第8話

 はずれの道を選んでしまって半日を無駄にした。

 行き止まりから入口まで戻るだけなら時間はかからなかった。

 ゴブリンや岩に擬態して獲物を狩るロックミミックという芋虫の怪物が出たがそれも問題はない。全て貫き、切り捨てた。

 本当ならもっと早く、かかった時間の半分の時間で戻ってくることが出来ただろう。なら、何で半日も時間がかかったのかと言うと——通って来た道が落石で塞がっていたからである。

 誰がやったのかは何となく予想がついている。ベで始まってリジと続いてスで終わるあの腰巾着のクソガキハゲバカ野郎だ。後で夜に後ろから股座を蹴り上げてやる。


 石と土砂には剣も通じず、輝術を使えないため手を使って撤去することになった。おかげで爪は剥がれ掛け、手は血塗れだ。

 再び、別れ道の前に立つ。

 残りの時間は半日もない。

 間違えても二度、三度ぐらいは猶予はあるはずだったのに、もう間違えることは出来ない。


 焦る心を落ち着かせるために大きく息を吸う。

 ここで間違えば試練は合格出来ない。

 妨害があったから何て言い訳は通じない。落ちこぼれが予想通りの結果を出して見苦しく騒いでいる。そう思われるだけだ。

 クソ野郎のおかげで立派になったなと言われるのも嫌だけど、母様に心配させ続けるのはもっと嫌だ。

 どうすれば良い、どうすれば合格出来る。

 考えろ、この状況で私に何が出来るのか。思い出せ、これまで培ってきた経験を。


「手持ちの道具は投擲用ナイフ三本。油一瓶。ロープ五メートル。松明一本、火起こし道具。薬草。残り時間は半日。石は洞窟の奥にある。洞窟の奥に続く道は一つだけ。ここまで来るのに森の中を馬で掛けている。獣道には匂いのキツイ薬草があった。衣服に薬草が付いているかも。地面は昨日の雨で濡れていた。靴底に泥が付いているかも…………」


