特別な人

 グラムは私情をあまり持ち込まない主義だ。

 家族は大事だが、それが己と同じ立場、同じ責務を追うのであれば上に立つ者として他の者と同じように扱う。

 今回、リーゼロッテが王都の騎士団に入れたのは一重に己の実力故。

 そして、騎士団長である自分がわざわざ新入りの試験の立ち会いを選んだのは、娘が心配だからという父親らしいものではなく、単に少しばかりの好奇心───


『それで、いかがでしたか? ブランシュ伯爵家のご令息は?』


 耳についているイヤリング型の魔道具。

 そこから、どこか上品さを感じる少女の声が聞こえてくる。


「どうも何もありません。ご期待とご想像通りだと思いますよ。、必要なさそうでした」

『ふふっ、それは素敵なことです。無理を通して王都の騎士団を担当させてもらったかいがありました』

「何をされたのです?」

『ガラにもなく、上目遣いを少々』

「随分と可愛らしい無理でしたね」


 それでまかり通るのだから、どれだけ通話越しの少女が家族から愛されているのかがよく分かる。


「……本来、この任務は王国騎士三人で対処するものです」


 小さく息を吐き、あとから用意させた馬車にもたれながらグラムは口にする。


「主要都市の騎士であれば五人、地方であれば十五人。それほどの難易度なのですが、今しがた無事任務を終えたみたいです」

『よく分かりますね、どうせ客席でのんびり青い空でも眺めていたのでしょう?』

「……本当は試験は取り止めにして介入するつもりでした」


 、と。グラムは眉を顰める。


「しかし、そのレベルで行う任務を新米騎士が無傷で達成できたのは流石かと。フィア様がご贔屓にされ始めたユリス・ブランシュが一番活躍した様子ですが」

『ふふっ、それは素晴らしい。是非とも王家で抱え込みたいところです』

「そこに関してはノーコメントでお願いします。なにぶん、うちの娘を含めてライバルが多そうなので」

『あらあら、それは困りました。まぁ、今時王子様が何人もお姫様を侍らせるのもおかしい話ではありませんし、まずは順当に好かれるところから始めるとしましょう』


 そう言い残し、通信が途絶える。

 一人の男が気になり始めると、動向まで探ってしまいたくなるのも乙女心故なのだろうか? ただ、打算が多分に含まれているのが少々残念ではあった。

 そんな通信越しの相手に苦笑いを浮かべていると、神殿跡地から三人……ではなく、四人の子供達の姿が見えた。


「……あれですか、ご主人様は箱の中身を先に覗いてたりするんですか? どうしてクジを引くと、いっつも女の子が当選されるんです!?」

「知るかよ俺が聞きたいよ! たまにはマッチョでもイケメンでもなんでもいいから女装したお姫様見てみたいよこっちもッ!」

「ご、ごめんなさい……私、女の子で」

「あなた、もう少し言い方ってものがあるじゃない、性別否定は流石に可哀想よ」

「違う……本当に違う! 俺はおんぶの相手は大胸筋よりも柔らかい方がいいけどそうじゃないっていうか色々こっちにだって事情が……ッ!」

「ケッ……所詮は下半身の事情が大事だっていうんですか」

「待て本当に待て! なんて話をするんだ慎みを持つはずのレディーさんがッッッ!!!」


 ただ、その子供達は絶賛修羅場のようで。

 グラムは別の意味でも苦笑いを浮かべることになった。

 しかし、出迎えないわけにはいかず、表情を引き締めて子供達のところへと向かった。


「無事に野盗を掃討できたようだな、よくやった。まさか被害者がいたとは……」


 申し訳なさそうな顔をするグラムが近づくと、修羅場の中心にいたユリスがジト目を向けた。


「……今度から任務内容の詳細開示を求めます。こんな労働後に修羅場が待ってるって知らなかったんですけど」

「それは俺も知らん」


 ごもっともである。


「想定外があったものの、これで晴れてお前達は騎士になったのだが……とりあえず、まずは被害者を無事に王都まで送り届けよう」


 被害者とは、ユリスに背負われているルナのことだろう。

 ユリスがチラリと後ろを向くと、どうしてかルナは逸らし───


「こ、ここまでありがとうございます……」

「おう、それは構わないが……なんで目を逸らした?」

「顔、見られたくない……」

「なん、だと……ッ!?」


 ユリスはしゃがみ、ルナが降りやすい体勢を取る。

 そして、ルナが降りたあと……そのまま膝をついてさめざめと泣き始めた。


「やっぱり、善行を成したとしてもユリスくんの嫌われっぷり未だ顕在……顔も見たくないほどなんて分かっていても悲しすぎる……ッ!」


 一方で、そんなユリスを見ていた残りの女の子二人はというと───


「(これ、絶対に泣いたあとの顔を見られたくないってだけの話ですよね)」

「(ユリスって、結構乙女心に疎いわよね)」


 ───冷え切った冷たい視線を送っていた。

 まぁ、これも一種の乙女心から出るものなのだが、当然ユリスが気づくことはなかった。


「あ、あのっ!」


 すると、降りたルナは目元を拭い、膝をつくユリスへ視線を合わせるように屈んだ。

 そして、懐から一つのブローチを取り出し、ユリスの手に握らせた。


「これ、あげますっ!」

「……なにこれ?」

「うちの商会でって印、です」

「俺、この一幕でそんなに悪いことした!?」

「違う違う! そうじゃないです! 絶縁宣言とかクレーマーとかそういうのじゃないのっ!」


 ルナは慌てて否定すると、どこか恥ずかしそうに口にする。


「しょ、商人は恩を大事にする商売だからさ、一度もらった恩は一生忘れないようにするの。それは、その証で……もちろん、恩だけじゃないんだけど……その……だ、だから……っ!」


 そして、最後には耳元で───


「ユリス様は、私にとって……です」


 そっと、呟いた。

 熱っぽい眼差しに、赤くなった頬を見せながら。

 近づいてきた美少女の端麗な顔。

 それに、ユリスは思わずドキッとしてしまうものの、恥ずかしくて堪え切れなかったルナはそのまま駆け出して馬車に乗り込んでしまった。

 しかし、何か言い忘れたのか。

 馬車の窓から顔を出し、ユリスに向かって───


、ユリス様っ!」


 年相応の可愛らしく、それでいて見蕩れるような笑みを浮かべたのであった。









「……ご主人様のたらし」

「人のこと言えないけれど、英雄ヒーローに救われたら女の子って決まってこうなっちゃうのかしら?」

「おい待てなんでそんなジト目を向けるの? 冷たすぎて痛いんだけど、ねぇ!?」

「よし、このまま俺は被害者を王都へ連れ帰る。お前らはこれから騎士団へ向かうように」

「おいまた徒歩かよッ! せめて乗せてけよ行く場所一緒なら! 少しは労働後の部下に労いを見せやがれッッッ!!!」

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