第16話
獣人たちが娯楽を楽しむためのいつもの場所から少し離れた所にある大きな檻。
その中に私は立っていた。
今朝、檻ごと移動させられた私はこの中に放り込まれた。
何をさせられるのかは想像できる。
しかし、何故わざわざ場所を変えたのかが分からない。
「いつもの娯楽なら、あそこでも問題ないだろうに……今回は娯楽じゃないのか?」
周囲を見渡せば、獣人たちの姿がある。
だが、その表情はいつもと違う。
犬歯を剝き出して笑うこともなく、むしろ殺意を抱き、静かにこちらを見ている。
「(いや、違う。私じゃない。見ているのは……あっちか)」
獣人たちの視線を追う。
すると私と同じく木の上に作られた通路から檻が運ばれてくるのが視界に映った。
「白い、獣?」
チラリと見えたのは白く、長い髪だ。
獣人族が生み出された伝説にある白き聖獣を連想させる。
私と同じく檻の中に無理やり入れられるとその姿が露わになる。
「ウゥッ……ウゥウウウゥ」
「見た目とは違って粗暴そうだな」
痩せこけ、ダラダラと涎を垂らして目をぎらつかせる私と年齢が近そうな白い髪の少女の獣人。
白と言えば、森人と同じように里長の血族であることを示す象徴であるはずだ。何故こんな檻に入れられていたのだろう。
「って危ない!?」
不思議に思っていると突然白い髪の少女の獣人が襲い掛かってくる。
それも本物の獣のように牙を剥いて。
よく見れば他の獣人よりも牙は鋭く、爪は長い。何より獣臭さが酷い。
野生の獣に育てられたのかこの獣人は。獣人族の里長は一体何を教えているのだろう。自分の血族がこんな品のない状態になっているのに、何も思わないのか。
いや、それともこれが獣人族の教育なのか。
ならば、私は今この白い髪の少女の獣人の教育として使われていることになる。
「どうして私が選ばれたのかは知らないけど、良い気分じゃないな」
剣を抜き放ち、構える。
この私を利用しようと言うのならば、その思惑を打ち砕くまでだ。
「私は森人族ヴェネディクティアの娘、リボルディア。そこの獣、人としての教示が少しでもあるのならば名を名乗るが良い」
「ガァアアア!!!!」
「そうか。ならば、私はお前を人と思うことわない」
名乗ったのに白髪の獣人の女は、言葉ではなく牙を剥いて来る。
その時点でもう私はこの白髪の獣人の女に対して会話をする気が失せた。
飛び掛かって来る所を串刺しにしようと突きを放つ。
「(ッ硬い!?)」
狙ったのは額。
頭蓋を貫き、脳幹を破壊するであろう一撃はあろうこと薄皮一枚切れずに終わる。
まるで鋼鉄にでも刃をぶつけたかのような衝撃が腕に伝わり、思わず顔を顰めた。
「グガァアアアアアア!!」
「チッ」
剣を押し返し、喉仏に喰らいつこうとする牙をわざと倒れることで躱し、腹を蹴り上げる。
速さ、硬さ、強さ。
最初に出会った獣人たちよりもそれら全てが上だった。
そんな獣人を前にして、私は不敵に笑った。
「斬り応えのある奴がようやく出て来たじゃない」
森人族の中に、私に勝てる奴はいなかった。
走れば当然のように勝つし、戦えばチンタラと詠唱している間に距離を詰めて勝てる。
獣人族の中にも私に勝てるのは殆どいないだろう。
九年間、ずっと剣を握って来た。だが、当然のように勝てる者ばかりで自分が成長しているという実感がなかった。
だから、無意識に欲していた。
戦い甲斐がある者を——。
「最初に見つかったのが獣というのは、気に食わないけど……贅沢は言っていられないか」
「グウウゥッ」
「来なさい」
「ガァ!!」
白い髪の獣人の女が、同じように飛び掛かってくる。
その下に潜り込み、私は腹に向けて剣を振るった。
いくら筋肉があろうとも、骨のない腹には刃は刺さるはず。そう思っていたのだが、腕に伝わったのは額を狙った時と同じように腕に伝わってきたのは鋼鉄に当たったかのような衝撃。
思わず、舌打ちをしてしまう。
「お前は全身が鋼鉄でできているんじゃないだろうな」
「グギャガアアアッ!」
「何を食べたらそうなるんだかっ」
中々捕まらないことに苛立ったのか、白い髪の少女の獣人は檻の中を縦横無尽に駆け回る。
背後に回り、襲い掛かって来る所を躱す。
振るわれた一撃は地面を深く抉った。
「速度は私の瞬間的に出せる最高速度と同等。力は私より遥かに上、か」
やはり、身体能力で森人族が獣人族に勝つのは難しいようだ。
でも——。
「勝てない訳じゃない」
そう勝てない訳じゃない。
何より、既に勝利する方法は思いついている。
「それじゃ、そろそろ勝ちますか」
「グルルルルッ」
地面に罅を入れる脚力で白い髪の獣人の少女が左右に、上下に跳ね回る。
この速度についていくには私の無窮一刺しかない。
無窮一刺は一撃で敵を殺す技。自分の全身全霊を一撃に懸ける技だ。逆に言えば、一撃外してしまったら大きな隙を晒すことになる。
この狭い檻の中で縦横無尽に動き回っている白い髪の少女の獣人に無窮一刺を当てるのは至難の業だろう。
だが——。
白い髪の少女の獣人が接近してくるのに合わせて、外套を翻して姿を隠す。
これで相手から私の姿は見えない。
「ガァ!!」
白い髪の少女の獣人は怯まずに外套に向かって突っ込んでくる。
これも予想通りだ。
完全に理性というものがない獣人が、相手が隠れた所で罠を警戒するはずなどないというのは分かっていた。
