初出勤前の初任務

『この嬢ちゃんがいれば、たんまり身代金を手に入れられるとは思わないか?』

『あぁ、間違いねぇ! 何せ、だからな! 俺達は最高にツイてるぜ!』


 薄く暗い洞窟の中。

 下卑た男達の笑い声が響き渡る。

 ざっと見渡しただけでも、その数は百人以上……屈強な人間、鋭利な刃物を持った人間、血で汚れた人間。それぞれの下心と不快さを混ぜた声が洞窟内に広がる。

 そして、その大勢の中で一人。

 少女ヒロインは、瞳に涙を浮かべて―――


(誰か、私を助けて……っ)



 ♦♦♦



「はぁ……なんだろう、瞳に優しいはず視界で初めてため息が出た」

「私だって、人生で初めて面と向かって出会い頭にため息を吐かれたわよ」


 目の前には、燃えるような赤髪を携えた端麗な少女。

 可愛らしく頬を膨らませ、ちょっとした仕返しのようにユリスの肩を小突く。


「そんな反応をしなくてもいいじゃない。あなたに会えるの、楽しみにしてたんだから」


 初任務のリストに載ってあった人物をご存じだろうか?

 王国で最も強者と呼ばれる、王国の懐刀の騎士団長。それと、可愛らしい顔からは想像できない物騒な蛇腹の武器を得意とする女の子。

 そして———


「何度か顔を合わせたことはあるけれど、改めて―――リーゼロッテ・カランよ、これから同期としてよろしくね」


 本作のヒロインであり、騎士家系に生まれた才女。

 学園に通うはずの女の子が、どうしてか初出勤で初任務である今日……何故かここにいた。

 それに驚かないわけがない。

 驚かないわけがないのだが、それよりも王都の馬車の乗り合い所にて悲しみの涙が零れ出た。


「……なんでいるんだよぉ、学園に通うはずだろ乙女はお茶とお花セットで楽しんどけよォ」

「私にだって色々お茶とお花セットになれない理由があるのよ。まぁ、一番の理由としては……」


 リーゼロッテはさめざめと泣くユリスの腕を引っ張る。

 そして、グッと端麗な顔を近づけ……耳元で小さく囁いた。


「あの時私を助けてくれた。これじゃあ不満かしら?」

「ッ!?」


 熱の篭った甘い声。耳元で囁かれた時の小さな吐息。鼻腔を擽る刺激的な女性の香り。

 それらが一気に合わさったことで、ユリスは思わず顔を真っ赤にしてしまう。

 すると―――


「はいはーい! 公衆の面前関係なく初対面で痴女ってる女狐さん離れてくださーい!」


 リーゼロッテと同じ服を着たアイリスが、いきなり二人の間に割って入ってきた。


「誰の許可得てご主人様に過度なスキンシップしてるんですか。そういうのは甘え上手な美少女メイドの特権だって教科書の一ページに書いてある常識なんですからっ!」

「凄い常識だな」

「随分と一人の私欲に偏り過ぎた教科書ね」


 アイリスが頬を膨らませる。


「むぅー……ご主人様はどっちの味方なんですか」

「初めましての人と比べたら、考える間もなくアイリスだな」

「どやぁー」

「一応言っておくけれど、初めましてではないわよ?」


 転生したあともガッツリ出会っているのだが、ユリスの記憶にはもう残っていないようで。

 拗ねると少々面倒くさいドヤ顔のアイリスの頭を撫で、とりあえずのご機嫌を取るユリスであった。


「っていうか、騎士団に入るからには平民貴族の肩書きなんてないけれど、なんであなたの好感度が初手から低いのよ。別に好物を横から掻っ攫ったわけじゃないわよね?」

「……横から掻っ攫おうとしてます。ご主人様と接する時の匂いが

「はぁ……それを言われたら降参よ。これからも仲悪くいきましょう」


 はて、何故そういう結論になったのか? ユリスは首を傾げる。

 その時、乗り合い所で話している三人の下に一人の男が現れた。


「待たせたな、三人共」


 一目見ただけでも分かる、圧倒的実力。放たれる威圧感に思わず目を背けたくなるような顔。

 ───グラム・カラン。

 代々王家に貢献してきた騎士家系の当主であり、王国最強集団を率いる騎士団長。

 そんな人間が現れると、すぐさまリーゼロッテが頭を下げた。実の父親であっても姿勢を正すのは、これから正式に部下になるからか。

 一方で―――


「(こいつか、俺の澄んだ瞳に涙を浮かばせたのは。ふざけんじゃねぇよモフモフ美少女が現れる田舎に飛ばせこんちくしょう)」

「(この人がご主人様との二人きりのデートに娘ぶっ込んで水を差しやがった男ですか。正式な上司になる前に唾だけでも吐いておきたいです)」


 中々に肝が据わっているお二人は、すぐに吐き捨てるような視線を向けた。

 なお、直接唾は吐く度胸はないので、聞こえるか聞こえないかギリギリの小声で抑えてはいるが。


「それにしても、おとうさ……団長。どうして団長がわざわざ試験官を? 他の騎士でも問題ないとは思うのですが、まさか今回の任務はそれほど難易度が高いものなのでしょうか?」

「いいや、新入りにそれほど難しいものはさせん。ただ、があるだけだ」

「なるほど、娘が心配なんですね」

「こういう過保護は年頃の女の子に嫌われる基本的なタブーなんだけど、まさか知らないとは」

「お前ら、歯を食いしばれ」

「「大変失礼しました」」


 全力で頭を下げる生意気主従。大変息ピッタリである。

 そんな二人に対して、どうしてかガゼルは口元を綻ばせた。


(流石は貴族の汚点とも呼ばれる子だ……随分と威勢のいい。姫様と娘が気にかける男がどういう者なのか気になってわざわざ足を運んだが、存外楽しめそうかもしれん)


 グラムは背中を向け、そのまま待機している馬車を―――通り過ぎて、そのまま門の外まで歩いていく。

 それを見て、ユリス筆頭に皆首を傾げた。


「あのー……馬車に乗らないんですか?」

「何を言っている? 騎士が楽をしようと考えるんじゃない」

「おい待て徒歩かよふざけんな! だったらなんでここを待ち合わせに選んだ流石にミスリードが酷すぎんだろ!?」

「……お父様、意外と悪戯っぽいの」

「あの歳でお茶目とか、どこの誰に需要あるっていうんですか……」


 とはいえ、今回のお目付け役に従わないわけにはいかず。

 ぶーぶー文句を言いながら、王都の騎士団に選ばれた優秀新入り組はガゼルの後ろをついて歩くのであった。

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