別荘の提供者

 人目につく時に引っ越しをするわけにはいかない。

 なので、次の日は午前中に鍛錬を行い、昼は丸々荷造り。

 寝静まった頃合いに馬車を走らせ、王都から片道三時間ほどの場所にある湖畔へと足を運んだ。


 そして───


「夜逃げ先が高級別荘って……金持ちはやましい時でも贅沢なんだな」

「金持ちは愛の逃避行でもしっかりと形から入るタイプなんですね」


 畔に建つ巨大な別荘。

 月明かりに照らされて、不気味……というよりかは幻想的に映る光景に、夜逃げセットを抱えたユリスとアイリスはあんぐりを開けていた。

 流石は、な一家が建てた別荘だ。

 人の気配はなく、恐らく休暇用に建てられたものなのだろう。ただただ、宝の持ち腐れという表現が脳裏を過ぎる。

 とはいえ、この年に一回使うかどうかの別荘も、今となっては大きな役割を持つようになり───


「……いいのか? ただの夜逃げで貸し出すにはクオリティが高すぎるように思えるんだが」

「王族に貸し出すってなったら、これぐらいは用意しないといかないから、大丈夫ですよ」


 湖畔に吹き抜ける風に靡く、銀色の髪を携えた少女がにっこりと笑う。

 今回、フィアを匿う先を提供してくれた商会長の一人娘であり、ゲームのヒロインであるルナ。

 出迎えてくれるために、先んじて玄関で待ってくれていたのだ。


「そ、それに……その、ユリス様のためだったら……これぐらいは……」

「………………」

「こらこら、相棒さん? どうしてわたくしめにそのようなジト目を向けていらっしゃるの?」


 簡単に屋敷一つも貢がせそうなほどたらしこんだ主人にジト目が止まらないアイリスであった。


「とりあえず、中に入ってください。フィア様達は先の中で荷解きしてるから」

「そういえば、なんで俺達って後発組なんだっけ?」

「ご主人様が馬車で爆睡かましていたからです」

「ごめんなさい」


 ルナは二人のやり取りに苦笑いを浮かべながら、大きな扉をゆっくり開け放つ。

 横からジト目が突き刺さっているものの、ユリスはゆっくりと中へと入っていった。

 案の定、感じていた気配通り人の姿はない。

 出入りを制限するために、きっと世話をしてくれる使用人は今回用意しなかったのだろう。

 物珍しそうに周囲を見渡しながら、ユリスは案内されるがまま歩いていく。


「一応、分かってるとは思うけど、ここには皆さん以外の人はいません」

「っていうことは、メイド枠はアイリスちゃん一人……腕が鳴ります……ッ!」

「ふふっ、頼もしいなぁ。必要なものがあったら言ってね、できる限り私の方で用意するから」

「ご主人様、この人超いい人です」

「お前はチョロ員か」


 頼もしいワードに評価が一変するアイリス。

 そんな女の子の将来が心配になったユリスであった。


「部屋の間取りとか、設備とか色々と案内できればいいんだけど……私、このあと家に帰らないといけないから、頼りになるアイリスちゃんにあとはお任せしようかな」

「ふぇっ? あなたは一緒に住まないんですか?」

「本当は私もユリス様達と一緒に暮らしたいけど、私は学園があるし。それに、私が何度も通学のために出入りしちゃうと足がついちゃうかもしれないでしょ? だから、私は物資と場所の提供だけなんだ」


