吹き飛ばされた。


「…………ぇ?」


 瞳に涙を浮かべていたフィアは思わず口からそんな言葉が漏れた。

 何せ───


「どう、して……?」


 何故か、目の前に。

 半透明な氷の腕を生やした少年が、目の前に立っていたのだから。


「選手交代だ───姫様ヒロインイベントの続きは俺がる」


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