 洞窟の床に視線をやる。足跡はない。

 神経を尖らせ匂いを嗅ぎ取る。持っている薬草と同じ匂いはどの道からもしない。

 手がかりがない。

 落ち着け、落ち着け。深呼吸だ。もっとよく見ろ。他に何か手がかりがあるはずだ。

 見ろ、思い出せ、考えろ。

 輝術を使えばこんな問題は簡単に解決出来るだろう。物探しをする輝術があると母様から聞いたことがある。

 私にはそんな便利なものはない。だから考えなければならない。


「——これって」


 視線を下に向けてあることに気付く。

 よく見ると一つの道の床だけすり減っているのだ。この道だっと反射的に体が動いた。

 そうだった。

 床の上を歩けばすり減るのは靴底だけじゃない。床だってすり減っていくものだ。この洞窟は何十年も試練で使われていた。ならば、すり減っていても可笑しくはない。

 遺跡で怪物の群れを探索していた時にそれを知ったはずなのに、焦り過ぎて忘れてしまっていた。


 これでも足の速さには自信がある。

 自分自身の体を矢にするように。剣を番えて前傾姿勢で走る。

 怪物共の相手をするために足を止めているのももったいない。

 クソ野郎に教えられた剣技ではなく、独自に習得した突き技で走りながら怪物を突き殺して奥へ、奥へと走る。


 体感で初めに選んだ道よりも更に奥へと進んだ頃だろう。

 何かが焼けた臭いを嗅ぎ取り、獣の唸り声を耳にする。誰かが犠牲になった。最深部が近づいている。そう予感して剣の柄を更に強く握った。


「ッ——黒神の眷属か⁉」


 洞窟の最奥にいたのは見上げるほど巨大な黒い獣ブラックキマイラ

 橙級とうきゅうに匹敵する怪物だった。

 だが、それ以上に目を引いたのは、後ろに青白く輝く宝石。あの怪物を突破しなければならないのだと悟る。


「落ちこぼれだと!? 何でこんな所にいるんだ!!」


 私の姿を見て驚愕するリベリコウスが目に入る。その隣にはアブスィークが、私を挟んで反対側には同年代で唯一の同性だった森人の少女がいた。

 黒い獣の足元には一人の焼死体がある。

 消去法で残りの冴えない森人の少年だろう。炭になっており、最早面影などない。しかし、特に気にはならない。接したこともなかったからだ。


「あいつを囮に使え! 俺達は側面から攻撃するんだ!」


 うるせえな黙ってろ。

 どうやらこの黒い獣に苦戦していたのだろう。人の死も初めて見てしまい動揺もしている。

 情けないったらありゃしない。

 こんな奴のために囮になって溜まるものか。


 速度を緩めずに黒い獣に向けてまっすぐ走る。

 黒い獣は正面を向き、大きく口を開いた。

 これまでの経験で巨大な怪物に向けてまっすぐ突っ込んで行った時、怪物が取る行動は幾つかあった。


 1.真っすぐ突っ込んでくる。

 2.飛び掛かり、上から抑えようとしてくる。

 3.遠距離からの攻撃——すなわちブレスやら衝撃波やらを飛ばしてきたりする。


 共通するのはどれも相手を真正面からねじ伏せようとすることだ。

 ゴブリンのような小物ならば姑息な手を使ってくるが、こういう怪物は自分の力を絶対的なものだと信じている。

 全く以ってやりやすい。そう思った。


 予想していた内の一つの行動が出て来て準備していたナイフを大きく開いた口目掛けて投擲する。

 口の中に刺さったナイフに黒い獣が怯む。

 すれ違いざまに剣を振るって片目を潰し、続けて足元に油を撒き散らした。


「じゃあね木偶の坊」


 殺して力を示すことが出来るが、今はやることがある。

 碧い宝石を手に取り、油で足を滑らせている黒い獣を尻目に来た道を逆走。

 黒い獣をあっさりとやり過ごした私に驚いたのだろう。全員が目を見開いている。お前等にそんな暇はないと言うのにお気楽なことだ。


 黒い獣が獲物を逃がして堪るかとばかりに口の中に刺さったナイフを気にせず炎を収束して放ってくる。

 その行動が予想通り過ぎてほくそ笑んでしまった。

 黒い獣が炎を放った瞬間、足元に撒いていた油に引火し、獣自身が炎に包まれる。

 試練の最終地点を守る怪物にしては呆気ない最後だったな。


「この落ちこぼれが、俺を置いて先に行くなんて許されると思っているのかッ」


「…………」


「おい、お前無視するんじゃない!!」


 そんなの知ったことじゃない。お前等が遅いのが悪いのだ。

 引き返す私を見て生き残った全員が慌てて青い宝石を手に取り、追いかけてくる。だが、遅い。遅すぎる。そんなのじゃゴブリンにだって逃げられやしないぞ。


 騒ぎ立てる連中を無視して私は洞窟を駆け抜ける。

 リベリコウスやアブスィークよりも前に出られたことが嬉しくて怪物に不意を突かれて傷を負ってしまったが、それ以外は問題なく入口へと戻ってくる。

 洞窟のすぐ傍には同年代たちが乗って来たであろう馬がいる。

 全部逃がしてやろうか、とも考えたが、そんなことをすれば妨害行為と捉えられかねない。今回は諦めよう。


 そして、洞窟へと向かった時と同じように森の中を直線で突っ切る。

 森を抜けた頃にはもう太陽が山に沈みかけている最中だった。

 ゴールには誰もいない。

 息を切らしながらも訓練官に碧い宝石を見せつける。


 一位だ。一位に慣れたのだ。

 順位何て付けられてはいないが、それでも一位に慣れたことには意味があると思う。

 輝術の才能が全くないと言われて、煙たがられて来た。将来はどうなるのか、何の保証もされていなかった。

 輝術が使えなくても勝負にはなる。全てはやり方次第。それが証明出来たと思う。


「母様、見ていてくれましたか……」


 私はもう大丈夫です。安心してください。

 誰よりも私が出来ることを証明したい人を思いながら、碧い宝石を胸に握り締めた。

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