第9話友誼編
試練を無事に合格した後、私は一目散に母様の所へと走った。
胸の中に飛び込んで抱きしめて欲しかったが、もう戦士として認められたのだ。一人前に足を突っ込みかけている森人がそんな恥ずかしい行動は出来ない。
合格して当たり前という態度で胸を張る。むふー。
リベリコウスやアブスィークが合格するのが可笑しいだのもう一回だなどと口うるさかったが全てを無視した。
試練は一度きり。負け犬の遠吠えに耳を貸す通りはない。
——のだが、何と訓練官がその負け犬の遠吠えに耳を貸しやがった。もう一度、試練を行うことはなかったのだが、輝術を出来るか出来ないかを評価に加えやがったのである。テメェ、夜道には気を付けろよ?
不合格は免れたが、お陰で私は最低評価。
むしゃくしゃする。イライラする。こんな時ぐらい気持ちよく一位を取らせろよ。だけど、まだ嫌なことは続いた。試練とは関係ない所でだ。
クソ野郎が母様に近づいて体を要求しやがったのだ。
怒りが湧いた。そして、甘かったと痛感した。
試練で武力による圧倒を見せなければ、クソ野郎はデカい顔をすることは出来ないと高を括っていた。
なんせ、あいつが私に教えたのは武術と体の鍛え方だけだ。怪物との戦闘経験は誰にも言わずに一人で行っていた。
その怪物との訓練経験を積ませたとまるで自分自身がやらせたように口にするとは考えもしなかった。
本当に許せない。何なのだあの男は。
確かに私はお前に鍛えられた。
この体も、剣技もお前がいたから身につけられたと言っても良い。
でも、やっていないことまで自分の手柄だと口にしたら駄目だろう。
そんなに欲しいものなのか。そんなにも汚いことをして、恥ずかしい真似をしてでも手に入れたいものなのか。
——気持ち悪い。
一人前だからと胸に飛び込むのを我慢していたけど、もう関係なかった。
母様に飛びつき、家に帰ろうとせがむ。
突如割って入って来た私に母様は驚き、クソ野郎は忌々しそうな視線を飛ばして来た。こちらもギロリと睨みつける。
無理やりにでも母様を引っ張って家に向かう。背中からねばねばした視線が絡みつく。
良い日になるはずだったのに、とても嫌な日になってしまった。
夜が明けてもその気分は直らない。
だけど、それをずっと引き摺ってはいられない。試練が合格した者は、今日長の血族に面会を許されるのだ。
場所はそれぞれ別々で、家に長の血族からの連絡が来てから一人で向かう手はずになっている。
これは次の長を決めるための争いが既に起きているからだ。
試練は私たちの力量を見るのとは別に、長の血族の方々が自分に仕えて欲しい森人を見極めるための場でもあるらしい。これを知ったのは試練が終わった後、母様から聞いた。
私の所に手紙が来たのは昼頃。
そわそわとしながらいつも使っているお気に入りの場所で待っている時に連絡が来た。
準備を手早く済ませて家を出る。
向かう先は森人の里から少し離れた場所だった。
里の長の血族がこんな場所にいるのかと疑問に思ったが、呼ばれたのならば行くだけだ。
辿り着くと里長が住んでいる大樹よりは小さいものの、巨大な樹木の上に作られたツリーハウスがあった。
一気に駆け上がり、扉の前に立つ。
里長の血族なのだから使用人でもいるのかと思ったが、姿も見えないし、静かで気配も感じられない。
扉の前に立ち、ノックをしてみる。
中で小さな悲鳴と何かが割れる音がした。
「だっだだだだだだれ!?」
物凄い動揺っぷり。
見てもないのに小鹿の様に震えている姿が目に浮かんだ。しかし、誰とは少し失礼だ。呼んだのはそちらだと言うのに。
「私はヴェネディクティアの娘、リボルヴィアにございます!!」
「リボルヴィア? それって確か昨日の試練に出てた人の名前よね……な、何の用なの!?」
「え……こちらに来いと連絡が届いたのですが」
「嘘ぉ!?」
扉の奥からは驚愕した叫びが聞こえる。どうやら本当に知らないようだった。それでは私に手紙を出したのは誰なのか。
