第6話

 同世代の交流が始まった日、リベリコウスやエレオスに暴力を振るったことが父様に知られた時、父様は私を叱った。

 何をしてくれたんだと、恥をかかせる気かと。

 悪いのは私で、リベリコウスやエレオスは被害者だと言った。

 私は悪くないと言いたかった。だけど、反論何て許されなかった。だから、もうこの日から私は父様のことを父様だとは思えなくなった。


 父様とおじさんは嫌いだ。

 期待なんてしないくせに厳しい訓練をさせる。

 同年代の子供も教師をしているエレオスも嫌いだ。

 一人じゃ何も出来ない癖に集団になったら強気になって苛めてくるし、エレオスはそれを見て見ぬふりする。

 里の人たちも嫌いだ。

 輝術が使えない。その噂が広がってからずっと陰口と蔑みを口にする。

 戦士の奴等も嫌いだ。

 教育が終わってもお前は行くところ何てない。戦士にだけはなるな。部隊に厄災が降りかかる何て嗤われた。


 嫌いな奴に負けたくはない。苛められる奴に仕返しをしたい。

 最初はそう思っていた。

 だけどずっと怒り続けるのは疲れる。

 厳しい訓練を受け、苛められる日々が続くが、怒りはそう長く続かない。嫌なことが続くせいでどんよりとした気分の方が大きくなる。


 痛い、帰りたい、太陽の光りで暖かくなるあの机の所に行きたい。

 今頃母様はあの場所で編み物をしているはずだ。

 父様とおじさんと違って優しい母様は胸に抱いて子守唄を歌ってくれるはずだ。前はずっとやってくれていた。

 あそこに戻りたい。母様の胸に顔を埋めて寝たい。

 家に引き籠って母様の手伝いをして生きていく。将来はそんな生活をしよう。それなら誰も邪魔しないし、母様が護ってくれる。


 毎日毎日、厳しい訓練の中、苛められている中そう思う。

 その通りに出来たらどれほど良かったか。


 いつもそこまで考えると、母様の言葉が浮かび上がる。

 その日も、暴力を振るったことがバレて父様に叱られた後のことだ。体も精神もボロボロになった私を抱きしめて口にした言葉。


 ——ごめんなさい。


 たった一言だ。

 だけど、その言葉を受けて私は一人で生きられると証明しなければと思った。

 その日の内に私は初めて自分の意思でおじさんの元まで行き、頭を下げた。


 森人は脆い。殴れば一発で自分自身の拳を痛めてしまうほど脆い。

 だからこそ体術は最低限にし、剣術をただひたすら覚えた。

 里の隅っこにあるおじさんの家で、剣術を覚える時は丸太相手に木剣をひたすらぶつけ続けた。掌に出来た豆が潰れても続けた。


 身体能力を鍛えるために森の中を石を体に括りつけて走ったこともある。

 術式を作れない以上、私は動き回るための体と体力を作る必要があったからだ。


 実践も前以上に取り組んで痛みに慣れようとした。

 今日もまた実践を行っている。

 目を瞑ったおじさんを木剣を持って奇襲する。

 いつでも、何処からでもかかってこい。そう言ったおじさんの脳天をかち割るために振り下ろした木剣に手加減はない。


「気配が出過ぎだ。輝力で強化もされていない。そんな一撃が当たるものか」


「ッ!?」


 脳天目掛けて振り下ろした一撃は躱され、お礼とばかりにお腹に重い一撃が入る。

 お腹を押さえ、地面を転がる。

 痛い、痛すぎる。こうなるのは今日で三度目だ。

 一度目、二度目は朝食と胃液が巻き散らされたがもう三度目になると吐き出すものすらなくなったのか、込み上がってくるものはない。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ!!」


「甘い、それでは傷一つ付かんぞ」


 続けて放たれる二撃目の蹴りが顔面に直撃する。

 根性で起き上がろうとした所にこれだ。

 おじさんは一度倒れたら徹底的に追い込んでくる。容赦がない。


「倒れるな。五秒以内に起き上がれ」


「ぐぅうぅうううっ……」


 何度も倒される度に自分の力は上がっているのだろうかと不安が過る。

 リベリコウスやアブスィークは新しい輝術が使えると出会う度に自慢し、実験として放ってくる。あの二人と違い、目に見える成果が出せないからこそ余計にそう思ってしまう。


「……もう体力がなくなったか」


 中々起き上がれない私を見ておじさんは溜息をつく。

 嫌々私の面倒を見ている。そんな態度だった。


「私がお前の面倒を見ている理由が分かるかリボルヴィアよ」


 知らん。


「お前の母親——ヴェネディクティアに頼まれたからだ。あの女は昔から男達の間では人気の娘だった。音楽や芸術に長け、美しく、お淑やかな乙女であった。あの時の出会いは今も忘れられん」


 …………え? 惚気?

 何故か唐突に嫌な予感がしてきた。


「お前の父親に輿入れが決まった時は誰もが血涙を流したものだ。それほど惜しい女だった。私など悔しさのあまりお前の父親を殺してやろうと思ったほどだ。だが、出来なかった。実際奴の輝術としての腕は里でも上位だったからな。だから、私は里を出た。森人が習得していない戦い方を習得し、あの男を叩きのめしてやろうとな」


 そんな下らないこと考えていたのか。

 近接戦闘に対応するためとか考えて尊敬しようかと考えていたのに、返せよ私の気持ち。

 私の中でおじさんの評価がどんどんと下がっていく。

 だけど多分これで終わりじゃない。絶対この後更に評価が下がる言葉を口にする。そんな気がした。


「まぁ、それも無理な話だったがな。結局外で手に入れた武術とやらは役立たず。輝術の前では意味をなさない。私は諦めたよ。綺麗サッパリとな。しかし、暫く経ってから彼女がまた私の所へと来てくれた! そして、子供に武術を教えて欲しいと頼んで来た! 私にも遂にチャンスが来たと小躍りしたよ」


「……そうですか」


「そうだとも! この私がお前を一人前に育てればどうなると思う? ヴェネディクティアはお前を愛しているからな。願いを叶えれば、私はヴェネディクティアに一生分の借りを作れる!! だからこそ、お前には一人前に早くなって欲しいのだよ」


 母様とこの里出て行ってやろうかなと本気で思った。

 何だこの気色の悪いおじさんは。渋くて気色悪い何て誰に愛されるんだ。少なくとも私はごめんだ。

 借りで何をするんだろうとかは考えたくはなかった。というかこの人に教えを乞いたくない。縁も記憶も消して他人になりたい。


「だからこそ、お前はもっと体力を付けろ。寝る時間などお前に必要ない。勉強の時間もだ。どうせ大した成果など出せないのだ。私との訓練の時間を増やせ」


「父様と母様に相談しておきます」


 嘘だ。相談なんてしない。

 武術の訓練を怠るつもりはない。母様のためにも。だけど、絶対にこいつのおかげで一人前になれたと思われたくはない、思わせてはいけないと思った。

 寒気がした。鳥肌がたった。

 真面な森人などいないのだと改めて認識させられる。


 このクソ野郎を母様に近づけてなるものかと心に誓った。

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