???

 ねぇねぇ、生きている実感が湧くのはどんなタイミングだと思う?


 美味しいものを食べている時?

 好きな人と結ばれた時?

 誰かから必要とされた時?


 いいや、違うね!

 痛みを感じてる時! 痛みを与えている時!

 その両方に天秤が乗っている瞬間こそ、生きている実感が湧くんだ!


 だって、自分の体が「死」を迎えないように「痛い」って警報が生まれてるんだよ?

 生きている実感が幸せ一色だったら、知らない間にできた傷に気づかなくて死んじゃうかもしれないんだよ?

 っていうか、? って感じだし。

 私も、お姉ちゃんも、幸せなんて感じたことないよ。

 他人が定義して、よく口にする幸せなんて、私達は一度も味わったことがない。

 生まれた時から誰もいなくて、拾われた先ではいっつも痛みが伴っていて。


 でも、だからといって不幸だとは思ってないから!

 痛みを発して、痛みを他人に与えて初めて存在意義が生まれるの。

 その存在意義が心地いいんだ!

 だから、私もお姉ちゃんもずっと痛みの中に身を投じてきた。

 誰かを傷つけて成り上がっていく闇ギルドで育っちゃったんだから、仕方ないよねっ!

 それに、私にはお姉ちゃんがいるし! たとえ『私の番』が来ちゃっても、きっと大丈夫大丈夫───



 ♦️♦️♦️



「それで、君はノコノコ戻ってきたってわけか」


 薄暗い室内。

 パチパチと松明の燃える音が響き渡る中、気怠そうに机に頬杖をつく青年は、ロニエに向かって口を開いた。


「うぅ……だってぇー」


 ロニエは申し訳なさそうにシュンと項垂れる。

 すると、青年の横からロニエと同じ髪をした少女───クロエがいきなり姿を現し、青年の頭を叩いた。


「あいたっ」

「……あまりロニエを虐めないで」

「虐めないでって……ただ聞いただけなんだけど」

「うぅ……お姉ちゃん〜」


 慰めてもらいたいロニエは姉の胸に飛び込み、胸に顔を埋める。

 構図が完全に虐められた女の子となってしまったことに、黒髪の青年は頬を掻く。


「……ロニエで殺し切れなかったなら仕方ない」

「まぁ、それはそうなんだけど……でも、クライアントがうるさいんだ、マジで。そろそろ喜ばしてあげないと暴れちゃう」

「あんなおデブちゃんのご機嫌取りなんてやだっ!」

「いやいや、あれはお金のなる豚なんだから我慢してよ。僕だって嫌だよ、豚のご機嫌取るの」


 はぁ、と。青年は大きなため息をつく。


「変わった趣味だよ、生け捕りにすれば一生飼って、殺せば一生亡骸を飾っておきたいなんて……クライアントの性格なんてどうでもいいけど、本当に終わってる」

「確か、他国のお貴族様でしたっけ?」

「うん、なんでもパーティーで出会って一目惚れしたんだってさ。ちなみに、ガッツリ妻子持ち」

「……女の敵」

「こんなことお願いするぐらいだから、きっと他にも寝室のベッドの下にはご趣味の死体が転がってるんだろうね」


 闇ギルドに依頼が来る場合は、大抵が復讐か変わった趣味を持っているか。

 そうでない場合だと、ほとんどが政治的邪魔な相手を処分したい時だ。

 今回、第三王女に懸賞金をかけた人間は、その変わった趣味を持った他国のお貴族様。

 目下、一番ビジネスパートナーとして相手にしたくないタイプである。


「うちは基本的に自主性だから、一回失敗したからといって額も額だし次の挑戦者は現れるんだろうけど……うーん、どうしよっかなー」


 青年は困ったように天を仰ぐ。


「……何が?」

「いや、ボスからちょっと目をつけられそうでさ。あんまりモタモタしてると、信頼問題的にドヤされそうなんだよ。実際、今騎士団がうちや関係者を探ってるらしくて、それに苛立ってるとのこと」

「はいはーいっ! 私、もう一回行くよ楽しそうだし!」


 先程までクロエの胸の中で泣いていたロニエが元気よく手を上げる。

 すると、今度はクロエも小さく手を上げた。


「……じゃあ、私も」

「ん? 珍しく積極的だね。必要な案件しか受けてくれないのに」

「……ロニエ一人に行かせると心配だから。妹を守るのも姉の役目、必要なこと」

「素晴らしい姉妹愛だことで」


 妹は戦っている時にこそ高揚感を覚える。

 姉は必要なこと以外はしないが、必要なことは必ずこなす。

 互いに難ありな性格ではあるが、この歳でギルドの幹部を張っている。

 その実力は信頼しており、青年も何を言うわけもなく「了解」と口にした。


「今回の襲撃で向こうも警戒してるだろうし、適当に他の人員使っちゃっていいよ。捜索蟻ぐらいには役立つでしょ……まぁ、そっち方面は得意分野にお願いするけどさ」

「……ん、身を隠している可能性もあるしね」

「それで、居場所が分かったら俺にも教えて」

「えー、ラウルくんも行くのー?」

「なんでそんなに嫌そうなんだよ……」

「だって、ラウルくんが来ると早く終わっちゃいそうだし」


 別にいいじゃん、と。

 戦闘狂バトルジャンキー思考なロニエに苦笑いを見せる。

 しかし───


「あ、でもそんなこともないか」

「……なんで?」

「だって、がいたからっ!」


 ロニエの言葉に、クロエは少しだけ眉を顰める。

 脳裏に浮かんだのは、可愛い妹を氷漬けにした少年で、


「ふへへっ……もう一回戦ってみたいなぁ。そしたら、結構痛いんだろうなぁ……あの命に指がかかるヒリついたスリルがもう一回味わえるって考えたら……もうもうもうもうもうもうもうッッッ!!!」


 一人、涎を垂らしながら興奮するロニエ。

 そんな妹の涎を拭くお姉ちゃんを見て、青年はもう一度苦笑いを見せた。


(こんな妹を持って、クロエも大変だなぁ)


 しかし、仕方ないと言われたら仕方ないのかもしれない。

 青年は、ロニエ達のことを大体知っている。

 どうやって育ち、どうやって過ごしてきたか。

 ギルドは別に仲良しこよしの集まりの場所ではない。私利のためだったら、平気で他人を蹴落とす過酷な環境。

 そんな冷めた非常な世界で生き残ってきたのだ、どういう風に性格が変わっていくのか想像に難くない。

 ただ、この二人とは付き合いが長いからか、どうしても……のようなものが湧いてきてしまい───


「まぁ、今回は俺も行くよ。もちろん、達成料はそっち持ちでいいからさ」

「……お金がいらないなら、なんでついて来るの?」


 クロエは不思議そうに首を傾げる。

 すると、青年は小さく口元を緩めて、二人を見ながらゆっくりと口を開いたのであった。


「そりゃ、だからだよ」

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