悪戯か、誰かが悪戯で手紙を出したのか。だとしたら、不敬にもほどがある。それとも、扉の奥にいる里長の血族がこちらを揶揄っているのか。
嫌な気分が残っていたせいか、思わず苛々してしまう。
相手が嫌がらせをしているのならば、容赦など必要ないのではないか。そんなことを考えてしまう。
「私は近衛戦士何て要らないから! お父様にはそう言って、あなたも他の所にいきなさい!! はいこれ!!」
扉が少し開き、木簡が出てくる。そこには細かな文字で里長へ物申しの言葉が書かれていた。
「……これ私が持っていくのか」
憂鬱な気分になりながらも、取り合えず私は里長のいる大樹の方向へと足を向ける。
子供がそう簡単に会えるものなのか、そんな不安はあった。そして、その不安通り会うことは出来なかった。
どうすれば良いのか途方に暮れる。
そんな私を助けてくれたのは、母様の妹であり、里長の補佐をしているフェリクスだった。母様と性格が似ていて優しく、輝術が使えなくても見下したりしてこない人だ。
試練で使っていた剣もフェリクスが手に入れて来てくれたもの。だからこそ、私はこの人のことを母様の次に信頼していた。
フェリクスのおかげで里長に面会することは出来なかったものの、木簡を渡すことには成功した。
その結果、私が誰に仕えるかは里長の血族が決めたのではなく、里長自身が決めたということが分かった。
里長の血族と里長自身の言葉。
どちらかを優先するかは分かり切っている。
私はフェリクスにお礼を言った後、再びツリーハウスに戻って来た。今度は遠慮はしない。扉を破壊して中へと入る。
「失礼します!!」
「ぎゃぁああああああ!!? て、敵襲うぅぅううううう!!」
甲高い叫び声が木霊する。
目の前には白い髪の少女。年は私よりも下だろう。
椅子から転げ落ち、物陰に隠れようとしている。
「敵襲じゃあありません。アルバ・サンクトス様」
アルバ・サンクトスそれが目の前の少女の名前だ。
里長の血族であることを証明する白い髪をしているが、里長のような神聖さはない。
「ふぇえ!? その声はさっきの人! 何で家の中に入って来てるんですか。私は許可した覚え何てないですよ!!」
「ご安心を、里長から許可は頂いております」
「何一つとして安心出来ない!! 何が目的でここに来たの!?」
「そんなもの一つしかありません。私が貴方の近衛戦士として私が指名されました」
「知ってたよぉ!!」
「それでは何故お聞きになったのですか?」
「現実逃避に決まってるじゃん。嫌ぁぁああ!! 戦力何て手に入れたらお兄様とお姉様方に目を付けられるぅううう!! 帰って、ねぇ帰ってぇええ!!」
「なるほど。だから、里長から連絡が来たのか」
それはつまり私は誰にも選ばれなかったということ。
やはり輝術か、輝術なのか。見る目のない者共め。
「はぁ、帰れませんよ。里長の命令には逆らうことは出来ません」
「そ、そんなぁ……お父様、何でこんな人を送って来たんですかぁ」
床にへたり込み、涙目になるアルバ様。
末妹にしてサボり魔の噂がある人だ。
保有している輝力の量も少なく、一人では輝術の発現も難しいのに真面目に授業や訓練に取り組まないと噂されている人物。
里長はサボり魔には落ちこぼれを一緒にしておけという考えなのだろう。
思わずため息が出る。仕えるのなら誰でも良かった。だが、試練を一番で合格しても誰にも評価されていないというのは寂しいものだ。
それでも仕方がない。そう思うことにする。
他の評価よりも大切なのは母様に心配を掛けないことだ。ならば、我慢出来る。
「それでは今日からよろしくお願いいたします」
「嫌ぁあああぁあああ!! 私一人の癒しの空間がぁあああ!!?」
アルバ様が頭を抱えて泣き崩れる。
里長にあった神聖さが本当にないな。少し幻滅して来た。
それでもやらなければならない。
頑張ろう。落ち込んだ気分に鞭を打ち、私は気合を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます