戦いが終わって
まぁ、そりゃそうだよねというかなんというか。
いくら見栄張っても、痛いものは痛いものでして。
力なく崩れ落ちて地面に倒れるハクの姿を見て、ユリスもまたその場に横になった。
(あー、いてぇ……)
別に痛みがないわけではない。
ハクの魔法は、いわゆる鏡。自分の行いがすべて返ってくるもの。
そのため、倒し切ったとしても痛み自体は感じていて。
我慢できるというだけであって、我慢する必要がなくなれば瞳に涙を浮かべてしまう。
(なんで俺はイベント外でこんなにはっちゃけてんだよ……こういうことにならないように、学園から離れたんじゃなかったのかよぉ)
これも全部、学園に通うはずだったヒロインが集まってしまった弊害なのだろうか?
ユリスは涙を浮かべながら、綺麗な月夜を見上げてひっそり心の中で嘆いた。
(ってか、こっから
ハクはシナリオに出てこないから関係はないかもしれない。
しかし、あの中ボスとしての立ち位置にいた双子の女の子はどうなのだろうか?
双子の魔法は事前にアイリスとセリアに伝えている。
どうなっているかは分からないが、実力を考慮すると二人が負けるとは思えない。きっと、今頃戦いに勝利しているだろう。
となると、主人公の成長を促すキャラが不在。
本来進むはずだったシナリオや、主人公達はどうなるのか───
(……まぁ、いいや。そういうのは、汗と水とラブで盛り上がれる奴らで新しく作るだろ。俺はそういうのどうでもいい派ー)
そもそも、主人公達のイベントに巻き込まれたくないから騎士団に入ったのだ。
彼らがどうなろうが、自分に害が及ばなければどうでもいい。
ルナに近況を逐一教えてもらえれば、今後そっちに巻き込まれることもないだろう。
そう結論づけ、ユリスは引き続き痛みに涙を浮かべながら夜空を見上げ───
「あ、あの……ユリス様」
すると、ひょこっと。
覗き込むようにして、フィアの端麗すぎる顔が眼前に広がった。
「その、大丈夫ですか?」
「……ここは見栄を張った方がかっこいいと思うので「大丈夫」とだけ」
「前置きがある時点で、かっこいい見栄が意味をなさないのですが」
その通りである。
「俺の方は別にいいんですけど、リーゼロッテはどうですか? 登場時には結構際どい感じで倒れてましたよね?」
「リーゼロッテ様は、今気を失っておられます。軽い治癒魔法ですが、応急処置はできる範囲で行ったので今のところ命に別状はありません」
「……そっかー」
リーゼロッテは無事。
追ってがこれ以上やって来る気配はない。
アイリス達がちゃんと双子を倒していれば、今回で護衛のイベントはとりあえず一旦解決したことになる。
だからこそ、ユリスの胸に安堵が押し寄せてきた。体は痛いけど。
ただ───
「申し訳、ございません」
フィアがそっと、寝転がるユリスの目元に浮かぶ涙を拭った。
「私のせいで、ここまで傷ついて……」
無事は無事、致命傷を負っているわけではない。
ただ、ユリスの服や肌はボロボロで、ところどころ血が滲んでいる。
加えて、自身へのフィードバックを考慮して打撃メインで戦ったため、見えない内傷があるはず。
そんな痛々しさを、フィアは感じ取ったのだろう。
端麗すぎる顔立ちに、明らかな罪悪感が滲んでしまっている。
だから───
「そりゃ、護衛ですしね」
ユリスは起き上がり、ゆっくりとフィアの頭に手を伸ばした。
「それが俺達の役目で、命の価値は平等じゃない。あなたの方が上で、あなたが生きている時点で誰も文句はない。だから、罪悪感を覚えることはないですよ」
護衛とはそういうものだ。
傷ついてでも、守るべき対象を守る。そのためであれば、身を賭してでも前に出なければならない。
そこに謝られる筋合いはない。
元より、王女という立場にいる時点で、この国では誰よりも命の価値が高いのだ。
「そう、ですか……そうですよね」
ユリスに頭を撫でられながら、フィアは納得させるように噛み締める。
それでも、まだ思うところがあるのだろう。
ユリスは美少女のそんな顔を見て、少し困ったような顔を見せる。
どうすれば、目の前の女の子が笑ってくれるか? 本当に自然に、そのような考えが脳裏を過ぎる。
故に、ユリスはしばらく考え込んだあと、どこか躊躇うように口を開いた。
「あー、でも……まぁ、それだけじゃないっていうのも実はあったりなかったり」
「えっ……?」
「だって、女の子が危ない目に遭うってなったら、そりゃ男は拳を握りたくなるもんでしょ」
ユリスの言葉に、フィアは少し驚いたような顔を見せる。
そして───
「だから、俺はあの時あなたに約束したんです───あなたが笑っていられるように助けるって」
───ドクン、と。
急に、それでいて確かに、フィアの心臓が跳ね上がった。
「大層でありきたりな堅苦しい理由で納得できないなら、こんなちっぽけな男の見栄で納得してくれませんかね?」
「………………」
「あんまり、こういう発言って慣れてないんでどう言ったらいいか分かんないんですよ……」
気恥しいセリフを吐いた自覚があるのか、ユリスは頬を少し褒めて頬を掻く。
そんなユリスの姿に、どうしてか……いや、もう理由は分かっている。
この、彼に目が離せない理由に。
(……彼は)
変わったと思う。
昔何度かパーティーで出会ったあの時とは、全然違う。
それどころか、どこか他の人とも違うような気がした。
王女という立場で近づいてきたり、容姿だけを見て声をかけてくる男達とは別もの。
嫌々、と。距離を取ろうとしている割には、抜け切れない優しさを感じる。
(それを、あまり話したこともない私に向けてくれた)
───誰が、自分のためにここまで拳を握ってくれるだろう?
役目や役割を抜きにして、純粋にフィアという女の子のために、誰がボロボロになってまで立ち向かってくれるだろう?
もしかしたら、探せばこの世界のどこかにはいるのかもしれない。
けれど、今目の前にいるのは、ユリス・ブランシュという男の子で───
(あぁ……もう、流石に)
理解してしまった。
この胸の高鳴りの正体に。
熱っぽい瞳に映る、彼の姿と優しさが他に理由を教えてくれない。
「あ、でもそうだ! できたらこのご恩をもしよろしければ左遷という形で返していただけると───」
「ユリス様」
ユリスが何かを言いかけた時、ふとフィアの言葉が遮る。
そのことに不思議に思ったユリスだが、それよりも先にフィアの手がゆっくりと顔に伸びてきた。
「今からのこと……誰にも内緒にしていただけないでしょうか?」
「んむっ!?」
そして、どうしてかフィアの端麗な顔が近づいてきて───そっと、唇へ柔らかい感触が伝わった。
「なッ!?」
咄嗟に身を下げて顔を離すユリス。
何をされたのか、分からないわけがない。
だからこそ余計に分からなくて。
美少女にされたことの事実と重なり、ユリスの頭の中がパニックになる。
だが、一方で。
元凶であり当事者であるフィアはユリスの顔から手を離し、
「ありがとうございます、ユリス様」
そして、熱っぽい瞳と赤らんだ頬を向けて、ユリスへ言い放った。
「私は、ユリス様を……お慕い申し上げております」
その時の彼女の顔には、ユリスが密かに望んでいた見蕩れるような笑みが、確かに浮かんでいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます