視察
王族としての公務は色々ある。
その中で、市民の治安を維持するための視察も含まれており、本日フィアが足を運んだ理由もその一つ。
騎士は国に仕えており、それらを取り纏めるのも王族の務め。言わば、直接指揮は取らない理事みたいなものだ。
学園に入られるような年齢になったフィアも、どこかの騎士団を纏める業務を行わなければならない。
そのため、試験場の一つである王都の騎士団を選んで試験の様子を見守ることとなった。
「騎士団の試験とは、例年何人ほど採用されるのでしょうか?」
一際豪華な椅子に座りながら、フィアは横にいる男に尋ねる。
屈強。それでいて、立っているだけでも感じる威圧感。それでも臆する様子を見せないのは、王族としてこのような人間と何人も出会ってきたからか?
男———王都の騎士団を取り纏める騎士団長のグラムは、表情の乏しいまま言い放つ。
「例年で言えば、各地で行われる試験を含めて百人ほど」
「あら、意外と少ないのですね」
「肩書きほしさの若者を無暗に死なせてもよろしいのであれば、もっと採用枠を増やしますが」
「そこに同意を見せたら、色々と問題が起こるのでやめておきます」
騎士団は給料もよければ、周囲からの評価もいい。
なりたいという人間は多く、毎年多くの人間が試験を受けに来る。
しかしながら、実際に騎士になれるほどの実力を持っているかと言われれば、首を横に振るしかない。
騎士団側も、安易に未来ある若者を死なせるわけにはいかず、本当に才能ある者しか選ぶことはできないのだ。
「……果たして、この試験で喜べるのは何人ほどでしょうね」
ガラス越しにフィアは試験の様子を窺う。
第一陣の試験が始まろうとしており、続々と円形の闘技場のような空間へと足を進めていた。
(有益な人材を見つけるための場。それは騎士に限らずではあるのですが……)
空間に上がっていく若者の顔には、皆一様に緊張が滲んでいる。
無理もない……何せ、自分の人生を左右する場でもあるのだから。
しかし、余裕のない人間に魅せられる者は少ない。
フィアは小さくため息をつき、視線をズラして広がる青空を見た。
(魅せてくれるのであれば、私も乙女らしく目を輝かせながらアピールに向かうのですが……この様子だと王女としての責務はここでは難しいと思いますよ、お父様)
そんなフィアの姿を見て、グラムは話題を提供するように───
「そういえば」
「はい?」
「今年は少々驚いたことが一つありまして」
グラムが指を差す。
つられて追った視線の先には、見覚えのある黒髪の少年の姿があった。
「ユリス・ブランシュ……? どうして彼がここに?」
貴族の恥晒しと悪評高い男の子。
フィアもユリスのことは色々と知っており、この場にいることへ驚いたような顔を見せる。
「どういう意図があるのかは分かりませんが、試験を受けに来られました。私も娘から聞かされた時は驚いたものです」
「……記念受験でしょうか? それとも、自分が騎士になれるとでも思っている?」
「随分と辛辣ですね」
「逆に好感度が高いと思った理由をお伺いしても? 砂漠の中から宝石を見つけ出す方が簡単かもしれませんよ」
てっきり、学園に入ると思っていた。
自分も学園に通うため、そこが憂鬱な理由を生み出していたのだが、まさかこんな場所にいるとは。
このまま騎士団に入ってくれれば、学園で会うこともなくなる。
(とはいえ、彼が受かるとは思いませんが)
ユリスは怠惰。剣を振ったことなど一度もなく、ただ傲慢な態度を貫いていただけ。
その話は社交界でも有名であり、当然フィアの知るところでもある。
しかし―――
「……好感度云々の話は置いておくとして。恐らく彼は試験に合格するかと」
「はい? まさか、目が眩むようなお金をこの業界で一番稼いでいるあなたへ積んだのですか?」
「いまさらお金など必要ありません。もう子供の養育費ぐらいは貯えを稼いでおりますし」
では、一体どういうことなのだろうか?
そう首を傾げていた時、ようやく試験官の一人が叫んだ。
『それでは、試験……始めッ!』
そして、フィアは目の当たりにする。
『出力は最大。初手から遠慮なしでも怒るなよ、
闘技場の一つを埋め尽くす、一面の銀世界を。
「……えっ?」
思わず、口からそのような声が漏れてしまった。
フィアも、それこそ控えていた受験者の人間達も、ただただ呆気に取られる。
何せ、今試験が始まったばかりだというのに、一瞬にして闘技場の一つが真っ白に染まってしまったのだから。
闘技場の上に登っていた約二十五人……その全員が、綺麗な氷のオブジェに包まれている。
しかし、一人。
闘技場の端で剣を突き立てながら白い息を吐く、淡く光るエフェクトを纏った少年だけ。
悠々とした表情を見せ、辺りを見渡していた。
『うーん……あ、あれっ? これで終わっちゃった説ある? まだ亀さんからもらった玉手箱を一つしか開けてないんだけど……意気込んでたあの時間を返してくれない恥ずかしいから!』
何が起こったというのか? まだ分からない。
しかし、今目の前に起きたことは誰のせいで、誰が成したことかは自然と理解させられていた。
でも、信じられなくて。
驚きを隠し切れないフィアを他所に、グラムは顎に手を当てて。
「素晴らしい……頭一つ抜けていると娘から話は聞いていましたが、まさかこれほどとは」
グラムの言葉はフィアの耳には届かない。
その代わり、フィアの頭の中には———
(し、信じられません……が、目の当たりにしてしまった以上、認めざるを得ない。同年代でこれほどの実力とは)
まさか、意図して隠していた? なんのために?
もしかして、これほどの実力があるのだ、今までの悪評は実力を隠すためにわざとそういうことをしていたのでは?
真実は分からない。
ただ、ユリスと同年代の王女として、やらなければならないことは見えてしまった。
「……彼は、どこに配属されますか?」
「あの実力を鑑みれば、間違いなく王都かと」
「では、私もこちらの騎士団の運営に携わってもよろしいでしょうか?」
「発言だけみれば、一目惚れした乙女の青春のプロローグですね。とはいえ、もうすでにあなたのお姉様が王都を管轄されていますが、そこはよろしいので?」
「なんとかしてみせます」
何せ、と。
フィアは表情を戻し、涼しいお淑やかな笑みを浮かべた。
「有益な人材は手元で確保する。害になるかの見極めも含め、同年代の異性が近づいた方が効率的では?」
一方で―――
『……なんか、いつの間にか横の闘技場に人の山が築かれてるんだが』
『坊ちゃんが玉手箱を開けるから、皆視線が釘付けになったんじゃないですか。三秒もあれば、無防備な人間で積み木遊びぐらいはできますよー』
『とりあえず、その物騒な蛇腹の剣をしまって降りてきなさい。美少女がバイオレンスに人の山へ座る絵面とか、角度と性癖によっては世の男の子が涙しちゃいそうな気がするから』
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