第5話
リベリコウスが私は輝術が使えないと暴露した次の日から周囲は変わった。
何故これが使えないのかという憐憫の視線。
欠陥品だと見下す蔑みの視線。
その視線は大樹で勉強を行う時だけではなく里を歩いている時も感じるようになった。その時は決まってリベリコウスがニヤニヤとした表情で遠巻きに私を見ている。
十中八九あの男が私のことを周囲に言いまわしているのだろう。
授業中でも私への嫌がらせは続いた。
歴史の勉強では木簡が、輝術の勉強では石板が毎回私に回ってこないのだ。エレオスもそれが分かっているのに素知らぬ顔をしている。
一度は相談した。しかし、取り合ってはくれない。
挙句の果てに輝術が使えないんだからなくても同じだろうと言われる始末。
その時のことは忘れられない。
父様とおじさんから殴られ過ぎて体中が痛くて重くなることはあったが、それとは別の感覚。
胸がグッと締め付けられ、お腹の中に重りでも入って来たかのように体が重くなる。
痛くないのに重くなる。
その次の日には話しかけられない日があった。
その次の日には机の上に泥やゴミが散らばっていた。
その次の日には机ごと部屋からなくなっていた。
誰がやったかなど明白だった。
リベリコウスだ。あの男しか考えられなかった。
輝術何て使えない。だから、力の限り拳を握り締めて殴り掛かった。ニヤケ面を粉砕してやろうと思った。
だけど出来なかった。
拳が届く前にリベリコウスと一緒になって行動し始めていた同期のアブスィークの輝術が私に突き刺さったのだ。
大気を圧縮してぶつけるだけの単純な輝術。術式さえ読み解けていれば解除も簡単なものだ。だけど、術式を作ることも読み解くこともできない今の私ではどうすることもできなかった。
「ハハハハッ! 面白い動きをするじゃないか!! 何ださっきのは? もしかして俺を殴ろうとしたのか。ハハハハ!! それはないだろう、輝術が使えないからって殴るって何て野蛮なんだ!! お前、まさか獣人の血が入ってるんじゃないか!!」
それは最大限の侮辱だった。
森人族が嫌悪している獣人族。恩を仇で返した獣人族の血が入っている。それはつまり、私だけではなく家族も馬鹿にしたのも同然だ。
もう一度殴ろうとするが、結果は同じ。
今度は土弾が額に炸裂して地面に倒れる。
額から血が流れる。
僅かな抵抗として睨みつけるが、相手が怖がる素振りなどない。むしろ、血を流す私を目にして楽しんでいることに気付いた。
「何を睨みつけてるんだ。俺達森人は輝術を無詠唱で使えて当然なんだぞ? それなのにお前はそれ処か術式すら作れない落ちこぼれ。そんな態度が許されると思っているのか?」
「そうだぞ。もっと頭を低くしろ。それとも教えないと分からない馬鹿なのか?」
「お前等に、下げる頭何て——ないッ」
あるはずがない。
嫌いな奴に下げる頭何てない。
輝術をぶつけてくるリベリコウスやアブスィークは勿論。
見て見ぬふりをするエレオスも素知らぬ顔で石板にナイフで術式を刻む女の子も、関わりたくないとさっさと逃げ出す男の子にも。
媚び何て売らない。助け何て求めない。絶対に。
父様とおじさんとの訓練が嫌だからここに来ることには喜びがあった。だけど、ここも同じだった。
居場所などなかった。
だが、父様とおじさんに訓練された時とは違う感情が胸に渦巻いた。
父様とおじさんには私を相手にする時に感情はなかった。
不出来な娘を叱ってはいるが、それは形だけ。もう無理だと諦めていた。おじさんも同じだ。こんな娘が武術など出来るはずがない、やるだけ無駄。だけど言われたから、と訓練という作業を行っているだけだった。
この二人は違う。
——楽しい。
自分より弱い奴を虐めるのが楽しい。自分の力で誰かが這いつくばるのが楽しい。優位に立つのが堪らない。
そんな感情を感じ取れた。
だから——負けたくないと思った。
痛いのは嫌だし、無視されるのも虐められるのも悲しかった。
だけど、そんな下劣な奴に負けたくないと思えた。
「輝術だけ鍛えても意味ないんだよ!」
椅子を投げてからタックルを決める。
同じように輝術で椅子を撃ち落とす二人だが、砕け散った椅子の破片に怯み、私のタックルへの対処を遅らせた。
「ガアァアアアアアアア!!!!」
「こ、この野蛮人っ——」
「うわぁあああああ!!?」
リベリコウスに馬乗りになり、拳を顔面に叩き込む。
顔面が変形するぐらい強く殴りつける。
母様からは森人は礼節と節度、気品が大事だと言われていたがもう頭にない。
「おら、おら! どうした!! 輝術がなければ何も出来ないか!! この、このっ」
「何をしているのです!! さっさとやめさせなさい!!」
腕を足で抑えてリベリコウスの顔をひたすら殴る私にエレオスが動いた。
さっきまで見て見ぬふりをしていたのに、優等生が傷つけられているとなると態度を変える。腹が立った。
リベリコウスに止めを刺し、今度は近づいて来るエレオスに向けて殴り掛かる。
「ウラァアアアア!!」
「な——狂犬かっ!? こんのっ糞餓鬼がっ」
だが、拳は届かなかった。
拳が届く前にエレオスの輝術である風の刃が私の腹を切り裂いた。
殴られることはあっても斬られることはこれまでなかった。
痛い、と感じることはなかった。
それよりも、まるで悪人でも成敗したかのように満足げな表情をするエレオスとその周囲の気味の悪い笑顔の方が嫌に頭の中に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます