実技試験

 時間になると、敷地内にある訓練場へと呼び出された。

 やはり王家のお膝元の治安を維持する場所だからか、案内された訓練場はかなり広かった。

 円形の闘技場のような空間が二つに、剣や槍といった武器が壁際にびっしり並んでいる。

 闘技場の側面でも持っているのか、しっかりと訓練場を取り囲むように客席が設置されており、すでに老若男女問わず多くの人間が集まっていた。

 騎士団の関係者か、はたまた試験を受ける人間の身内か。いずれにせよ、多くの視線が集められた受験者へと注がれている。


「今からサーカスでもするのかね? こんなにいっぱい集まっても、大した演目なんてないだろうに」

「まぁ、下手な玉遊びでも身内なら盛り上がるんじゃないですか?」

「盛り上がるどころかハラハラ気分なんじゃね? 騎士になれなかった身内をこれから迎えなきゃいけないだろうし」


 施設内に集められた受験者の人数は、ざっと見渡しただけでも百人ほどいる。

 その数の関係者がやって来ているのであれば、埋まっている客席の数も頷けた。

 とはいえ、その分プレッシャーがかかっているとなると、少しばかりユリスは同情の念を送ってしまう。


(っていうか、いざこうして立たされると緊張感が凄いな……)


 何せ、もし騎士団に入ることができなければ間違いなく学園に通わされることになるから。

 貴族の人間がどこにも行かずニート街道まっしぐらだと、まず当主である父親は許さない。

 そうなると、シナリオ破滅フラグ満載な舞台に足を突っ込むことになるだろう。


(そ、それだけは避けなければ……この子の場合は背中に刺さるのが悪戯心なペンじゃなくて本気な剣の可能性が高いからな……ッ!)


 ユリスは両手を合わせて祈るように気合いを入れる。

 まぁ、文字通り命がかかっているのだ。誰よりも必死な形相になるのも頷ける。

 一方で―――


「(うーん、何人ぶっ倒せば合格できますかね? それより、どう言えばご褒美と称してご主人様に頭を撫でてもらえるかを今のうちに考えておかないと……)」


 横に立つ、緊張感の欠片もない美少女メイド。

 頭の中は試験ではなく、甘えん坊らしい思考であった。


『お、おい……あれ、見ろよ』

『うわっ、本当にいる!』

『私、初めてこんな距離でお顔見たんだけど……』


 すると、突然周囲がざわつき始める。

 気になり、思わずユリスも皆が見ている方へと視線を向け―――


(……うげっ)


 客席の中でも、一際異彩を放っている空間。

 まるでVIPのために用意したとも言わんばかりの、ガラス張りの客席に一人の少女が立っていた。

 三つ編みの艶やかな金色の髪に、宝石のようなエメラルドの瞳。

 遠目からでも分かる端麗すぎる顔立ち、お淑やかで上品な雰囲気。

 その少女は、転生してから社交界に顔を出していないユリスですら知っている人物だった。


(なんで、こんなところにがいるんだよぉ……)


 この国の第三王女———フィア・マーキュリー。

 本作のゲームで主人公と共に活動することになるヒロインの一人である。

 そんな女の子がどうしてここにいるんだよふざけんなよ……なんて声を大にして言いたくなったユリスは、両手で顔を覆いさめざめと泣き始めた。


(あれか? 本編に関係ないってだけで視察ぐらいのイベントはあったっていうのか? なんだよ重要だろうが前もって教えてくれよ教えてくれてたかもしれないけどッッッ!!!) 


 確かに、本編に関係なければシーンとして描かれはしないだろう。

 あったとしても、ちょっとした会話の一文に載っているぐらいなはず。

 いずれにせよ、起こってしまったものは仕方ない。やることは変わらないのだ。

 ユリスは顔から両手を離し、少しだけ恨めしそうな視線を届いているとは思えない相手に向けた。


「(ほえー、王女様いるじゃないですか。何しに来たんですかね? 磨けば光る宝石の発掘?)」

「(……もうなんでもいいよ。高いところで見物するだけのオブジェぐらいに考えようぜ)」

「(まぁ、そうですね)」


 小声で話していると、ようやく訓練場の奥から何人もの騎士が姿を見せた。

 手に書類が握られていることから、恐らく試験官か何かなのだろう。

 そして、その内の一人が大きな声で受験生に向かって言葉を発した。


『お待たせした! これより、実技試験を行う!』


 ―――実技試験。

 そのワードだけで、受験生全体に一気に緊張感が走った。


『簡単に説明すると、これよりグループ分けを行い、それぞれで戦ってもらう! なお、今回はそれぞれの素質と現段階での実力を把握するものであり、勝敗を決めるものではない! 各々、殺傷を除く個人のアピールを意識して戦うように!』


 要するに、戦闘という名の品評会。

 それぞれどれほどの実力を持っているのか、騎士として採用しても問題ないのかを判断したいのだろう。


(なんか、オーデションみたいだな……この中でアイドルグループでも作る気なのかね?)


 そんなことを思っていると、控えている騎士達が集まっている受験生達の間へ足を進めた。

 ちょうどアイリスとユリスの間にも騎士が歩き、二人は同じように首を傾げる。

 間を騎士が通れば、邪魔にならないよう進路付近にいた受験生は少し後ろや前にズレる。

 自然と百人ほどいた受験生が綺麗に四つの集団に分かれ―――


『今固まっている集団が一つのグループだ! まずは右手前と右奥の集団から試験を行う! 呼ばれたグループは、それぞれ台の上に登れ!』


 ゾロゾロと、それぞれ緊張の色を滲ませながら円形の台の上まで向かっていく。


「じゃ、ご主人様……頑張ってくださいね♪」

「おう、アイリスもな」


 ユリスとアイリスは別グループの第一陣。

 本当はヒロインである女の子には騎士団に入ってほしくはないのだが……ここまで来て、人の不幸を願いたくない。

 素直にユリスはアイリスへ声援を飛ばすと、大きく息を吸って気合いを入れた。


(遠慮はしない……アイドルグループのスポンサー共に全力でアピールしてやる)


 いよいよ、シナリオ無視のための大きな分岐点が始まる―――

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