何かが変わった

『ねぇ、あれってもしかして……』

『見かけないなって思ってたけど、やっぱり学園に通ってんだな』

『でも、なんでフィア様と一緒なんだ?』


 廊下を歩くと、見かける予定もなかった初々しい生徒達の視線が突き刺さる。

 人気者の横を歩いているからだろうか? なんて、現実逃避に似た疑問を抱いたユリスであった。


「……一刻も早く、こんな場所から逃げ出したい。早く誰か捕まえてくれよストーカー犯を」

「ふふっ、そうですね」


 ユリスが学生に扮しているのは、あくまで護衛の一環。

 公に護衛という存在を晒せない現状、生徒と一緒にいる方が効率はいい。

 もし、王女が狙われているなどと分かってしまえば、周囲の生徒にパニックを与えてしまう恐れがある。

 ユリス的には「そんなことするぐらいなら家で大人しくすればいいじゃん」と思うが、どうやらそう簡単なことではないらしい。


「そういえば、気になっていたのですが」


 ふと、隣を歩くフィアがユリスに尋ねる。


「どうして、ユリス様は騎士団に入ろうと思われたのですか?」

「え、えーっと……」


 突然の質問に、ユリスは戸惑う。

 何せ「いやー、あなた達に会いたくなかったからー」なんて堂々と言えるわけもないからだ。

 少しばかり視線を泳がせ、どうにか咄嗟の言葉を見繕うユリス。

 そして、すぐさま真剣な表情を見せ―――


「俺はこの世で困っている誰かを「ダウト」救いた……否定が早い」


 まだ言い切っていないのに。


「それで、実際のところはどうなのですか?」

「べ、勉強が嫌だから……?」

「……分かりやすすぎますよ、ユリス様」


 どうやら、かなり顔に出てしまうタイプらしく。

 ユリスは両手で顔を覆いながら少しばかり瞳に涙を浮かべた。

 その様子を、フィアは小さな笑みを浮かべながら見つめる。


(ふふっ、可愛らしい)


 乙女的に、ユリスの困った顔は刺さるらしい。

 こういうのは関係ないようだ。


(ですが、まぁ……実際のところ、彼が騎士団に入った理由は気になりますね)


 貴族の子供であれば学生。

 確かに剣の腕に長けている者、家柄、家督を継げない者であれば騎士団に加入してもおかしくはない。

 ユリスも実の兄がいる時点で、家督を継げないのだから入っても筋は通る。

 だが、あのユリスだ。

 誰かを助けるために剣を握る―――そんな崇高な志とは縁遠い性格をしてるはず。


(それに、彼を慕っている女性がいる……少し引っ掛かりますし)


 自分と同じ理由であれば……まぁ、信じられる。

 しかし、そうは思えなかった。

 アイリスもリーゼロッテも、俗にいう『恋する乙女』のような顔をしている。


(ライバルが多いことはさして問題ではありませんが、彼の評価が高いというところは気になりますね)


 自分の知っているユリスではないということは分かっている。

 だが、人がそう簡単に変わるものか? 少しでもユリスの面影があれば、とても女の子が惹かれるとは思えない。それほど、ユリスの性格は終わっていた。

 特に、アイリスもリーゼロッテも容姿が整っている。

 それこそ、異性など引く手数多。きっと、選り好みできるほどの男が寄ってくるに違いないのに。


(……いえ、詮索するほどのものではありませんね。どちらにせよ、王女としてやることは変わりません)


 ピトッ、と。フィアがユリスの肩に体を寄せる。


「……なにしてんっすか?」

「近い方が護衛もしやすいかと思いまして」

「すげぇ気遣いに涙が出てくる……気遣ってほしいのは今しがた鋭くなった視線なんだけども」


 フィアが近づいたことにより、特に男子からの視線が強くなった。

 同年代にとって、フィアは超がつくほどの優良物件。それが恥さらしと有名なユリスが独占しているともなれば、当然いい気分にはならないだろう。

 視線の意味が分かっているからこそ、過度なスキンシップにユリスはドキドキ以前に辟易としてしまう。


(はぁ……この緊張感なさ子ちゃんめ。どうせ主人公が守ってくれるって知ってて遊んでんじゃないだろうな?)


 そんなわけはない。

 そんなわけはないのだが、この余裕の持ちようが「そうなんじゃないか?」と思わせてくる。


(まったく……何も順風満帆なお姫様ポジじゃないんだぞ? お前のルートで主人公が倒し切れなかったキャラだっているんだから)


 このゲームはあくまで成長物語。

 主人公とヒロインの絆が深まるためのイベントが盛り込まれているものの、すべてが華麗な英雄譚ではない。

 苦戦し、時にはピンチに陥り、誰かの手を借りて解決することだってある。


(確か、序盤は結構苦戦したよな。とか、結局教師陣の手を借りなきゃ倒せなかったし―――)


 うーん、と。思い出そうとして頭を悩ませる。


 その時だった。

 ドゴッッッッッ!!! と。

 


『きゃぁっ!』

『な、なんだ!?』


 咄嗟にユリスはフィアの体を抱き締める。


(おいおいふざけんなッ! なんで突発的にご近所迷惑が起きてんだよ!?)


 まるで、横殴りにして破壊されたような壁。

 今、歩いているのは三階。にもかかわらず、ゆっくりと一人の黒とピンクの髪をした少女が瓦礫の中から姿を見せた。


「はいはーい! 着順予想大当たり! 超絶楽しい障害物競走は、残すところゴールテープのみになりましたぜ☆」


 そして———


「待てよ、クソガキ」


 薄っすらと、水色の線が壁を通過して教室側の壁まで突き刺さる。

 すると、今度は先程空いた穴から───ボロボロな、ライトブルーの髪を携えた少女が割って入ってきた。


「ゴールテープなんて切らせないよ、お前はここで即退場だッ!」

「あはッ! あれで死ななかったんだね、さすがぁ! やっぱりやっぱり、レースはこうでなくちゃ♪」


 ここは学園、若人の学び舎。

 にもかかわらず、似つかわしくもない少女二人が派手な演出を見せて舞台に現れた。

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