第30話

 襲って来た怪物たちを片っ端から斬っていく。

 五十程度では殺しきれないと判断した男が、更に追加で百体ほど投入してくるが、ヴェスティアが暴れまわったおかげで戦況は有利のままだった。

 数十体近く腹に納めてもまだ満たされていないらしく、百体追加された時には目を輝かせて飛び出していった。

 胃袋どんだけだ。


「ぐぅっクソ、何でこんなことに」


 予想とは違う結果に男は歯噛みしている。

 大方私たちが泣き叫びながら、殺されると思っていたのだろう。

 剣でも投げたらこちらに落ちて来ないだろうか。そしたら、叩きのめしてやるのに。怪物の餌にするのも良いな。


「おのれっ薄汚い異種族の分際でこの私に恥をかかせるか」


「お前が勝手にかいたんだろうが、こっちの実力も把握しないでざまあないな」


 先程の怪物たちの実力は精々橙級とうきゅう。新しい剣術、同じ橙級のキャニスの動きを経験していた私にとっては苦戦する相手ではない。

 背丈が小さいからどうせ油断していたのだろう。


「こうなればっ——勇者オフィキウム! この不遜な輩を撃ち滅ぼせ!」


 怪物の次は勇者か。

 そう言えば、港町には只人族の勇者がいたらしいな。勇者ってそんなポンポン現れるものなのか。

 というか勇者ってなんだ。選ばれし戦士みたいな意味か?

 どこからその勇者が現れるのか、気になり周囲を見渡していると怪物と同じように自ら人影が上がって来る。

 登場の仕方が怪物と同じで良いのだろうか。仮にも特別な地位に付いている身なのに。


「お前は——」


「久しいな。森人族の子よ。そして、星の獣よ」


「ガルゥウウウウッ!!」


 水から出て来たのはあの洞窟で私と対峙した海人族だ。


「やれぇいオフィキウム! 彼奴等は海神への献上品である宝酒に手を出し、人攫いに手を貸し子供を売り払っただけではなく、私を欺き、笑いものにしようとする輩だ!! 容赦はいらん。二度と私を笑うことができぬように頬を砕き、その皮を剥ぎ取ってやれ!! ただし、殺すなよ。最後は怪物共の慰み者にするのだ!!」


「…………」


「分かっとるのか貴様ぁ!!」


 上に立つ男の言葉にオフィキウムと呼ばれた海人族は返事をすることはなかった。

 その瞳は真っすぐに私たちを捉えている。上にいる海人族は、私が里でよく見た目をしている。つまり、私たちを蔑んでいる目だ。

 しかし、目の前においる男は違う。

 どんなことを考えているのか分からないが、少なくとも蔑むようなものではないと断言できた。


「使え」


「え?」


 オフィキウムが私に剣を投げる。

 それは私の剣だ。まさか、返してくれるのか。


「明らかに使い慣れていないように見えた。戦うのならば、その剣を使うが良い」


「顔立ち似ているのに随分と性格は違うんだね。それとも舐めているの?」


「侮っているつもりはない。俺はお前たちを戦士として認めている。剣を渡したのは別の理由だ」


「へぇ……」


「海神はこの戯れを見ておられる。我らの神にして親である海神の前で、他者を不利な条件で戦わせ、勝利しても海人族の誉れにはならん。それだけだ」


 オフィキウムが白い槍を構える。

 ある程度話しの通じる海人族の登場に少しばかり安心し、尋ねる。


「一応言っておくけど、私は人攫いの一味じゃないぞ」


「残念だが信じられんな。あの時襲って来たのはお前だろう。だが、お前が人攫いであるという証拠もまたない。だからこそ、この槍で見定めさせてもらう」


 オフィキウムが地面を蹴って接近する。

 速い。咄嗟に私は剣を構える。瞬間、火花が散った。


「ッ重い——」


 危ない。咄嗟に剣を構えなければ槍に貫かれていたっ。


「グガァアアアッ!!」


 ヴェスティアがオフィキウムに襲い掛かる。

 だが、これまでとは動きが明らかに違う。怪物には四肢を使って地面を駆け、牙と爪で襲い掛かっていたのに、今の動きは洗練された武人の動きになっていた。


『狼拳』!」


「ほう——」


 ヴェスティアの拳を真っ向からオフィキウムが受け止める。

 生身の拳で殴ったとも思えない轟音。槍が軋み、オフィキウムの足場には亀裂が奔った。

 何て威力。これまで手加減していたのか。

 いや、それにしても戦人流!?それは闘人族しか使えないものじゃなかったか!!?


「お前、あの時は全力ではなかったのか」


「あの時は酔っていただけだ!」


「そうか、ではあの時の続きを——」


「『無窮一刺』!!」


 オフィキウムの横顔目掛けて一刺しを放つ。が、当然のように避けられる。

 横に目でもついているのかと言うほどの反応速度だ。


「邪魔をするな!!」


「お前こそ邪魔だ。あいつは私がやる」


「残念だが、どちらもやれんよ」


 横から割り込んで来たヴェスティアに意識を奪われた瞬間、襲って来たのは槍の連撃。


「クソッ——」


「そんなの効くかァ!」


 体感的には雨だ。横から降って来る雨。たまらず後退するが、逆にヴェスティアはその雨の中を突っ切る。

 血を吹き出しながら、ヴェスティアはオフィキウムに殴り掛かる。

 よし、真正面はあいつに任せよう。こちらは裏から攻める。

 オフィキウムはかなり強い。恐らくは翠級すいきゅうよりも上、茈級しきゅうの戦士だろう。

 真正面に立てばあの突きが来る。

 威力、速度は私の無窮一刺となんら遜色ない。それが二撃、三撃と続けて襲って来るのだ。

 流石に私でも全てを防げない。だが、ヴェスティアは違う。あいつは肉体の強さと戦人流の防御術であの雨の中を突っ切れる。

 なら、私の盾の役割をやっても貰おうじゃないか。


「戦人流『鉄槌・連』」


 殴打に対し、オフィキウムは槍で全てを捌く。

 その槍の動きはまるで流水。何故拳の間合いであれだけ槍を扱えるのか、技量の違いに戦慄するしかない。

 でも——。


「絶望するほどじゃない」


 そう、絶望するほどではない。

 初めてデレディオスと出会った時はこんなものではなかった。

 あの男の一撃は受け止めることも、認識することもできなかった。後から殴られたという事実が分かったぐらいだ。

 それに比べればオフィキウムの一撃はまだ目で追える。


「行くぞ」


 円を描くように奔る。

 あの狭い牢屋の中での出来事を思い出す。飛び回るヴェスティアの牙から逃れるために足を止めずにいた日々。

 円を描く。ただそれだけだったのに私は速度を増していた。

 真っすぐに走る方が速く走れそうなものだが、何故かその走り方の方が私には合っていた。


「もっと、もっと速く」


 円を描くごとに体が前へと押し出される。自分の足だけの力じゃない。何かが私の背中を押しているような感覚があった。


「む、あれは——」


「うらぁあ!!」


 オフィキウムがこちらに視線を向ける。加速し続ける私に何か思うことがあったのだろう。

 しかし、ヴェスティアが拳を繰り出し、意識を逸らすことを許さない。

 脇腹は抉られ、片腕は折れ、額からは血が出ている。明らかに致命傷の傷もある。それでもヴェスティアは止まらない。

 繰り出された槍を掴み、自分の土俵に持ち込もうとする。だが、その領域ですらオフィキウムの方が上だ。

 あのままでは倒れるのはヴェスティアの方だ。こちらも急いだ方が良いだろう。


「もっと、速く——」


 ミシリ、と体中から音が鳴る。

 骨か、筋肉か何かが悲鳴を上げていた。まだ速くなれる。だけど、体が限界に来ているようだ。

 腹立たしい。あれだけ訓練したのにもうこの体は根を上げたのか。

 これでは足りない。今このままオフィキウムに攻撃しても避けられる。もっと速くなって認識速度を超える必要がある。


「根を上げるなよ。私の体ッ!!」


 皮膚が切れ、筋肉が潰れ、骨が砕ける。

 加速するごとに体が壊れていく。

 円盤型の決闘場の上から出て、水の上すら走り、加速し続けた体は一つの剣になる。

 ——ようやくだ。


「『無窮一刺』」


 剣を真正面に携え、地を蹴る。

 その瞬間、私の速度はオフィキウムの認識速度を超えた。

 槍と剣先がぶつかり、決闘場に衝撃波が奔る。


 耳鳴りが酷い、口の中が血の味で一杯だ。

 足も痛い、突きを放った右腕は衝撃に耐えられずにひしゃげている。

 それでも私は満足していた。


「な、な、なぁ———!!?」


 男の酷く狼狽えた声が響く。周囲からも息を呑む声が聞こえた。

 それも当然だろう。

 私の前には壁にめり込んだ彼等の勇者の姿があったのだから。

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