リーゼロッテという少女
本当は騎士団に入りたかった。
兄達のように誰かを守り、誰かのために剣を振るいたかった。
しかし、自分は貴族のご令嬢———いつかどこかの家に嫁ぎ、家のために貢献する必要がある。
だからこそこれから学園に入り、貴族の子息令嬢が集まる場所で縁を繋ぎ、いつか家のためになる相手を見つけようと思っていた。
今日、この日。
騎士団に入りたがっていた自分のことを慮って、父親が自分に最初で最後の任務を与えてくれた。
難易度的にはそう難しいものではなかった。
護衛の騎士達と一緒に、最近数が増えてきた森の魔物を討伐すること。
始めこそ順調———しかし、そこに現れたのが明らかにレベルの違う熊のような魔物。
護衛の騎士達は自分を逃がすために盾になってくれ、命を散らしてしまった。
しかし、それでも魔物は自分を逃がしてくれなくて。
必死に逃げた先……そこに、
(どうして、こんなところにクズ息子が……ッ!)
社交界に顔を出したことのある貴族の中で、ユリスを知らない人間はいない。
多くの問題を起こし、貴族として恥ずべき態度や性格で周囲を困らせてきた問題児。
無論、リーゼロッテもユリスのことは見かけたことがあるし、パーティーで何度か失礼なことを言われた。
最近ではまったく社交界に顔を出さなかったが、正義感の強いリーゼロッテは前からユリスのことが嫌いだった。
しかし、自分のせいで巻き込んだことで彼が傷つくのは話が違う。
どうしてここにいるのかは分からないが、たとえ自分が死んだとしてもユリスだけは守らなくては―――
「…………えっ?」
そう、思っていたのに。
「……発注ミスだけど、サンドバッグには変わりないしな」
どうしてか、一帯の温度が急激に下がる。
特に、自分の背後。少しでも息をするのを忘れれば、体の芯から凍ってしまいそうなほど。
思わず背後を振り向く。
すると、そこには白い息を吐くユリスが剣を握って魔物を見据えていた。
戦うのは自分のはずなのに。
何故、彼は戦おうと剣を握って───
「ユ、ユリス……ブランシュ?」
「サンドバッグ、譲ってもらうぞ」
そして、リーゼロッテの疑問を無視して、ユリスは地を駆けた。
魔物が響き渡るほどの雄叫びを放つ。ユリスは薄白く輝き始める剣を振りかぶる。
(なんで、ここで振りかぶるの!?)
明らかに剣のリーチと相手との距離が合っていない。
大きすぎるモーションは単に隙を与えるだけ。その証拠に、魔物は一気にユリスへと飛び掛かっていった。
「ざけんな、
だが、ユリスは構うことなく振るう。
届かないはずの一振り。本来なら当たらないはずだ―――剣身が伸びなければ。
『gya!?』
いきなり伸びた剣身。
魔物は咄嗟に腕でガードするものの、遠心力も含んだ一撃によって体が吹き飛ばされる。
それだけではない。
ガードしたはずの腕が、分厚い氷の膜で覆われている。
違和感があるのか、それとも動かせないのか。不思議に思った魔物が凍った腕を見て首を傾げる。
しかし、その隙に迫ったユリスが飛び、握った拳を腕に叩きつけた。
「そんなに自分のデコレーションが気になるか!?」
鈍い音が響き渡り、覆われた氷が腕ごと粉砕される。
『gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!???』
「ははッ! もらったぞ、その腕ッ!」
痛みによって発する咆哮。思わずリーゼロッテは耳を塞ぐが、ユリスは獰猛に笑い……そのまま魔物の目に剣を突き立てる。
「魔物の平均体温ってどれぐらいなんだろうなァ?」
立て続けに傷つけられたことで、魔物の巨腕がユリスに伸びる。
しかし、ユリスは気にする様子もなく―――
「まぁ、答えが分かったところであんまり意味ないけどッ!」
押し込む。そして、魔物の全体が氷で覆われた。
―――動く気配がない。
それだけで、どっちに勝敗が上がったかなど言わなくてもいいが、ユリスは刺さった剣を横に振って頭蓋を粉砕した。
(な、にこれ……?)
その光景に、リーゼロッテは唖然とする他なかった。
護衛の騎士達が敗れ、自分でも逃げることができなかった相手が、簡単に倒された。
それを、クズと名高い男が引き起こしたのだ。
……驚くなという方が無理な話。
リーゼロッテは魔物の頭蓋を破壊して巨体から降りるユリスから目が離せず、ただただ茫然と固まってしまう。
「……よく考えれば、こうして倒せば服の汚れなんて気にしなくても済むんじゃ? あれ、すっげぇいまさらながらに気づいたぞ奥さんが喜びそうな綺麗の秘訣」
剣を鞘にしまい、どうしてか肩を落とすユリス。
ゆっくりと、自分に向かって足を進める。
「……ぅ、ぁ……」
何か言わないと。聞きたいことはいっぱいあるはずなのに。
あの魔法はなんなのか? 何故、そんなに強いのか?
どうして、逃げず戦ってくれたのか?
いくら強いといっても、自分が知っているユリスは真っ先に誰かを置いて逃げ出すような人間なのに。
分からない。聞かなきゃ。
だが、不思議とリーゼロッテはユリスから目が離せなくて―――
「あー……大丈夫か? 一応、気を遣って倒したつもりだったんだが……」
いつの間にか自分の前に立っていたユリス。
巨大な魔物の死体を背に現れたユリスの表情には……どうしてか、言葉通りの心配と安堵が浮かんでいた。
「あ、あのっ……」
―――きっと、この言葉は言うつもりはなかったのだろう。
何せ、本当に小さく。まるで自然と漏れたかのように、小さくユリスの口から聞こえてきた。
「……よかった」
「〜〜〜ッ!?」
至近距離故に、どれだけ小さかろうが声は聞こえる。
だからこそ、リーゼロッテの顔に熱が上がる。
そして、それに呼応するかのように思わず胸が高鳴ってしまったのであった。
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