エピローグ①
結局、隣国の協力もあってフィアに懸賞金をかけていた貴族は捉えることができた。
やはり、というべきか。
調べた通り、一目惚れしたフィアを死体でもなんでもいいから手に入れたいという、狂気的な理由だったという。
依頼主がいなくなれば、報酬の出処も失う。
そのため、これ以上闇ギルドが動くこともなくなるだろう。
ただ、今回の一件で多くの闇ギルドの人間が捕まった。
下っ端の人間だけでなく、ハクを含めた幹部三人を捕まえたことによって、もしかするとこれから闇ギルドの掃討に動き出すかもしれない。
つまるところ、王女を取り巻く懸賞金騒動は本格的に閉幕。
ようやく、ユリス達は騎士らしい生活に戻っていったのであった───
「はぁ、はぁ……なんか体育会系の部活に入った気分だ。起床してご飯食べてのあとに運動が待ち構えているとは……なんか懐かしい……はぁ、はぁ」
別荘から戻り、王都の騎士団へ帰ってきたユリス達。
あれから数日が経ち、食後の運動ということで訓練場をユリスは走っていた。
こんなランニングも久しぶりな気がする。
転生してすぐの走り込んでいた日々を思い出して、ユリスはどこか懐かしい気持ちになっていた。
「まぁ、ようやく『ザ・騎士団生活!』って感じしますよねー。なんか最近売れっ子芸人みたいな忙しさでしたし」
「ぐぬぬ……暇は暇で嫌だけど、忙しいのも忙しいので嫌だ……ハッ! ようやく分かったぞ社畜の業務中の心理が!」
「社畜って、どの環境に行ってもヘイトが溜まる不思議な種族ですよねぇ」
「はぁ、はぁ……何を馬鹿なことを言ってるのよ、あなた達は……」
並走しているアイリスとリーゼロッテ。
それぞれ別の意味で小さくため息をつく。
その後ろを───
「本当だよ、まったく……この新入りの後輩くん達は無駄口が多いね」
息をまったく切らしていないセリアがお目付け役として走っていた。
その証拠に、両手にはしっかりと銅で作られた重りが握られている。
「ほら、プレゼントだ」
「「ふごっ!!??」」
走っているお喋り二人の背中に重りが一つ乗せられる。
どれだけ重いかは、二人の自然と出た声で察してほしい。
とはいえ、今まで鍛えてきたおかげか走れないほどではない。
だからこそ、鞭を打ってきた先輩に生意気な後輩はヒソヒソと愚痴り始める。
「(なぁ、知ってるか? 偉そうにしてるあの先輩、実はド派手な演出が大好きで、この前被害度外視で別荘一つ潰したらしいぜ?)」
「(私だって気を使ってお外で遊んだのに、我慢できなかったんですかねぇ? ぷーくすくす、意外とお子ちゃまで笑っちゃいます)」
ただ、その声はガッツリ耳に届いており───
「ほう? まだまだ元気があるじゃないか。ほら、お子ちゃまな先輩からサービス精神旺盛な追加三枚だ」
「「ぬぐおぅっ!!??」」
三枚追加された。
思わず背中から倒れそうになった。
「って、ってかなんであの人あと十枚も抱えて走れてんの……ッ!」
「先輩の凄さを身を持って体感してる瞬間です……ッ!」
「……いいから、ちゃんと走りなさいよあなた達」
リーゼロッテはお転婆な二人に肩がドッと重くなる。
とはいえ、これはこれで楽しいものだ。
一人で延々と走るより、こうした茶目っ気があると退屈ではなくなる。
(これが同期……)
家では味わえなかった不思議な気分に、リーゼロッテは少し嬉しく思ってしまった。
「んでさぁッ、今思ったけど……今回の任務を達成した暁とか、ちゃんとあるんだよね……!?」
「あぁ、そこは心配しないでいいよ。何せ、王都の騎士団は給料が売りなんだ……高い基本給に、別途ボーナスが支払われるはずさ」
「ってことは、新しい包丁も買えるってわけですか!?」
「新しい包丁ぐらい、基本給で何百本も買えそうだが……まぁ、好きに使うといい」
それと、と。
後ろで走りながら、セリアは笑みを浮かべる。
