気にしないでくれ

(本当によかった……)


 ユリスはボロボロでありながらも、大きな傷なくしっかりと立っているリーゼロッテを見て胸を撫で下ろした。


(いや、ここで死なれたらシナリオ変わっちゃうかもしれないし……もしかしたら、俺がここにいるから「殺したのお前だろ!?」みたいなサスペンスまで始まっちゃう可能性もあったしな)


 本来であれば、人間による殺害と魔物に遭遇した時の事故死では傷が違うためある程度どうして死んだかは察することはできる。

 しかし、ナメないでもらいたい……ここにいるのは、世間で有名な悪役な少年ユリスだ。

 周囲からの評判も悪く、人を平気で傷つけようとする性格。だからこそ、ちょっとした好奇心で魔物をけしかけたくなったと考えてもおかしくはない───なんて認識を周囲は思っている。

 故に、生きてくれた方が余計な冤罪をかけられずに済む。

 特に、リーゼロッテという女の子は正義感が強い。いくら嫌いな相手だとしても、自ら陥れるようなことはしないだろう。

 それに───


(……人が目の前で死ぬっていうのは、流石になぁ)


 なんて悪役ヒールらしくないことを思いながら、ユリスは頭を搔く。

 すると、その時ようやくふと違和感に気づいた。

 目の前の無事な女の子───、何故かボーッと熱っぽい眼差しでこちらを見ている。

 気になり、思わずユリスは手を視界に被せて顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫っすか……?」

「ふぇっ!? だ、大丈夫よ!?」


 大丈夫、という割にはかなり焦ったご様子。

 ユリスは余計にも不思議な反応に首を傾げてしまった。


「ごほんっ! そ、その……ありがとう、助けてくれて」


 そんなユリスを見て、誤魔化すようにリーゼロッテは咳払いをした。


「いや、大したことはしてないから気にしないでくれ」

「でも───」

「マジで気にしないでくれ」

「え?」

「気にしないでくれ」

「…………」


 できるだけヒロインとは関わりたくないユリスくん。

 とても真剣な顔でお礼をしたいリーゼロッテのセリフを拒否した。


「っていうか、なんでこんなところに女の子が一人でいるんだよ? 弁当広げて楽しくピクニックするにしても、護衛の人間とかはいるはずだろ?」

「……それは」


 言い淀むリーゼロッテ。

 その反応を見て分からないわけがない。

 逃げていたところから察するに、恐らく護衛の人間が逃がしてくれたのだろう。

 そして、魔物が追いかけていたということは……主人のために、犠牲になってしまったということ。

 不謹慎な発言をしてしまい、ユリスは「ごめん」とバツの悪そうに謝罪した。

 しかし、リーゼロッテは首を横に振って───


「あなたが謝るようなことは一個もないわ。助けてもらった身なのに、責めるとかお門違いもいいところだもの」

「そう言ってもらうと助かるよ……」


 はぁ、と。ユリスは安堵したように息を吐く。

 その反応を見て、リーゼロッテもまた


「それで、このことでお礼がしたいのだけれど」

「あれ、さっきかなり壁にめり込むほどお断りしなかった?」


 どうやら、ユリスのお断りは彼女に届いていなかったらしい。


「流石に命の恩人に対して何もしないわけにはいかないわ。そっちは気にしないかもしれないけど、こっちは結構気にしちゃうもの」

「うーん……そんなもんか?」


 確かに、命の恩人に対して何もしないとなると「貴族としての恥」とか思う人がいるのかもしれない。

 元々貴族平民の概念がなかった国の生まれで、そもそも社交界に顔を出してこなかったユリスはその辺の事情をよく知らない。

 もしかしたら、自分が知らないだけでそういう決まりや誇りがあるのかも。

 そんな風に納得するものの───


「……美少女からのお礼ってワードだけでも胸が高鳴りそうだけど、やっぱりやめとくよ」


 それよりも、変に関わりを持つ方が嫌だ。

 せっかくシナリオが拗れないように介入したというのに、ここから曲げるとなると無駄足もいいところ。

 だから、ユリスはもう一度両手を上げて断った。


「……どうして?」

「ど、どうしてって……」


 とはいえ、女の子に対して面と向かって「あなたと関わりたくないんですぅー」なんて言える度胸なんてなく。

 ユリスは必死に目を泳がせながら理由を探し始める。

 そして───


「お、俺ってなんだよね! だからお礼とかもらう機会がないというか……ッ!」


 だから無理、と。ユリスは両手でバツマークをして必死にアピールする。

 すると、唐突にどこかからか声が聞こえてきた。


『ご主人様、どこ行ったんですかー? 帰り道も分かっていない男の子がはしゃいで迷子になっても、便利な送迎サービスなんて用意できないですよー?』


 その声は間違いなく一緒に来たアイリスのもので。

 どうやらサンドバッグ探しに出掛けたユリスを捜しているのだろう。


「おっと、不名誉な迷子扱いをしてくる失礼なメイドがお呼びのようだ!」


 それを好機と見たのか、ユリスはリーゼロッテに背中を見せる。


「あっ、ちょっと───」

「いいか、帰り道はちゃんと気をつけろよ!? せっかく助けたのに、帰り際に訃報なんてが届いたら白馬の王子様でも泣くんだからな!? そんなにお礼がしたいなら、ちゃんと家に帰ってくれればそれでいいから以上!」


 そして、リーゼロッテが何を言い出す前に、ユリスはそそくさと逃げ出すようにこの場から離れたのであった。



 ♦️♦️♦️



「行っちゃった……」


 徐々に遠ざかっていく背中。

 リーゼロッテは追いかけることはせず、ただユリスの姿を見送る。


(あれが、本当にユリス・ブランシュ……?)


 今まで聞いてきた姿と、見てきた姿があまりにも違いすぎる。

 お礼は要らないと言うし、護衛の件で自分を気遣う姿も見せた。

 それに、最後まで自分のことを心配してくれた。

 クズ……と呼ぶには、あまりにも正反対な印象。

 どちらかと言うと───


(……王子様)


 リーゼロッテは再び赤くなった頬を両手で押さえ、ユリスが走っていった方向とは逆へ歩き出す。


(確か、騎士団に入るって言ってたわよね)


 あれほどの実力があれば、間違いなく騎士団に入ることができるだろう。

 ただ、問題なのは騎士団に入ってしまえば、学園に通う自分とは会わないというところ。

 リーゼロッテは口元を少しだけ綻ばせ、少しだけ歩くスピードを早めた。


「お父様も、この歳であれだけの実力があるユリスのことはほしいはず、よね? まだ、今からでも騎士団の試験受けられたかしら……?」


 その呟きはユリスの耳に届くことはなく。

 少女の姿は、森の中へと消えていったのであった。

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