第7話
二年後——。
私は七歳になった。
相も変わらず私の待遇は変わってはいない。
リベリコウスやアブスィークを始めとする同世代の連中に苛められ、大人には冷たい視線を向けられ、戦士には侮られる。父には期待されず、渋いおじさん改めクソ野郎には更なる過酷な訓練を強いられる。
容赦も加減もない。
厳しいだけの生活だった。
夜道で襲われた、食事に毒物を盛られた、実践訓練で競争をした時、訓練官とリベリコウス、アブスィークが手を組んで私を谷に突き落とした。
逃げ出したいと思った。殺してやりたいと思った。
それでもこの里で、犯罪者にも脱走者にもならず過ごせたのは母様がいたからだ。
傷を癒し、何があったのか相談にのってくれた。抗議もしてくれた。そのせいで母様が被害に遭うこともあったけれど、変わらず母様だけは私の味方だった。いや、新しく紹介された母様の妹も含めれば二人か。その二人が味方だった。
それが支えになったから今の今まで頑張ることが出来た。
今の私は近接戦闘だけならはクソ野郎よりも強い、と思う。
等級があればハッキリするのだが、残念ながら剣士である私にこの里の連中は等級を付けたがらなかった。
等級というのは、輝術師や剣士、戦士の強さを分けたものだ。
一番下が、色なし。等級のない者たち。
続いて
才能のない者がどれだけ努力しても、寿命を延ばしたとしても辿り着く限界点が翠級とされており、才人が生涯をかけて辿り着くのが茈級と言われている。
では、その上にある蒼級と緋級は一体どんな人物が辿り着くのかと言われているのかと言うと、もう怪物とか人ではない何かの領域だと言われている。
その更に上があるのだが、ここでは割愛しよう。
森人は七歳になると長の血族と顔を合わせる機会を得る。
戦士としての卵が、次代の長になるかもしれない者と交流し、今の内に信頼関係を築くためだ。
それは一人前という訳ではないが、戦士の端くれとして認められるということ。
そのための最後の試練が始まろうとしていた。
私を含めた同年代の五人が数十人の訓練官の前に並ぶ。
長の血族は五人兄弟姉妹。人数だけならば一人ずつ仕えることの出来る人数だ。だが、試練に合格出来ない者が長の血族と顔を合わすなど許されるはしない。
「ふん、よく来たな落ちこぼれ」
金髪の髪を後ろに束ね、茶色いローブを身に纏った私に声を掛けて来たのは同じく茶色いローブに身を包んだリベリコウスだった。
「死ね」
「クク、デカい口を叩くなよ。助けてやらないぞ?」
「私に殴られて大人にチビりながら助けを求めたお前に助けを求める? 笑えてくるね」
「ッ——ここはお前が来る所じゃないんだ。身の程を弁えるんだな」
捨て台詞を吐き、それ以降は喋らなくなる。
その調子で未来永劫黙れば良い。
「これより試練を始める」
数十人いる訓練官の内の一人が前に出てくる。
値踏みするように視線を送り、私の所まで来ると顔を顰めた。露骨すぎる。
「これから諸君には目の前にある森を抜け、先にある洞窟に入り、奥に配置してあるこの宝石を日が沈むまでに取って来て貰う」
手に掲げたのは碧い宝石。
それは外界で売れば城が一つ手に入れられるとも言える代物だった。
確か、今から行く洞窟でも取れると聞いたことがある。
「全部で五つ、洞窟の奥に配置してある。くれぐれも他の者の分も盗ってこないように。我々は諸君を監視している。騙そうとしても無駄だ。他の者の分も盗ろうとした瞬間、その時点で失格だ」
隣にいるリベリコウスが小さく舌打ちを零す。こいつ、やる気満々だったな。
「加えて、他の者の妨害、手を組んで試験を突破することも禁止だ。分かったな?」
全員がこくりと頷く。
それに満足したのか訓練官は元居た場所へと戻っていった。
「もう一度言うが、試練終了は夕刻だ。それでは頑張り給え」
その言葉と同時に全員が動き出した。
始まりの合図などとっくにされていた。
それが分からない者などここにはいなかった。
私は真っすぐ森の中目掛けて走り出し、他の四人は親に与えられた馬に跨り、森を目指していた。
森の中には一本だけ洞窟へと続く狭い獣道がある。四人はそこにいの一番に入るために争っているが、私はそこには向かわない。
馬と森人の足ではどちらが早いかなど考えるまでもない。
普通に競っては一番後ろを走ることになる。
順位が付けられてはいないが、輝術が使えないかで優劣が決まる森人が他の者を抑えて一位になれば、母様も安心してくれるはず。
だからこそ、負ける訳にはいかない。
四人が森の中にある獣道を利用するならば私は森の中を突っ切る。
馬に乗っていない私を嘲笑う声が聞こえる。周囲には誰もいない。つまりこれは幻聴だ。だけど、必ず誰かは笑っているのだろう。
所々にある私と同じ大きさの木彫りの人形や岩を掘り出した人形がある。その目を通して訓練官たちは私たちを見ているのだ。
「ふー……」
深く息を吐き、嫌な考えを頭から追い出す。
