第31話
有り得ない。嘘だ。何が卑怯な手を使ったに違いない。殺せ。
周囲から悲鳴と罵倒が聞こえる。
どうやらかなり勇者が討たれたせいで——死んでないけど——気が立っているらしい。
オフィキウムがここで何とかしてくれないとまだ続けかねない。何とかしてくれないかなと思って突っついてみるが、反応はない。
「おい、あいつオフィキウムを殺す気だ!!」
「卑怯者め!」「それほど我らが憎いかっ」「やめろ、止めてくれぇ!?」「何でもする、だから彼だけはっ」
「はぁ……別にそんな気はないっての」
周囲の声を聞いて呆れてオフィキウムから離れる。
これ以上近くにいたら余計な勘違いを生み出しかねない。
視線を上に見上げれば、顔を真っ赤にしている海人族の男がいた。忌々しいとばかりにこちらを睨みつけている。
「マーレムルモルを放てぇ!!」
やっぱり戦いは続くらしい。
決闘場が震える。水の中から大きな影が浮かび上がり、巨大な口を持った怪物が出現した。
ぬるぬるとした体、爪もなければ牙もない。だが、大きい。決闘場の半分を占める肉体に家を丸呑みにできそうな巨大な口があった。
暴れないように所々に鎖が繋がれている。
ちらりとヴェスティアに視線を送る。
まだまだ彼女の戦意は衰えていない。登場した怪物相手に牙を剥き出しにして威嚇をしている。
よし、囮にして逃げよう。
こんな茶番劇に付き合うつもりはもうない。
即断で決断し、ヴェスティアと怪物がぶつかり合った所で逃げようと考える。
最初に放たれた怪物たちの死体を足場にすれば、観客席の所までは行けるはずだ。
「ハッハッハッハッ!! 楽しんでおるなぁ!!」
様子を伺っている真っ最中にその声を聞いて上を見上げた。
太陽を背に巨大な男が降って来るのを目にする。誰がなど問うまでもない。見慣れた姿、見聞きした声——デレディオスだ。
デレディオスが怪物に拳を叩きつける。
拳は怪物へとめり込み、決闘場の半分を破壊し、内部を飛び散らせた。
返り血を浴びながら、笑顔でデレディオスが宣言する。
「この戦い我も参加させて貰おう!」
参加するな。思わずそう口走りたくなった。
「フハハハハ! リボルヴィアよ。何だその顔は。まるで参加するなとでも言いたいようだな」
「分かっているなら参加するなよ」
「だが断る! 我の行動をお主に制限される謂れはないわ!!」
「クソ野郎が……」
豪快な笑い声が海人族の街に響く。
突然のデレディオスの登場に海人族はどう出るのか気になったが、予想とは裏腹に彼等は歓声を上げた。
「デレディオス様ー!!」「帰って来たのですね!!」「そんな奴等ぶっ殺してくださいっ」「オフィキウムの仇を取ってください!」
何でだ。
というかオフィキウムは死んでないぞ。
デレディオスの方に視線を向けると呑気に海人族に向けて手を振っている。
「ここに来たことあるのか?」
「ん? あぁ、そうだ。ここの海神に用があってな。確か、二百年前だったかな? その時に色々あって彼等を助けていたのだ。そこにいるオフィキウムにも稽古を付けてやったんだぞ?」
「……なら、あの人私の兄弟子か。というか、それなら私の誤解解けるだろ。私が人攫いじゃないって言ってやってくれ」
「まぁそれは置いておこう。些細な問題だ」
「大きな問題だ!!」
デレディオスの言葉に怒鳴り返す。
この野郎、私が勘違いされていることを些細な問題と言いやがった。肉の中に毒虫でも混入させてやろうか。
「落ち着け。我はな。お主の先程の戦いぶりを見て嬉しく思ったのだ」
「はぁ?」
「強敵相手に立ち向かい、己の限界を超える。見事と言うしかない。我の魂は熱く震えたぞ」
「それで何が言いたい?」
「我と戦え。この高ぶりは、戦いでしか収まることはない!!」
「このっ戦闘狂が——」
肉を食べた時のように眉間に皺を寄せて溜息を尽きたくなる。
最悪だ。まださっきの怪物を相手にする方が良かった。デレディオス相手じゃ逃げることすら難しい。
戦ったことは一度もない。セルシアでの戦いは戯れだ。たった一発の拳も視界に捉えることができなかったのだから。
「では始めるか。宴を!!」
「待てデレディオス、私は——」
「問答無用!!」
戦うつもりはない。そう言い切る前にデレディオスは襲い掛かって来る。
横っ飛びに逃げてヴェスティアの背後へと隠れた。盾になってくれ。
「フハハハハ!!」
「——って微塵も足止めで来てないしッ」