「可愛い後輩の初任務達成祝いだ、今日にでもどこか飲みに行こうじゃないか」
「え、いいんですか?」
「よっし……ッ! 浴びるほど飲んであいつの財布空にしてやろう!」
「酔い潰れた時はお任せ下さい! お風呂までしっかりとこのメイドがお連れします!」
「ちょっと、狡いわよ。私もお風呂まで潰れなくても運ぶわ」
「やっぱり先輩の財布は労わろう、うん! 程よく飲んで程よく楽しもうじゃないか!」
トイレでもなくベッドではなく。
酔い潰れた相手をお風呂に連れ込んで何をするつもりなのか? ユリスは少し怖くなって、程よくの打ち上げを楽しむことにした。
その時───
「おや? あそこにいるのは、王女様じゃねぇです?」
アイリスが、ふと入り口に立っている少女の姿に気がついた。
艶やかな長髪を靡かせる美しい女の子が、どうしてかこちらを向いてる。
ユリス達は足を止め、用事があるのかとフィアの方へと向かった。
「フィア様、いかがなされましたか?」
先んじて重りなしのリーゼロッテが辿り着き、フィアへ尋ねる。
すると、フィアはお淑やかな笑みを浮かべて───
「ふふっ、皆様にお礼を伝えようかと思いまして。それに、現在は王都の騎士団を管轄しているのは私ですので、視察もかねてご挨拶をと」
「なるほど……お気になさらなくても結構ですのに」
とはいえ、せっかくやって来た王女にこれ以上何かを言うのもおかしな話。
リーゼロッテは一歩下がり、ようやくやって来た皆と並ぶ。
その時、何故か。
フィアはユリスの前まで足を進め、端麗すぎる笑顔を向けた。
「な、なんです……?」
ユリスの脳裏に浮かぶのは、少し前のこと。
内緒、と。向けられた言葉と、安易に誰にでもできないはずの行為。
近づいてきた端麗な顔にある、潤んだ桜色の唇がユリスに戸惑いを与えた。
だが、そんなことはお構いなくに、フィアはユリスの手を取り───
「ユリス様、今度一緒にお食事でもどうですか?」
「んにゃ!?」
それに、アイリスは思わず声を上げてしまう。
しかし、アイリスだけではない……リーゼロッテやセリアまでもが、驚いたような顔を見せる。
そんな中、ヒロインとは極力関わりたくないユリスは慌てて視線を逸らしながら───
「そ、そうですねぇー! 任務がこれから続くと思うので、互いに恐らくマジでかなり難しいスケジュールが合えば、是非ともぉ……アハハハハハハハハ」
関わりたくはないのだが、王女のお誘いを断るわけにもいかない。
だからこその、泳ぎ切った目でのお返事だったのだが、フィアはどうしてか楽しげな笑みを浮かべている。
そして、ユリスの耳元にそっと口を近づけ───
「私、かなり攻勢な方ですので……覚悟しておいてくださいね、私の
「ッ!?」
甘く、どこか蠱惑的な声。
それが耳元で伝わり、ユリスは咄嗟に後ろに下がって距離を取ってしまう。
しかし、その姿もフィアにとっては可愛く思えてしまうのか、楽しげな表情を浮かべたまま背中を向けた。
「では、私はここで。皆様、今度ゆっくりとお礼させてください」
突然現れては、場を荒らすだけ荒らした少女の背中が徐々に遠くなっていく。
やがて姿が見えなくなった頃、荒れてしまった空気にいる人間は、一斉にユリスの方へと視線を向けた。
「後輩くん……君はあれからさらに攻略しちゃったのかい?」
「ユリス……」
「……ご主人様のばかっ」
美少女達からの突き刺さるような視線。
それを受け、ユリスは思わず天を仰いでしまった。
(……涙が出そう)
転生して、破滅フラグを逃れるために騎士団に入って。
それでも、ヒロイン達の方から何故か近づいてきて。
果たして、これからシナリオとは無縁な生活を送れるのだろうか?
ユリスの慌ただしい日々は、まだまだ続いていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます