戦闘終了

 ピシッ、と。

 ユリスが座る氷のオブジェに亀裂が走る。

 その瞬間、中からロニエが顔を出し……薄透明だった氷は瓦解した。


「あっぶぅ! ヤバい、死にそうだった!」


 ロニエは額に冷や汗を浮かべながら、後ろへ跳躍してユリスから距離を取った。


(あれ、多分あと二回ぐらい閉じ込められたら本当に死んじゃうね……ッ!)


 零度以下の塊に閉じ込められるのだ、抜け出せなければ死以外あり得ない。

 隙間なく埋めた空間には酸素がなく、いずれ必然的に窒息死する。

 加えて、仮に抜け出せたとしても零度以下に囲まれたのだ……まず、体がまともに機能しない。

 ユリスが拘束を目的とした手加減をしていなければ、ロニエの予想通り二、三回も閉じ込められればロクに体を動かすこともできないだろう。

 動かせないのに、この場には騎士が三人。

 どういう結末を迎えるかなど、想像に難くない。


「ふへひっ……でも、痛いの怖いの大歓迎っ! これぞ生きてるって感じがするよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 ロニエが両手を引っ張る。

 すると───


「こんなもんか?」

「むぐっ!?」


 ガンッッッ!!! と。

 いつの間にか形成された、側面の氷の壁が激しい音を奏でて砕ける。

 一方で、腕を引かれたのに何も影響のないユリスは、ロニエの口元に手を伸ばして持ち上げていた。


「べっ(えっ)!?」

悪役てんせいナメんなよ。躾のないガキの悪戯ぐらい分かるっての」


 ロニエの魔法は空気の操作。

 セリア達に攻撃していたのは、あくまで圧縮した空気を叩きつけるというものだ。

 距離は関係ない。どこにいようとも、圧縮した透明な拳を相手に叩き込めるもの。

 しかし、何もすべてがノーモーションで行えるわけではない。

 飛ばしたい方向、相手、場所に自分で指示を飛ばさなければならないのだ。

 つまり、モーションや視線を注視していればさして怯える必要もない───


「ふご、まふぁまふぁッ(でも、まだまだッ!)」


 持ち上げられながらも、ロニエは腕を振るう。

 その瞬間に現れる、ユリスの四方を取り囲んだ氷の壁。

 砕ける、現れる、砕ける、現れる。

 それだけを繰り返し……ユリスの体には、傷一つつかない。


「もごごっ(なんでっ)!?」

「これから説教だって言ってんのに、まだ暴れんのか?」


 ゆっくりと、ユリスの腕から白い揺れる煙が生まれる。

 すると、掴んでいた口から一気に氷の膜がロニエへと襲いかかり、やがて全体を覆い尽くし……ようやく、少女は大人しくなった。


「それで、こいつどうします? ロープか手拭いがあれば縛って拉致プレイを強要できますが」


 ユリスはボロボロなセリアに向かって尋ねる。


「幼い女の子を年頃の男の子が拉致する発言やらに色々言いたいことはあるけど……とりあえず君、王女様はどうした?」

「そんなの、分身体に任せてますよ。今頃、我先に学園の外で事が終わるのを両手合わせて祈ってるんじゃないですかね?」


 つまり、この一件をすべて担ってもなお苦戦することはなかったということ。

 セリアはフラフラと起き上がりながら驚愕する。

 たった一人が現れただけで、すぐに変わってしまった戦況。

 視界に映っているのは、先程まで周囲を巻き込んで暴れていた女の子がユリスの手の中で可愛らしくもがいている姿だけ。


(ユリス・ブランシュ……)


 手合わせの時にも実力を見たが、まさかここまでとは。

 セリアは思わず苦笑いを浮かべる。

 すると───



「……その手、離して」



 誰もが意識していなかった。

 本当に一瞬。瞬きをしたと錯覚してしまいそうなほど自然に。

 どうしてか、ユリスの真横からが出現した。


「ッ!」


 反射とも呼べるほどのスピードで、自身の周囲に氷の膜を張るユリス。

 しかし、すでに少女の姿はなく。

 いつの間にか手にあったロニエの感触すらも消えて、真向かいの建物の屋上へ二人の姿が映る。


「お、お姉ちゃん……」

「……帰るよ」

「で、でもっ! こっからさらに面白くなる展開が───」

「……帰るよ。流石に三人は不利」

「むぅ、分かったよぅー」


 しょんぼりとした様子を見せるロニエ。

 しかし、すぐさま表情を明るくして、屋上からユリス達に向かって叫ぶ。


「じゃあね、すぐに会えると思うけどまた会おうっ! そしたら、次こそ障害物おまえらぶっ潰して王女様狙ってあげるからねっ!」

「……ばいばい」


 そう言って、今度こそ。

 少女二人は屋上から姿を消し、一気に学園内に静けさを残した。


(……中ボス二人揃い踏みで即退散)


 警戒してたんだが、と。ユリスは逃がしてしまったことに頬を掻く。

 すると───


「ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「どぐふっ!?」


 ユリスの脇腹へ、容赦のない抱擁タックルが加わった。

 なんとか踏ん張れたことを褒めて遣わすべきだろう。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その前にアイリスが瞳から涙が浮かんでいることに気づいて口を閉じる。


「ま゛げぢゃいまじだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 恐らく、先程の戦闘のことだろう。

 セリアと共に戦って、押し切れなかった。

 とはいえ、実際問題負けたわけでもないし、任務としては成功している。

 もちろん犯人を捕縛、情報を吐き出させることができれば文句はないだろうが、フィアを守れた時点で役目は果たしており、泣くほどのものではないはず。


(それに、あの二人って主人公でも倒せなかった相手だし……)


 仕方ないのは仕方ない。

 だが、アイリスはそうは思っていないようで。

 主人の手を煩わせ、不甲斐ない姿を見せたことに泣いてしまった。

 困ったな、と。胸の中で涙を流すアイリスに苦笑いを見せるユリス。

 優しく頭を撫で、あやすように優しい言葉を向けた。


「大丈夫だって……王女様も生きてるし、よく頑張ったよ。とりあえず、アイリスが無事でよかった」

「……つ、次は絶対に倒してやりますっ」


 次なんてきてほしくないなぁ、なんて。

 ユリスは自分のメイドをあやしながら、外の景色を穴の空きすぎた壁越しに眺めたのであった。







「……ご主人様、もっと撫でてほしいです。ご主人様の手が気持ちいいです元気出ます……にゃー」

「あのさ、一応先輩の目っていうのがこの場にあるのを忘れてないか? 身内でイチャイチャして怒られるの嫌よ恥ずかしいから」

「ボクのことは気にしないでくれ。というより、少しでいいから休ませて……」

「ヤバい、思った以上に限界が近いよあの人! 撫でるより担架用意した方がいいんじゃねぇのはりあっぷッッッ!!!」

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