 何度も出入りすれば、人目につく。

 それこそ、わざわざ学園まで片道三時間の距離を急に行き来し始めれば、違和感を持つ人間も現れるだろう。

 事が収まるまで、フィアはここで大人しくしていなければならない。

 必要最低限の出入りしかしない方がいいのは、ルナの言う通りだろう。

 しかし───


「いいのか? なんか、聞いてる限りルナの損ばっかりな気がするんだが……」

「ふふっ、心配してくれてありがとうございます。でも、私は商人だよ? 王族に恩を売れる機会があるなら、これぐらいの投資は願ったり叶ったり」

「うーん……そんなもんか?」

「まぁ、さっきも言ったけど……ユリス様からもらった恩に報いるなら、これぐらいはなんてことないです」


 ルナは振り返り、見蕩れるような笑みを浮かべた。


「私はあなたの役に立ちたい。間接的でも直接的でも、ね。それが、ですから」


 不意に向けられた、真っ直ぐな好意と笑顔。

 流石はヒロインの一人と言うべきか、ユリスは思わず心臓が高鳴ってしまった。

 しかし、女の子にデレデレするユリスを見て「……この人、いい人だけど危険です」とアイリスは密かに警戒心を上げる。


「っていうわけで、全然この別荘壊しちゃっても大丈夫ですから!」

「何が「っていうわけなんです」だよ怖いよ」

「でも、もしここで戦うってなったら壊れちゃいますよね? でも、壊さないよう戦うってなったらユリス様達戦い難いでしょうし……」


 その通りはその通りである。

 しかし、それでも「壊してもおけ」みたいな風に言われると、先程の特別発言がかなり重く感じてしまうもので、


「ごほんっ! そ、そういえば学園はどうだ!? ちょいと騒ぎはあったが、再開はしてるんだろ!?」


 誤魔化すように、ユリスは咳払いを入れて話題を逸らす。


「うん、別に普通かな? 確かに、早々騒ぎはあったけど……王族に関わる話だし、あんまり皆からの不満はなかったよ?」

「な、なるほど……!」

「ユリス様は、学園に興味があるんですか? てっきり、あまり興味がないと思ってたんだけど……」

「まぁ、通いたくはないが興味がある。特に人間関係とイベントごと」


 興味があるのは、あくまで原作がどうなっているかどうか、という部分だけだ。

 ヒロイン二人と、悪役であるユリスが初手から学園からいなくなった。

 これによって、ストーリーはどうなっているのか? 離れているから巻き込まれはしないだろうが、気になるといえば気になる。


(特に、主人公がどうしてるのかは気になるな……会いたくはないが、どんな感じで成長するのか分からんし)


 自分に影響が出るのか、はたまた影響は出ないのか。

 知っていれば、事前に回避することもできるだろう。

 だからこそ、学園に通うルナの話は興味があった。

 すると───


「だ、だったら……その、私が教えてあげよっか?」

「ん? それはありがたいが……どうやって?」

「最近、うちの商会で離れている相手と会話する魔道具を作って……」


 ルナは懐から一つのイヤリングを取り出した。

 装飾はシンプル。小さいが、中にはエメラルドのような石が嵌め込まれている。


「これを互いに持ってると、どこにいても話せるんだ」

「へぇー」


 無線かな? と、受け取ったユリスは興味深そうに眺める。


「も、もしユリス様さえよかったら……近況とか、学園のお話とかこれでできたりするんだけど」

「え、それは助かるマジありがとうッ!」


 ヒロイン一人と関わることになるが、目に届く範囲で何かされる方がまだ対処できる。

 学園での近況を教えてくれるのであれば、厚意を受け取らない理由はないだろう。


(ふふふ……これさえあれば、事前に主人公達の動向を察知して破滅フラグを回避することができる……どうしようこれで俺の命もすっかり安全圏高みの見物じゃないかふふふ)


 だからからか、ユリスは受け取って一人不気味な笑みを浮かべ始めた。

 一方で───


「(やったっ! どうやって渡そうかと思ってたけど……これでユリス様と毎日お話できる……!)」

「(大丈夫です、まだ常日頃一緒にいられる私の方がアドバンテージは上……お風呂やベッドで一緒な私の方が……ッ!)」


 ルナは拳を握って嬉しそうにしており、アイリスはアイリスで何やら瞳からメラメラとした何かを燃やしており。

 そんな異様な光景が、人気のない別荘の中で少しばかり続いたのであった。

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