デレディオスに牙を剥いて襲い掛かるヴェスティアだったが、片手で払われ、地面に転がる。
あまりの呆気なさに悲鳴を上げてしまった。
「何処へ行くのだ? 戦うが良い!」
「こんの——」
「遅いわ!!」
一撃が私よりも速くて重い。
裏拳が頭部に直撃して意識が飛ぶ。朦朧とする意識の中、吹き飛んでいることも他人事のように思い、デレディオスを見ていた。
あんなのに勝てるか馬鹿野郎。
「ウグァアアッ!!」
「フン! 良き拳だ。だが——」
「ッ戦人流『雷』!!」
「戦人流を扱う者と戦うのは久しいな。楽しませて貰おうか!!」
ヴェスティアが拳を繰り出し、デレディオスがそれを体で受けて拳で返す。雷が落ちたような音が周囲に響いた。
体に当たる回数はヴェスティアの方が多いのにデレディオスは笑みを消さない。
化け物、そんな一言が頭に過った。
「どうしたリボルヴィア。お主は参戦せんのか。こやつだけでは我には勝てんぞ!!」
「ふざけんな。お前が相手じゃ戦い何て成立しないだろうが——」
「聞こえんなぁ。もっと腹から声を出せぃ!」
「ッ——!?」
デレディオスがヴェスティアを無視して私を直接狙う。
横に転がり、拳を避ける。
岩を切り出して作られた決闘場が拳で半壊する。
その威力に目を見開く。高ぶっているとは言え、仮にも弟子である私に向ける威力ではない。
「そんなもの、私に向けるんじゃない!」
「フハハハハ、効かん効かん!」
手加減も容赦もなく連続で突きを繰り出す。
それらをデレディオスは片手で受け止める。
人間の皮膚に当たっているとは思えない硬い感触。恐らく、輝力を纏っているのだろう。
いや、違った。纏っているんじゃなくて輝力が流れによる法則で私の剣が弾かれているのか。本当にややこしいッ。
私の剣もヴェスティアの拳も通じない。
デレディオス本人は殆ど何もしていないのに、こちらの体力と戦う気力が消費されていく。
「何だ。もっと全力を出して良いのだぞ?」
今やっているのが全力だ。この戦闘狂め。
「ふむ、お主等、本当にもうこれ以上の手はないのか? もう少しできると思っていたのだがなぁ」
デレディオスがやれやれと肩を落とす。
落胆。勝手に出てきておいて戦闘を始め、勝手に落胆する。
こちらは勘違いで罪を着せられ、殺されそうになっているというのに何て態度だ。
「飽きたのなら、もう戦うのを止めろ。こっちはもう限界なんだよ」
「何を言っておるんだ。限界を迎えた時が始まりだろうが」
脳味噌筋肉でできて良そうな感情論を言い出すデレディオス。肉体も精神も限界でなければ顔面に蹴りを入れている所だ。
満身創痍の私を見てもう戦えないと判断したのか。仕方がない。そう溜息をついたデレディオスを見て安堵する。
ようやく終わる。ほんの数分のできごとだったが、怪物を何十体も相手にするよりも疲れた。
「では、殺すか」
「は——?」
デレディオスの口から出た言葉に思わず思考が止まった。
その瞬間、腕が振るわれ、ヴェスティアと共に吹き飛ばされる。
「何の、つもりだ!!?」
「それはこちらの台詞なんだがな。お主、少し我のことを見縊ってはいまいか?」
何のことか分からず眉を顰める。
「我は闘人族。戦うために生き、戦いの中で死ぬことを誉れとする種族。こと戦いという場において我は誰が開いてであろうと容赦はせんし、戦いを蔑ろにする者には慈悲すら与えん」
「何が言いたい?」
「言わねば分からんか? お主、先程から逃げることばかり考えておるだろう」
「ッ勝てない戦いをやれって言うの?」
「その通りだ。戦士ならば戦いから逃げるな。戦え、嗤え、血に酔え。ここはそれが許されている場所だ。そこから逃げるのならば、戦士の資格はない。戦士でない者が分相応に飛び出して来た報いを受けよ」
豪快な笑顔も消えてデレディオスは無表情で告げる。
本気で言っている。冗談のようには聞こえない。
勘違いをしていた。
デレディオスは山賊や騎士崩れと戦った時に命までは盗らなかった。甘い奴、傲慢。その時はそう思っていた。
だけど違う。彼はジンクスを大切にしているのだ。
言っていたではないか。命を奪うことは後に必ず自分の身に災難となって降り注ぐと——。
ただの迷信だ。今もそう思っている。でもデレディオスはそう思っていない。だから、決闘や戦争と言った争いの場以外で殺しを我慢している。
人の形をした怪物。
本当のデレディオスの姿を見た気がした。
拳が振るわれる。掌底が迫る。足踏みで地面が割れる。風圧で体が吹き飛ぶ。