そんなことを考えている暇はない。私は一番にならなければいけないのだから。
森の中を走るのは慣れている。
地面は凸凹。昨日の雨のせいでぬかるんでいたり、滑りやすくなっていたりしたが二年間も走り続けて来たのだ。
この程度の環境は経験済みだ。
息を切らせることなく走り抜けることが出来る。
汚れた水場を飛び越え、蔦を使って大ジャンプをし、枝から枝へと跳ぶ。
その最中、森の中に仕掛けられていた罠が発動し、矢や石つぶてが飛んでくる。それを全て腰に差していた剣を抜き放ち、叩き落した。
ふ、またつまらぬものを斬ってしまった。斬ってないけど……。
試練なのだ。罠が仕掛けてあるのは当然。驚きはしない。恐らく同年代たちの方にも罠が仕掛けられているのだろう。
生い茂った木々のせいで同年代の森人の姿は見えない。
時折争い合う声が聞こえるが、それだけだ。
明らかな妨害行為ならば止められるだろうが、競い合う程度ならば許すのだろう。
森にある獣道は洞窟まで直線ではなく大回りだ。対してこちらは森を突っ切る直線コース。
距離は短縮できるが、あちらは馬だ。
突き放せるか、それとも——。
「チッ遅かったか」
視界に入った洞窟の前に見えたのは三匹の馬と洞窟へと消えていく森人。あれは確か獣人の話が来た時に怒りを露わにしていた女の子だ。
リベリコウスの馬も見えたことで私は速度を上げる。
何があろうとリベリコウスとアブスィークには負けたくはないのだ。
速度を上げて洞窟へと入る。
視界の端ではアブスィークの姿が見えた。つまり、あの男がビリ。ざまぁないね!!
後ろから何か聞こえるが無視して洞窟の中に突っ込む。
昼間と言えど洞窟の中は暗い。
明かりも用意されていないため、自分で用意しなければならない。試練が始まる前に用意した松明に火を付ける。
明かりによって照らされたのは四つの別れ道。最初の難関だ。どれを選ぶかによって帰るまでの時間が決まる。
「こっち!!」
時間にして一秒にも満たない間に即効で決断。選んだのは一番右端の
どれが正解のルートかなど分かりはしない。ただの感だ。間違っていても構わない。間違っていればまた最初からやり直すだけだ。
別れ道に入ってからすぐに獣臭さを嗅ぎ取る。
「ゴブリン……数は八か」
前方には子供の背丈程度の大きさの緑色の怪物——ゴブリンがいた。
顔中に皺があり、髪は禿げており、腰には汚い腰巻を付けているだけ。
手には石でできた斧のようなものを持っている個体もいれば棒切れを持っただけの個体もいた。
松明の火で分かっていたのだろう。ゴブリンたちは甲高い悲鳴にような声を上げてこちらに向かってくる。
八対一。ゴブリンは最弱だと言われているが、数が揃えればそれなりの脅威だ。かく言う私もゴブリンには何回か負けている。
修行の一環でクソ野郎に投げ込まれた洞窟。狭い場所で碌に剣も振れずにこん棒で殴られ、石剣で斬られ、半ベソかいて逃げることになったのだ。
あの時の個体ではないが、恨みを晴らさせて貰おう。
懐からナイフを取り出し、投擲。狙いは後方にいるゴブリンだ。
「ギャギャギャギャ!!」
後方のゴブリンが足を止めている間に前方にいるゴブリンが跳び上がって棒切れを振り下ろしてくる。
その動きは遅く、単調だ。剣で迎撃するまでもない。
棒切れを掴み、隣に走っていたゴブリンにぶつけ、最後に足で頭を踏み潰す。ぐちゃっとした感触を獣の皮で作った靴底で感じ取る。
続けて近くのゴブリンたちに向けて突きを放ち、頭や体に風穴を開ける。狭い洞窟で剣を振り回すのは悪手。これはゴブリンに負けた時に学んだ経験だ。
まだ息のあるゴブリンに油をふりかけ、ナイフを投擲して足止めしたゴブリンに向けて蹴り飛ばし、松明を投げる。
一瞬にして炎が上がり、まだ無事だったゴブリンごと火に包まれた。
「っと、やっぱりいたね」
松明の小さな炎では分からなかったが、炎が大きくなったことで洞窟の見える範囲が広がる。
洞窟の僅かな窪み。普通は見逃してしまいそうな所に隠れていたゴブリンを見つけてほくそ笑む。
奴等はこうやって隠れて人を襲う。
奴等はずる賢い。獲物が予想以上に強かったら味方を囮にして隠れ、油断する瞬間を待ち、襲い掛かる。
これもゴブリンに負けた時に学んだことだ。
「不意打ち、数にさえ気を付けていればお前等なんて敵じゃない。サッサと片付けさせて貰うぞ。こんな試練で躓く訳にはいかないんだ」
ゴブリンが持っていた棒切れと布で新しい松明を作り出す。
暗闇は敵だ。明かりを絶やさないことが勝利条件の一つ。例えゴブリンが相手だろうと油断はしない。
松明と剣をそれぞれ片手で持ち、ゴブリンたちに向けて突っ込む。
目に見える範囲でゴブリンを殲滅するのに、そう時間はかからなかった。
ただし、私が選んだ道ははずれで行き止まりだった。
………くそったれめ。
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