従者VS中ボス
バルコニーから飛び出した二人が着地したのは、湖がよく見える畔であった。
靡く風が冷たく感じるのは、周囲に広がっている氷の膜が影響しているのか?
しかし、そんな違和感も……子供でありながら異常とも呼べる
「いひゃ……いひひひっ」
外に投げ出された際に鳩尾に蹴りでも食らったのか、確かな痛みがロニエの腹部に広がる。
しかし、ロニエの顔には苦悶とは真逆の不気味な笑みが浮かんでいた。
(外が異様に静かってことは、他の連中はやられちゃったってことかにゃぁ~? つまり、お姉ちゃんもハクくんも他の騎士と戦ってるって感じぃ?)
あくまで予想であり、実際にどんな状況になっているのかは分からない。
しかし、それでも。
焦る様子も急ぐ様子もなく、ロニエは叫びに似た興奮をありったけに響き渡らせた。
「さぁさぁ、素敵な
それを受けて、対面にいる茶色の髪を靡かせる少女は……蛇腹の剣を広げた。
「うっせぇですね……こっちは、リベンジマッチができりゃいいんですよ」
ただ、その時のアイリスの顔にもまた、同様の笑みが浮かんでいる。
「あの時の借りはしっかり返しますよ! ガキだからって容赦しないのが美少女メイドってもんです覚えときやがれッ!」
「ははッ! あの時、手も足も出なかった人間が何か言ってるっ♪」
ロニエが腕を振るう。
空気の圧縮。限界まで縮めた空気は、壁同様の強固さを誇る。
それを、振るった方向へ全力で叩きつける。
見えないからこそ、避けるのは不可能。どこまで逃げればいいのかが不明な現状、初見では確実に対処は無理。
しかし―――
「それ、もう体験済みなんですけど!?」
アイリスが蛇腹の剣を真横に振るう。
すると、何故かアイリスの横の地面が抉れるだけで、吹き飛ばしたいはずの少女の体は五体満足で立っていた。
「ふぇっ?」
「種さえ分かっていれば、
アイリスは瞳にハートを浮かべながら、少し前に話していたユリスとの会話を思い出す。
『いいか、あのテンションの高いガキの魔法は空気の操作だ。見えない攻撃は、単に振るった方向へ圧縮した空気の壁を叩きつけているにすぎない』
『そうなんですか? でも、空気だったらどうやって躱すんです?』
『壁は壁、斬り込みさえ入れれば霧散する。っていうわけで、あんまりビビらなくてもいいぞ? 絶対に魔法を行使するにあたって予備動作があるからな、対処なんていくらでもできるさ』
ロニエの魔法は空気の操作。
しかし、操作した空気に指示を飛ばさなければ、相手に攻撃を与えることはできない。
つまり、その動作さえ注視していれば……どこから何が来るかは、おおよそ予測ができる。
「うんうん、そんなことない……まぐれだよまぐれなんだよ!」
「試してみます?」
一回、だけでなく二回、三回とロニエが腕を振る。
それでも、アイリスは揺れ曲がる不規則な蛇腹を振り回すだけでしっかりと地面に足をつけていた。
「なんでぇ!?」
「ではでは、次はこの美少女ちゃんが客席を沸かせる番ですね!? 皆々様、世にも珍しい武器での攻撃……予測できますか!?」
驚くロニエに向けて、世に二つもないであろう蛇腹の剣が振るわれる。
管を通して伸びきった刃は鞭のように揺れ、そのまま地面を抉りながらロニエの体へと目掛けて迫る。
だが、ロニエは揺れ動く剣の途中をしっかりと片手で掴んで引いた。
「予測はできないけど、キャッチはできるし?」
そして———
「まったく、こういうので
ロニエの体が持ちあげられ、地面へと叩きつけられた。
「がはッ!?」
「こんな重たい武器振ってんです! 腕力脚力は、美少女に似合わないほど搭載されてますぜ☆」
その隙を逃すほど、アイリスは甘くない。
一気に地を駆け、蛇腹の剣を振るいながら倒れるロニエへと迫る。
「ちィッ!」
起き上がり、真っ先に迫ってくる蛇腹の剣を拳で弾く。
しかし、次の瞬間に懐へ潜ってきたアイリスの蹴りが鳩尾へと突き刺さった。
「ばッ!?」
