魔力総量

「ご主人様、いよいよ明日が騎士団の試験ですね」


 アイリスの言葉通り、騎士団の入団試験まであと一日。

 剣を振り、魔法の訓練に勤しみ、最低限の勉学を教えてもらっていると、いつの間にか時間が差し迫っていた。

 本当に時間が経つのは早いものだ。おかげで、アイリスの言葉を聞いたユリスはげんなりとした表情を見せる。


「マジか……まだやりたいこといっぱいあったのに」


 ユリスの自室。

 そこで教材を読んでいるユリスへ、アイリスは紅茶を差し出す。


「いっぱいって……結構ご主人様、頑張られてますよね? いまさら何をやり残したっていうんですか?」

「そうだなぁ……たとえば「専属メイドちゃんの膝枕」とか「美少女メイドちゃんとのイチャイチャ」とか「アイリスちゃんと添い寝」とかじゃねぇよなに被せてんの!?」


 色々どちらかの素直な気持ちが垣間見られる一幕である。


「はぁ……実際問題、剣はまだ苦手なんだよ。中途採用に特有の知識チートなんて役に立たないし、剣道なんてやったことなかったし」

「剣道?」

「気にするなこっちの話だ」


 知らない単語に首を傾げるアイリス。

 しかし、ユリスは気にすることなく机に突っ伏した。


「あと、勉強……なんやねん「過去のこの人が何を遂げたか?」って。人生のどこの何に役に立つんだよ……今を見て今に役立つこと教えてくれよ」

「何やら世の若者が内心で思ってそうなことを仰っていますが……」


 ピトッ、と。ユリスの横に腰を下ろしたアイリスが体を寄せる。


「ご案内ください、ご主人様。正直、そんな気にする必要もないと思いますが、できるメイドは試験でもしっかりとサポートさせていただきます」

「……勉強教えてくれるの?」

「カンニングのサポートです♪」


 可愛い笑顔でサラッと凄いことを言うお嬢さんである。


「よし、当日はサポート頼む」


 そして、この男も凄い真顔で凄いことを肯定した。

 命のためならなりふり構っていられないという気持ちがありありと伝わってくる。


「そういえば、ご主人様」


 肩を寄せているアイリスが体勢を変え、胸に抱き着きながら口にする。


「今思ったんですけど、ご主人様って結構体温低いですよね。真冬に寒中水泳でもしたんじゃないかってぐらい冷たいです」

「しれっとスキンシップが過剰になってるよな」

「ダメですか?」

「いや、別に」

「やった♪」


 胸に頬擦りしながら、アイリスは思う。

 服を着ているのにもかかわらず、伝わってくる冷気。冗談めかして言ったが、本当に真冬の湖にでも飛び込んだのでは? なんて疑ってしまうほど、ユリスの体温は冷たい。

 まぁ、抱き着いている側は服越しなので「冷たくて気持ちいい」ぐらいのものではあるが。


「それで、実際のところなんでこんな体温低いんです? 冷え性なら極まりすぎてるんで病院行くことをオススメしますけど」

「あー……今、魔力の総量を上げようとしてるからな」


 ユリスが口にすると、抱き着いているアイリスが首を傾げる。


「あれ? 急に温かくなりました」

「単純に、さっきまでずっと魔法を使いっぱなしだったからだ」


 魔力総量は生まれながらの体質によって決まる。

 たとえば、元々魔力の入る器が大きい人間の魔力は多く、逆に器が小さいと魔力も少ない。

 この器というのは、体の成長と共に大きくはなってくるものの、どうしても体質に比例して大きくなるので、成長速度に差が出てしまう。

 しかし、器は筋肉と似ている。器は魔力を使い続ければ自ずと大きくなるもので、普段魔法を使うか使わないかも総量を上げられる要因となってくる。


「俺の属性は『氷』だから、周囲に影響を出さない程度で使い続けるにはこれしかないの。だから、真冬でも短パン一丁で雪に突っ込む元気な男の子みたいな体温になってたってわけ」

「……もしかして、普段からずっとやってるんですか?」

「そうじゃないと意味がないんだよ」


 ただ魔法を使い続けるだけなら簡単だ。

 適当に訓練場にでも行って器の中の魔力が空になるまで撃ちまくればいい。

 しかし、一度のオーバーワークよりも継続して運用し続けた方が成長速度は段違いだ。

 だからこそ、ユリスは寝る時も食べる時もお風呂に入る時も、魔法を行使して魔力を使い続けている。


 ───これはゲーム中盤で明かされた訓練方法。

 おかげで、今となっては同年代では横に並ぶ者はいないほど総量が上がっていた。


(ゲームでは後々出てくる主人公の師匠がこの方法を使ってたんだよなぁ。ありがとう、どこにいるかも分からないお師匠さん……悪役こいつ、ニート手前のおデブちゃんでかなり酷かったんです)


 転生してすぐのことを思い出し、ユリスは少しだけ遠い目を浮かべる。

 そんな主人を見上げて、アイリスは首を傾げた。


「まぁ、なんとなく理屈は分かりましたけど……キツくないんです?」

「めっちゃキツいですけどなにか!?」

「そ、そんな食い気味で反応されるとアイリスちゃん困ります……」


 物凄い形相で迫ってきた顔に、アイリスは一瞬だけたじろいでしまう。


「……魔法を使い続けると当然魔力減っていくじゃん? そ、そんでさ……魔力が全部なくなったら吐き気とか頭痛とか酷いんだよ……寝ている時、急に吐き気が襲ってきた時のあの寝付けなさとか……もう……ッ!」


 今でこそ努力が実ってそこまで厳しくはないが、昔のことを思い出すと遠い目から涙が零れ出る。


「よーしよし、情緒が建設途中の桟橋ぐらい不安定なご主人様、泣かないでくださいねー」


 そして、そんなさめざめと泣くユリスの頭をあやすいように優しく撫でるアイリスであった。



「はいはい、今からカンニングのお勉強しましょうねー」

「ぐすん……するぅ」

「な、なんでしょう……ご主人様の弱っている部分にキュンキュンしちゃいました……ッ!」

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