容赦のない攻撃に私とヴェスティアは死にかけていた。
勝てる訳がない。逃げろ、獣人を囮にしろ。全速力で走れば追いつけない。弱音の部分が都合の良いことを言ってくる。
多分だけど、それは戦士らしくない行為だ。デレディオスの怒りを買う。だからできないのだと自分に言い付け、奮起する。
それでも私の弱い部分は更に問いかけて来る。
それじゃあ、勝てる見込みはあるのか?と——。
「勝てる訳、ないじゃん……」
「いいや、ある」
もう殺されるしかない。そう思い掛けた時、横から声がした。
誰かなど考えるまでもない。ヴェスティアだ。
「さっきのやつをやれ。もう一度私が時間を稼いでやる」
「さっきのって……」
もしかしてオフィキウム相手にやった超加速からの突撃のことか。
「何言ってんの。あんなの避けられるか、叩かれるかだ。それに相手はオフィキウムよりも格上なんだぞ。私の一撃が通じる保証も——」
「通じるか通じないかとか考えてんじゃねぇ。やるしかねぇからやるんだよ。さっさと手を貸せとんがり耳野郎」
誰がとんがり野郎だ。私は女だ。
思い切り睨み付けるが、ヴェスティアは言いたいことだけ言ってデレディオスに突貫する。
あぁ、馬鹿だ。間抜けだ。真正面から行くなんて、しかも策とも言えないものを名案だとばかりに言い出し、こちらが了承もしていないのに勝手に始めた。
通じるかも分からないのにやるなんて馬鹿げている。
だけど、あいつは一つだけ正しいことを言った。
やるしかねぇからやる。オフィキウムに繰り出した一撃。あれが通じるかどうかはさておき、今の私が出せる最高の一撃だ。
「ガァァアアアアアッッ!!」
「良い、実に良いぞ! お主は誠の戦士だ!!」
「ッ馬鹿の癖に——」
駆け出す。限界を無視して——。
腹が立つ、悔しい、みっともない!!
あいつは真正面からデレディオスに立ち向かっていた。今までずっと。それなのに、私は逃げ腰だった。
負けたくない。あいつには、絶対に負けたくない。
私だって、立ち向かえる。
「ほう……だが、それを許すと思うか?」
デレディオスがヴェスティアと殴り合いながら、視線を私に向ける。
ヴェスティアは血を撒き散らしながら全力で拳を振るっているが、あの程度デレディオスにとっては片手間で対処できるものなのか。
デレディオスが決闘場に足を叩き付ける。
亀裂が奔り、衝撃で飛び上がった石の破片を掴み取ると、それを円をように走る私に向けて投げた。
石が背中を抉る。
痛みに思わず、地面に転がる。
「ッ~~~~アァアアアッ!!」
痛い、背中が熱い、怖い。死ぬかもしれない。
こんなことさせやがって。殺そうとしやがって。
負けるものか。一撃絶対くれてやる。
意地で立ち上がり、再び走る。
自分の打たれ弱さは嫌と言う程知っている。なら、もっと速く走れ。投石が追い付かないぐらい。影すら置いて跳べ!!
「少しは根性が付いたか。では、今度は……」
「お前の相手は、私ィ!!」
デレディオスの頭に巨大な石板が叩き付けられる。
決闘場の一部をヴェスティアが引き剥がしたのだ。
「その程度の攻撃は効かんぞ。我の鎧は頑丈だからな」
「ウゥゥウッ!!」
「さて、どうする? リボルヴィアに期待するか。あれが本当に我に通用するかな?」
「だったら——喰らってみろよ」
悠長に喋っているデレディオスに向けて狙いを定める。
もうこの時には私の体からは血が噴き出していた。だが、それが地面に落ちるよりも前に私が走る方が速かった。
一本の朱い線が決闘場に描かれる。
「ほう、これはなかなか。では我は」
「させるかっての!!」
「ぬ!?」
ヴェスティアが手元の鎖を引き寄せる。それはデレディオスが殺した怪物に付けられていた鎖だ。
鎖がデレディオスの体に巻き付き、動きを封じる。
「ほほう、気が付かなかったな。あの時だな? あの石板を我の頭に叩き付けたのは、視界を遮るためだったか」
「決めろぉ!! とんがり耳野郎!!」
「お前ごと串刺しにしてやるぞ臭女ァ!! 言われずともやってやるっ——『無窮一刺』!!」
教えを乞うている立場を忘れ、本気でデレディオスに向けて一撃を放つ。
体は傷だらけで限界だったのに、その一撃はオフィキウムに向けて放ったものよりも、鋭かった。
私の記憶はそこで途切れた。
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