第10話
アルバ様に仕えるようになって一ヵ月。
私はここの所ずっとアルバ様の所に毎日通って使用人紛いのことを行っている。
近衛戦士の主な仕事は護衛に先輩である戦士団の人たちと一緒に里の近くに寄ってくる怪物の掃討だが、仕事は少ない。
アルバ様が危険に遭遇することは少なく、私が戦士団の人たちと一緒に仕事をすることはないからである。
里の近くにいれば怪物に襲われることはないし、アルバ様は末妹で後継者争いには積極的ではない。
アルバ様は私が来たらお兄様やお姉様に目を付けられると言っていたが、所詮私は余り物だ。
輝術が使えるか使えないかが評価基準の連中が、輝術の使えない森人が一人里長の血族の中でサボり魔の近衛戦士になった所で危険だと判断されることはないと思っている。
二週間ほどはアルバ様もビクビクしていたが、それからは命の心配はないと判断したのか、今ではいつも通りに過ごしている。
「アルバ様、お茶が入りました」
「え、あ……ありがとう」
訂正、いつも通りではない。多分。
アルバ様は明らかにこちらを意識している。
寛ぐことなく、鬱陶しそうに視線を飛ばしている。
我慢出来なくもないが、私もいい加減に鬱陶しくなってきた。
「アルバ様、何か御用でしょうか?」
「……何でもない」
視線を向ければ慌ててアルバ様は視線を外す。
言いたいことがあるのなら、言えばいいのに。私も好きでこの場所にいるのではないのだ。できるなら母様と一緒にずっといたい。
と、そこまで考えて朝の出来事を思い出す。
「そう言えば、アルバ様。里長から
部屋の片付けをしながらアルバ様に連絡する。
途端にアルバ様は苦虫でも噛み潰したかのような表情をした。乙女がする顔じゃない。
「うぇええ……お父様も無茶を言うなぁ。輝力の量はそんなにないって言うのに」
面倒くさそうにアルバ様が溜息をつく。
「こちらが石板になります。明日もまた持ってくるとおっしゃっていましたので早めに終わらせましょう」
「この課題の期日は三日後じゃなかったっけ?」
「今日の課題と明日の課題は別だと言う意味でしょう」
「そ、そんな——」
アルバ様が絶望の表情を浮かべる。
だけどそれで期日が伸びることはない。石版をアルバ様の前に置き、逃げようとしたアルバ様を無理やり座らせる。
「昨日準備していた果物の天日干し……」
「そんなものを食べている暇はありませんよ」
私からはそう見えないが、血族の中ではアルバ様は輝力の量は少ない。だからこそ、努力するべきなのだ。
そうしなければずっと馬鹿にされ続けるし、一番大切な人も安心させることができない。
アルバ様は人目を避けてこんな場所に逃げたから分からないのだろう。落ちこぼれで居続けたらどうなるか。
「アルバ様、お覚悟を。終わらない限りここからは動けないと思って下さい」
「お、横暴すぎる……」
横暴でも何でも良い。必要なのは努力することだ。
私が来るまではアルバ様はこういった課題からは逃げて来たらしいが、私が来たからには逃がしはしない。
力が無ければどうなるかなど私が一番分かっている。
里長の血族を私と同じ目には遭わせられない。
今日この日、私はこの人を一人前の森人にしようと心に決めた。
「さぁ、始めますよ!」
「ひぃいいぃっ……私の平穏がぁ」
涙目になりながら、アルバ様が石板に向かい合う。
「それが終わったら礼儀作法をお教えいたします」
「礼儀作法? い、いらないよ。私は人と関わるつもり何てないもん」
「それは許しません」
「でも——」
「許しません」
文句は受け付けないと笑顔で黙殺する。
アルバ様も礼儀作法は習って入るのだろうが、サボっているせいで所作が洗練されていない。
これはいけない。里長の血族ともあろう御方がこんなのでは立派な森人にはなれない。
一人前にしてみせると決意した手前、これは許せなかった。
「他にもアルバ様が身につけなければならないものがあるか、探しておきますね」
礼儀作法、それにお腹周りだろう。脂肪がつきにくい種族だと言うのにアルバ様のお腹には肉が乗っている。何であんなことになったんだろうか。
他にも探せば欠点は見つかるだろう。
その日から私はアルバ様に訓練を施すようになった。
勉強が嫌だと駄々をこねれば笑顔で楽しみにしていた果物類を捨て、休憩時間を減らし、逃げ出そうとすれば即座に捕まえて椅子に座らせる。
礼儀作法を覚えたくないと口にすれば、後ろからずっと付き纏い所作について指摘し続け、運動が嫌だと口にすれば剣を持って追いかける。
アルバ様が泣いてもやめはしない。
サボり癖のあるアルバ様を甘やかせば、本人のためにはならないからだ。
毎日毎日アルバ様を観察し、効率の良い訓練方法を考える。輝術の方はからっきしだから放置したが、アルバ様のために十分努力しただろう。
こんなに頑張ったのだ。アルバ様も少しは真面目になってくれると思っていた。
なのに——。
「もう嫌!! 何なの!? 毎日毎日私を虐めて楽しいのっ。少しは休ませてよ!!」
アルバ様は毎日訓練を嫌がった。
「アルバ様、私は貴方を虐めているつもりはありません」
「嘘よ。嘘嘘絶対に嘘!! 剣を持って追いかけてきた時笑ってたもの! 楽しんでた!!」
「笑っていません。無表情でしたよ?」
「そんなことない。笑い声が聞こえたもの!」
「空耳では?」
「私には聞こえたの!!」
アルバ様の言い草に溜息をつく。
床に転がり、手足をじたばたさせて駄々をこねる。私がこんなことをしたらいつでも拳が飛んできたと言うのに。
「アルバ様、何故そんなに嫌がるのですか? アルバ様はこのまま自堕落の生活を続けるのですか?」
「っ自堕落じゃないし! 薬草取ったり、果物取ったりしてるし!!」
「それご自分が食べるためじゃないですか。しかも最近はご自分で行かず、私に取りに行かせていますよね。更にお腹に肉が付きますよ」
「~~~~っ」
アルバ様が一瞬だけ言葉に詰まり、お腹を腕で隠す。やはり、気にしていたらしい。
「でも嫌よ! だって貴方厳し過ぎるもの!! 輝術の勉強は分かるまで机に縛り付けられる。運動ではゲロ吐くまで走らされる。礼儀作法では駄目な所が直るまで永遠に指摘され続ける。もう精神がどうにかなりそう!!」
「それはアルバ様がサボろうとしたり、逃げようとするからです。そうしなければ私も普通にしますよ」
「はい嘘!! 私が真面目にやってても厳しくしたでしょ!!」
「そんなことありません。というか、一度も真面目に勉強や訓練をしたことありましたか?」
「な——」
アルバ様の表情が固まる。
どうしたんだろうか。口調が癇に障ったのだろうか。
やればできるのに、やらないのは私は嫌いだ。だから、里長の血族に向けるには無礼な言葉だったのかもしれない。
でも、仕方がないじゃないか。里の連中から馬鹿にされ続けて来た私は母様を安心させたいと言う一心で努力して輝術を扱えなくとも同年代の森人に負けないくらい強くなった。
境遇が似ているアルバ様も同じぐらい努力すれば、サボり魔とは言えなくなるはずなのだ。
里長の血族だから私よりももっと優秀な結果出せるかもしれない。里の連中もアルバ様のことを罵る者はいないから祝福はするだろう。
「もっと真面目に勉強や訓練をしましょうアルバ様。だって貴方は里長の血族です。努力すれば、それにふさわしい結果はすぐに出ますよ」
そう口にして、私はアルバ様に手を差し出す。
厳しいのが駄目なら優しくだ。今後は口を出すだけにしようと決める。それならアルバ様もやる気になってくれるはずだ。
「こ、んの——ばーーーーーか!!!!」
「え、な!?」
大きな声を上げたと思ったら突然アルバ様は輝術を発動する。出て来たのは浴びたら全身火傷間違いなしの熱湯だ。
ギリギリの所で熱湯を躱し、床に転がる。その間にアルバ様は扉を開け放ち、外へと飛び出していった。
突然の奇行に頭に血が昇る。
「ふざけるな……何が馬鹿だ、突然キレる奴がいるか!!」
怒声を上げて追いかける。
ずっと頑張ってアルバ様を立派にしようとしてきた。なのに怠けてばかりで真面目に取り組みもしないのに、熱湯をぶっかけてくるなんて許せるはずがなかった。
里長の血族とかもう知ったこっちゃない。キツイ仕置きをくれてやる。剣を抜き放ち、私はアルバ様の後を追いかけた。
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