先輩の本気とこれから
案の定というべきか。
学園は一時休校となった。
とはいえ、あくまで原因が分かっている襲撃ということもあって、明日からは通常通り授業は再開となるらしい───
「今冷静に思ったけど、こんな大破した校舎でも続けようとする学園側のメンタル凄いよな」
「各所から札束積まれて建っているんだもの、多少は意地でも見せなきゃなんでしょ」
派手な戦闘だったのね、と。合流したリーゼロッテが苦笑いを見せる。
校舎の屋上。そこから映る、明らかな戦闘の痕跡。
先程まで自分達がいたところは飛行機でも直撃したのかと錯覚するほど横に抉れており、向こうの教室の扉が対面からでもよく覗けている。
「私は悪くないです悪いのは全部あのガキですっ!」
「うんうん、分かった分かった。最短距離で向かうためにド派手に屋上から突っ込んだよな。下に誰かいたらどうするつもりだったんだ?」
「い、いなさそうだったから突っ込んだんですよぅ……」
破壊した原因が自分にもあると自覚しているからか、しっかりと視線を逸らすアイリス。
こういう姿は、どことなくイタズラを誤魔化そうとする子供みたいで大変可愛らしかった。
「それで、私は教師と一緒に避難誘導していたけれど……実際、強い相手だったの?」
リーゼロッテが不思議そうに尋ねる。
すると、アイリスは頬を膨らませて悔しそうに呟いた。
「……強かった、です」
「あなたがそう言うなんて意外ね」
「だって、私と先輩の二人がかりでも圧し切れなかったんですもん……」
その話を聞いて、リーゼロッテは驚く。
アイリスの実力は以前この目で見ており、セリアに至っては王都の騎士団の先輩だ。
その二人がかりでも圧し切れなかったというのはにわかに信じ難い。
しかし、アイリスの表情が嘘を言っているようには思えなくて───
「まぁ、こうは言っているが仕方ない部分もある」
驚くリーゼロッテに、ユリスは頬杖をつきながら口にする。
「アイリスの武器は狭い空間で振り回すには厳しいものがあるし、今回の相手は種が分からないと初見では対処が難しい相手だった」
「要するに、相性と環境の問題だったってことかしら?」
「護衛に苦手な食べ物でも持ち込んだらお母さんに怒られるだろうがな。それに……あくまで俺の勘だけど、先輩は本気じゃなかっただろうし、押し切られなかったのも無理はない」
「えっ、手を抜いてたんですか!? 私が恥ずかしい登場羞恥を我慢して頑張ってる間!?」
「だから勘だって言ったろ? あと、『本気じゃない=手を抜いていた』とも限らん。周囲の被害を考えて行使できなかったとか、アイリスと合わせるためだったとか、
自分よりも騎士としての歴が長いセリアは、性格的に手を抜くような女の子には見えなかった。
つまり、引き出しから出したくても出せなかった可能性は高い。
環境やなんらかの条件による縛りがあるのか、はたまた出したことによっての弊害があるのか。
いずれにせよ、あくまでフィアが本気を出している出ていないのは、雰囲気から察したユリスの勘での話。
考えすぎるのも、あまりよろしくはないだろう。
「やぁ、待たせたね」
ガチャリ、と。屋上の扉が開かれる。
そこから現れたのは、話に挙がっていたセリアと護衛対象であるフィアの姿だった。
「……出ましたよ、噂の先輩」
「おや? もしかして、ボクの話でもしていたのかい? ふふっ、やはりモテる女の子というのも辛いね」
別にそんなことはないですよ。
という、アイリスのジト目がセリアへ注がれた。
「怪我の方は大丈夫なのですか?」
「ん? あぁ、気遣いありがとうね、リーゼロッテちゃん。幸いにして、白衣のお姉さんに治してもらえる程度のものだったよ」
それよりも、と。
セリアは少しため息をついた。
「はぁ……教師陣とも話したが、結論から言うとしばらく王女様は登校を禁止された。不甲斐ないことこの上ないよ」
「まぁ、当然ですよねぇ。気ままに通っていると、またしても傍迷惑なランナーが障害物競走の会場にしちゃうわけですし」
リーゼロッテとアイリスは納得しているのか、首を縦に振る。
しかし、ユリスだけはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。
(……学園に通わせる、なんて大口叩いたのにこの結果か)
あの時、捕まえたと油断せず逃がさなければ事が解決していないとはいえ、もしかしたらフィアはそのまま学園に通えたかもしれない。
それがどこか申し訳なく。
ユリスはセリアの横にいるフィアへ視線を向けた。
すると───
「…………ッ」
ぷいっ、と。少し頬を赤く染めたフィアは顔を逸らしてしまった。
(なん、だと……ッ!?)
そのことに、ユリスはショックを受ける。
(えっ、嫌われた!? 大口叩いた結果がこれだから!?)
救い出してくれると期待したのに、そうはならなかった。
ユリスは護衛の騎士という立場だ。
大言壮語の結果が不甲斐ないものであれば、落胆してもおかしくはない。
それどころか「格好つけたのに、情けない」と評価が下がり、嫌われた可能性だってある。
(
なんてことだ、と。
ユリスは地面に膝をついてさめざめと泣き始める。
一方で、フィアは赤くなった頬を冷ますかのように手を仰いでいた。
(な、何故でしょう……ユリス様の顔を見ると、心臓の鼓動が速くなってしまいます)
そして、そんなユリスとフィアの様子を見た三人は───
(ユリスは泣いているけれど……これって、そういうことよね?)
(はぁ……ご主人様のたらしっぷりには困ったものです)
(ボクがいない間に、もうたらしこんだなんて……流石はユリスくん)
それぞれ、手の早い
「あぁ、言い忘れていたよ」
しかし、何かを思い出したのか。
セリアは空気を変えるように口を開いた。
「これからの話なんだが、とりあえず王女様はボク達と一緒に暮らすことになった」
「……っていうことは、騎士団で王女様も暮らすんです?」
「いいや、騎士団ではない。確かに、騎士団の中なら間違いなく安心なのだが、依頼者や関係者を含め出入りが激しい。ないとは思うが、知らぬ間に敵が入り込んで……なんてことになったら目も当てられない」
王都の駐屯地にいる戦力は充分。
外敵から身を守る術も、警備も厳重ではあるが、騎士団の中心部ということもあって出入りが多い。
出入りが多いということは、侵入するルートや機会が多いということ。
殺すだけなら、中に入りさえすれば……なんてことも考えられる。
「じゃあ、王城でいいじゃないっすか」
「王城も警備が頑丈だけれども、それだともし今回みたいに襲撃された時、他の王族にも被害が出る可能性があるわ」
「リーゼロッテちゃんの言う通りだ。そのため、この護衛の人数だけでこっそりと拠点を移す」
セリアは指を立て、どこか悪戯っぽく───
「今回、ボク達の引越し先を快く用意してくれる商会の娘さんがいてね。なんでも、どこぞのかっこいい
じーっ、と。
リーゼロッテとアイリスから、今日何回目かのジト目がユリスへ向けられる。
ユリスの脳内に浮かぶのは、この前助けたヒロインの姿。
(やったー、どこにいってもびしょうじょおでむかえだわーい)
それがどうにも涙を誘い。
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