乱入者との戦闘

 突然目の前に現れた乱入者。

 破壊された瓦礫と衝撃音が、周囲の生徒をパニックにさせる。


『な、なんだ!?』

『とにかく逃げろ! 王都の騎士団だ!』

『退いてよ! ここにいたら絶対に危ないって!』


 教室にいた者、廊下にいた者。

 それぞれが飛び出し、乱入者へ背中を向けて逃げていく。

 そして───


「ちくしょうッ! 初手からバッドエンドまっしぐら!」

「ユ、ユリス様!?」


 ユリスはフィアの体を抱きかかえ、そのまま窓から飛び降りた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「舌噛むなよ!? これは必要不可欠なアトラクションなんだ文句は受け付けん!」


 突然の浮遊によって、フィアの甲高い声が響き渡る。

 しかし、ユリスはしっかと衝撃を与えないように着地すると、広い庭をそのまま駆け出した。


(早いよ学園生活の終幕エンドロール! っていうか、なんでイベントじゃないのにがここにいるんだ!?)


 フィアのルートで起こるイベント。

 学園が主催するパーティーにて、主人公とフィアを襲った雇われの少女達。

 特徴的なのは双子というポイントと、フィアルートのボス的な立ち位置におり───相手だということだ。


「は、初めて味わいました……随分と強烈なアトラクションですね」

「やってるこっちは心臓バックバクだけどな色んな意味で!」


 腕には美少女、背後には迫る死の予感。

 これで鼓動が早くならない人間がいるなら見てみたい、なんてユリスは走りながら悪態をついた。


「ですが、これで学園生活はしばらくできなさそうです……まぁ、ユリス様的には喜ばしいことかもしれませんが」


 フィアが懸賞金をかけられても学園に通ったのは、ひとえに王国の威信のためだ。

 誰が何の目的でフィアに懸賞金をかけたかは分からない。

 けれど、そんな脅迫紛いなことで決して屈するわけにはいかない。王国としても、怯えた姿を見せてつけ上がらせるわけにはいかないのだ。

 しかし、それはあくまで『何事もなく平穏な生活を送っている』という前提だからこそ意味がある。


(……少しは、学園生活というものを楽しみにしていたんですけどね)


 仕方ない、と。

 フィアは少しだけ苦笑いを見せた。

 そして、ユリスに向かって苦しい笑みのまま小さく口を開いた。


「もし、最悪学園の生徒に被害が出そうであれば、私を差し出しても構いません。私達の意地でこれ以上の被害は出すわけにはいきませんから」


 すると───


「あ゛? 構うよなに言ってんだ!?」


 ユリスは、叱るようにフィアに向かって言い放った。


「そんな顔した女の子をおいそれと差し出すわけねぇだろうがッッッ!!!」


 意味が分からなかった。

 いきなり、何を言っているのだろう? あの、ユリス・ブランシュが、どうして?

 真摯で強い言葉を受けて、フィアは思わず呆けてしまう。


「それに、あの騒ぎで逃げない人間はいないし、先輩だって相手してる! 敵う敵わない以前に、王女が外に出れば被害云々は意味がない!」

「た、確かにその通りですが……!」 

「だったら、そんな顔して一人諦めてないで、お姫様はお姫様らしく願ってればいいんだよ! 怖いから助けてほしいって、学園生活を送りたいって! 美少女なら上目遣いに涙を見せてそう言っておけよ「私賢いです分かってます」みたいなスマした顔してないでさ!」

「なッ!?」


 あまりの物言いに、フィアは思わず赤面してしまう。

 だが───


「いいか、絶対にお前は助ける……この先、笑って学園生活を送れるよう俺が守ってやるよッッッ!!!」


 本当に、どうしてか。

 フィアはユリスから目が離せなかった。

 赤く染まった頬を、徐々に低くなったユリスの体温が冷ましてくれる……はずなのに、一向に冷める気配がない。


「……主人公が敵わない相手だろうが、悪役ヒールが敵わない描写シナリオは微塵もねぇ」


 そして、霜のついたユリスの足元から一人の影が浮かび上がる───


「だったらあいつ倒して、先にこんな茶番イベントを潰してやる」



 ♦️♦️♦️



 三階、無茶して乱入してきた現場。

 そこで、セリアは大きな舌打ちを見せて腕を振るった。


(クソッ! 学園まで侵入させてしまった!)