「私の剣を掴んでいるのは、圧縮した空気を腕に纏って触れさせないようにしてるんですよね!? でもっ、その防御は局所的な部分だけ!」
空気の操作は、触れられない気体が対象故に使用が難しい。
そのため、攻撃を行う際も一方向の気体しか操作が難しく、自身に纏う際も局所的にしか守れない。
いや、正確に言うと全体に纏うことはできるのだが……防げるのは、威力の弱い簡単な攻撃だけ。
アイリスのような強大なパワーを持った刃を防ごうとするのであれば、局所的に集中するしかない。
そうすれば、もちろん他の部位はがら空きになってしまうわけで―――
「ならッ! 攻め立ててしまえば、なんの脅威でもないってわけですよ! 勉強になりましたかね、ガキんちょ!」
「~~~ッ!!!???」
「まぁ、全部ご主人様からの受け売りですけど♪」
アイリスの蹴りがロニエの首に突き刺さる。
防ぎたい……けれど、防いでしまえば、一番驚異的な蛇腹の剣が身を斬り裂いてくる。
だからこそ、防ぎ切れない攻撃だけがしっかりとロニエの体に叩き込まれていく。
(ふ、へひっ……)
近接戦で、ただ魔法の才能に身を預けていた少女が、アイリスに勝てるわけがない。
何せ、魔法の才能では劣るが、アイリスは近接戦闘においては大人をも凌ぐほどの類稀なる才能を持っているのだから。
でも、それでも。
「もうっ、さいっこう……!」
ゴッ、と。アイリスの掌底が腹部に突き刺さり、小柄な体が湖の淵まで転がっていく。
「そうだよっ! こういうのだよっ! 痛くて怖くて泣き叫んじゃいそうなこの緊張感! 臨場感! 生きてるからこそ味わえる! 生きているって教えてくれる! こんな私が唯一生きてるって実感できるこの瞬間が素晴らしいッ!」
捨て子は捨てられてしまうほど、命の価値はない。
何をしても邪険にされ、生きていても他人の邪魔でしかない。
―――どんな場所に行っても、生きている実感なんて産まれてきてから一度もなかった。
だからこそ、幼い少女は生きている実感を望む。
たとえ、それが命を落とすきっかけになったとしても―――
「ありがとうメイドのお姉ちゃん! 今日という日……さいっっっこうに生きてる感じがするぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
ロニエは大きく息を吸い、叫ぶ。
「『わっ!!!』」
それは、声を空気に振動させ、相手の鼓膜を狙う一撃。
声の増幅によって与えられる身体的ダメージは、致命傷を受けるほどではない。
しかし、
立っていられなくなるほどの障害を、しっかりと与えることができる。
(そっからは、私のターン! 今まで受けた
だが、その目論見も。
まやかしだったということに、ロニエはすぐに気が付く。
「本当に、あなたはモーションが大きいんですよ」
「……ぁ?」
倒れるはずのアイリス。
蛇腹の剣を携えた少女が、真っ直ぐとこちらに向かって迫ってくる。
その耳には、どうしてか耳栓がされており―――
「そういうのも、ご主人様から聞いてますし。私の大好きな
そして、次の瞬間。
ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!! と。
ロニエの脳天にアイリスの足が鈍い音を奏でながら叩き込まれた。
「あ、がっ……」
「まったく……お転婆も大概にしないと、将来困ったさんになりますよ?」
意識が飛び、地面に崩れ落ちるロニエの体。
それを見て、アイリスは背中を向けて歩き出す。
「まぁ、お説教は私の役目ではないので、気晴らしだけで終わっておきます。精々、牢屋の中で歪んだ性格直してきてくださいね、クソガキ」
───二度目。
シナリオにはなかった中ボスキャラとの戦闘は、月夜の下で終了する。
結果は、悪役のメイドの手によって下された。
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