だから、白い髪の少女の獣人が突っ込んでくるであろう経路から半歩ずれる。
外套が持っていかれるが、これで問題ない。
白い髪の少女の獣人は外套を頭から被ってしまい、視界が塞がれた。外套を引っぺがそうとしているが、動きが止まっている。
予想通りだ。
今度こそ、その頭蓋を貫く。
「——
動きの止まり、良い的になった白い髪の少女の獣人に剣を突き立てる。
「ハァアアアア!!」
鋼鉄にぶつかったような衝撃が腕にかかるが、そのまま押し通す。
剣を突き立てたまま白い髪の少女の獣人を檻に叩きつける。
会心の一撃だ。
あの速度で頭に剣を突き立てた。確実に相手は死んでいるという手応えがあった。
「んきゅぅ……」
「嘘でしょ。どれだけ頑丈なんだ」
だが、外套を剥がせばそこにいたのは額に少し傷のある白い髪の少女の獣人。
しかももう意識を取り戻し始めている。
獣人の頑丈さに呆れてしまう。
「チッ——死ななかったか」
「ん?」
ぼそりと檻の外で呟かれた言葉が耳に入る。
檻の周囲では獣人たちがお祭り騒ぎをすることなく、静観していた。
「……どういうこと?」
私に殺意を向けることは分かる。
だが、白い髪の少女の獣人まで殺意を向けるのかが分からない。
この戦いはこの少女の教育の一環ではないのか。そうでなければ、何なのか。
「ウゥゥッ。頭、痛い……あれ、お前誰だ?」
「さっきまでの記憶もないのか」
不思議に思っていると白い髪の少女の獣人が目を覚ます。
また戦闘になると剣を構えようとするが、白い髪の少女の獣人に敵意はなく、襲って来る様子もなかった。
少し、拍子抜けする。
「さて、どう脱出しましょう」
周囲の獣人たちも動き回っている。
何故戦わされたかの理由も分かっていないし、気になるが、今考えることではない。脱出が先だろう。
このままここにいたら、また何かと戦わされかねない。
「ジーー」
しかし、脱出するとは言ってもどうするか。
獣人たちが襲い掛かって来たとしても負ける気はしないが、檻はどうにもならない。この檻、私が閉じ込められていた檻同様に森人族にあるあの巨大樹と同じ材質だ。
「ジィーー」
これを破壊するには無窮一刺の十倍以上の威力が必要になる。
さて、どうするか。
「ジィィィーー」
「…………」
うん。放置していたけど、もう駄目だ。気になる。
何でこの白い髪の少女の獣人は私をずっと見つめているのだろうか?
尻尾だって振っている。何か私がしたのか。お前の琴線に触れるに触れることでもいたのか。
違う。私を見ているんじゃない。こいつの視線は私の腰辺りを凝視している。
何だ。尻派なのか。女の癖に尻が好きなのか。
「いや……お前が欲しいのはこれか」
僅かに思考し、外套の内側に隠していたものを取り出す。
それは、私が食べずに残していた肉だ。
見れば僅かに刺し傷がある。どうやら白い髪の少女の獣人が生き残っているのは、これが間に挟まっていたからのようだ。
それを取り出すと白い髪の少女の獣人は目を輝かせ、尻尾の振りが速くなる。
「まるで犬だなお前は……」
別に肉を渡すことに躊躇することはない。
食べることはないし、持っていても荷物になる。その内捨てようと思っていた所だ。
そこまで考えて、良い案が浮かんだ。
「よしお前、これが欲しいか?」
「ワオン!!」
「そうかそうか。それじゃあ、取ってこーい」
そう口にして肉を檻の隙間から外へと投げる。
白い髪の少女の獣人は肉を追い、当然のように檻に阻まれた。
だが、腹の減った猛獣がそれで諦めるはずがない。
牙を、爪を使って檻を破壊していく。
檻を破壊する速度は私が剣を振るうよりも早い。何より、食欲が彼女をより駆り立てていた。
「ニクゥゥウウウ!!!!」
「ま、不味い。ヴェスティアが外に出ようとしているぞ!! 刺せ、刺すんだ。槍を持って来い。外に出すな!!」
「その前にこっちが出るっての」
檻を破壊していることに気付いた獣人が慌てて槍を持ち出すが、もう遅い。
白い髪の少女の獣人に私も加勢する。
「無窮一刺」
岩をも砕く力と技を以て、一点集中で檻を破壊する。
一人では無理でも、利用すれば檻の突破は可能だった。
「ウアラァアアアアア!!」
「クソッ、ヴェスティアと森人が逃げるぞ!! もう二人とも纏めて殺し——」
「はい残念。死ぬのはお前の方でした」
指揮官らしき者を檻から出た瞬間に真っ先に刈り取る。
白い髪の少女の獣人の方は……真っすぐ肉を投げた方に行っているな。途中で子供も女も、止めようとした獣人の戦士ですら吹き飛ばしている。
そんなに腹が減っていたのか。
「おっと、こんなことしている場合じゃなかった」
混沌としている状況を利用して私はすぐさま里を抜け出すために走り出す。
途中で見つけた檻も嫌がらせとばかりに破壊し、中にいる者たちも開放する。無論、善意ではない。追手を分散するためだ。
騒ぎが大きくなっていくのを耳にし、ほくそ笑む。
「私を捕まえたのが、間違いだったね」
不潔な寝床、食欲の湧かない料理、血と快楽の狂宴。
不快な生活をこれでもかと体験させてくれた獣人族に向けて舌を出し、私は獣人族の里から脱出した。
それから、約二ヶ月後——。
大森林を抜け出し、丘を幾つも越えて、私は只人族の街にようやく辿り着いた。
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