 派手な騒ぎを見せたからか、幸いにしてこの階に人の気配はない。

 振るった腕の指先から伸びる糸が、窓や壁ごと切断しながらメッシュの少女───ロニエへと迫る。


「あはッ! ねぇねぇ、それどうやってるの!? バターみたいに壁がスパスパ斬れちゃってるじゃん、手品マジック!?」


 しかし、糸がロニエへと触れる直前。

 ロニエの手がしっかりと糸を鷲掴みにした。


れ……ッ!?」

「まぁ、私には意味ないけど♪」


 セリアの糸は微細な振動を永続的に与え、対象を切断するものだ。

 それは『触れて、引く』という工程が必要な剣よりも切断という一点に関しては凄まじく、決して生身で触れられるものではない。

 にもかかわらず、だ。

 外壁を容易に斬れる糸を、目の前にいる少女は難なく掴んで見せた。


「これは少々厄介だなッ!」

「えへっ、こんな見た目でもダテに看板背負ってないぜ☆」


 セリアの額に汗が滲む。

 それでも、伸ばした糸を瓦礫に張り付かせ、そのままロニエ目掛けて物量を叩き込んだ。


「障害は蹴飛ばしてなんぼ!」


 しかし、本来押し潰されるであろう少女の体はピンピンとしており。

 ロニエは口元に両手をあて、肺いっぱいに空気を含み───


「『わっ!!!!!』」

「ッ!?」


 セリアの体が吹き飛ばされた。

 ただ叫んだだけだというのに、セリアの体は廊下を勢いよく転がっていく。


(まったく、どういう理屈だ!? 手品マジックを時間制限アリで見破るなんて嗜好は持ち合わせてないんだが!)


 見えない、から分からない。

 次の攻撃予測が視界から判断できない。

 それと合わせて、自身の攻撃すら届かない。


 間髪入れずにロニエは腕を下に引く。

 反射的に糸を引っ張って己の体を後ろに下がるが、距離を取っても関係なくセリアの頭が一気に地面へと叩きつけられる。


「がッ!?」

「種明かしされなきゃ分かんないでしょ!? やっぱり、か弱い女の子は殴ってなんぼ、殴打殴打♪」

「…………ッ」


 一方的。

 だからからか、ロニエの楽しげな声が廊下に響き渡る。


(……うぜぇ)


 それが、セリアの思考に苛立ちを与えた。


(ガキめ……好き勝手痛ぶりやがって。ミンチにしてやろうか、クソがッ)


 セリアの額にくっきりと青筋が浮かぶ。

 しかし、叩きつけられたことによって空白となった一瞬が、セリアに冷静さを与える。


(……いや、アレを使うにはまだ校舎には人がいる。生徒を巻き込むわけにはいかない)


 落ち着け。

 だからこそ、今のままで始末する。

 笑みを浮かべるロニエに対し、セリアはもう一度糸を伸ばした。


 しかし、ここで───



「さぁさぁ、次の八つ当たりへご対面! サンドバッグは大人しく死にやがれですッ!」



 突然、ロニエの頭上の天井が一気に崩れ落ちる。

 そこから姿を見せたのは、蛇腹の剣を振り下ろしたモーションのアイリスの姿が。


「アイリスちゃん!? 何故ここに!?」

「そんなの、決まってるじゃないですか。用意してもらったサンドバッグがすぐになくなったんで、次のサンドバッグを探しに来たんですよ。あ、ちなみに女狐は教師を呼んで生徒の避難誘導に向かってます♪」


 あまりに呑気な声音ではある。

 だが、来てくれたことには大変助かったと言わざるを得ない。

 何せ───


「いっっっったいよ、馬鹿ちんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 ゴッッッッッッッッッッ!!! と。

 崩れた瓦礫ごと、アイリスの体が天井に叩きつけられる。


「はぁ!?」

「予想以上に障害物が多すぎじゃない!? でも、こういうスリルもアリよりのアリ!」


 天井から落ちる最中、驚きの顔を見せるアイリスは蛇腹の剣を振るう。

 地面を抉りながら迫る猛威を受けてもなお、ロニエは口元に笑みを浮かべながら躱し、何もない宙に向かって腕を引く。

 すると、今度はアイリスの側面へ重たすぎる衝撃が加わった。

 セリアとは反対方向。その廊下の端まで、アイリスの体がバウンドしながら転がっていく。


「げほっ……がっ……思ったより随分と反抗的なサンドバッグですねぇ……八つ当たり登場超恥ずかしい……」

「油断するなよ、アイリスちゃん……」


 油断する気など、初手を受けた時からすでにない。

 久しぶりに出会った、自分よりも強いであろう相手。幼すぎる体でありながらも、堂々と狂気的な楽しそうな笑みを浮かべる少女。

 アイリスの中で、生物的本能とも呼べる警報が鳴り響く。


「ではでは、突き放した後ろの競技者が現れるまで、もう少し障害物を楽しみましょう!」


 前方から蛇腹、後方から糸。

 それぞれ建物をも斬り裂く猛威が一斉にロニエへと振るわれる。

 ただ、その繰り出される攻撃も躱し、、腕を振るって地面へ叩きつけた。


 ―――通らない。

 自分達の猛撃が、自分達よりも幼いであろう少女に。


「へへっ、王都の騎士っていうのも大したことないんだね」


 この少女だけは。

 二人とは違って、油断でしかない様子を見せる。


「やっぱりやっぱり、私は一等賞超優秀児! でも、まだまだ足りない味わいたいっ! これじゃあ競技者わたし興冷めだよもっと客席沸かしてスリルをちょうだいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」


 ロニエの叫び。

 猛攻の中、


 そして───














「なら、もっと沸かしてやるよお転婆娘」


 ───ロニエの体が、一瞬にして真っ白な氷のオブジェと化した。


「客席まで巻き込んで暴れてんじゃねぇよ。そろそろ運営側からの説教の時間だ、クソガキ」


 誰が? なんて疑問は抱かない。

 その氷の上には、白い息を吐く少年が見下ろすように鎮座して姿を見せたのであった。

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