第15話

「斬れ、刺せ、砕け、削れ、炙れ、燃やせ♪」


「随分と物騒な歌」


 剣と見間違うほどの包丁で肉を切り、人の頭ほどの大きさの鉄槌で骨を砕き、広場の中央にある巨大な焚火で串刺しになった人だったものを炙る。

 そんな獣人たちが口ずさむ歌を耳にし、ぼそりと呟く。


 森の中で獣人たちに捕まった後、私は獣人の里まで運ばれてより強固な檻へと装備もそのままに入れられた。

 剣を振るっても傷一つつかない強靭な木材が使われている檻だ。

 恐らくこの木材は、里長が住んでいたあの巨大樹と同じものが使われているのだろう。神聖な木に何てことしやがるんだあの獣共。


 木の上に作られた檻に炎の煙と肉の匂いが漂って来る。

 檻の奥に行こうにも同居人がいるせいでそれができない。本当に獣は狂っている。肉を喰らうなんて蛮族なのか。いや、蛮族だったな。

 森人が好むのは果実、野菜、そして昆虫食だ。油と血と肉の匂いには慣れていない。


「ここが黒神の処刑場か」


 吐き気を催す臭いと光景に気分が悪くなる。

 まさか、こんな光景をずっと見せられるのだろうか。そう考えると余計に気が滅入った。


「…………」


 檻に背中を預ける。

 獣人は輝術が使えないというのは本当らしい。森人族の里で檻に入れられていた時のように触れても弾かれたりはしない。

 私のような異分子がいたらもしかしたら——なんて思っていたが、考え過ぎだったようだ。


「いやあぁあああっ!! 助けて、助けてぇえ!!」


 外で悲鳴が上がる。

 だが、珍しくはない。宴が始まってから度々上がっているからだ。

 ちらり、と横を見る。

 そこには私と同じように檻に閉じ込められた囚人たちの姿があった。

 この獣人族の里に侵入したのか、もしくは攫われたのかは分からない。分かっているのは、この私を含めて彼等は獣人の慰み者になる予定の者たちということだ。


「私は悪くない。悪くない。あいつが一緒に行けば問題ないって言ったの!! 私じゃなくてあいつを殺してよぉおおお!!」


「ふざけんじゃねぇこのアバズレが!! 獣人を狩ろうって言ったのはお前だろうが!!」


「飲め、喰え、騒げ。宴だ宴だ♪」


 只人族の女と男が互いに責任を押し付け合っている。しかし、残念。彼等の言葉は獣人には理解されなかった。

 獣人族と只人族で使う言語は違う。

 只人族の言葉で獣人族に助けを求めても、頭の悪い獣人族には理解できないだろう。尤も、理解したとしても助からないだろうが。


 丸太の上に抑え付けられた女の首に斧が振り下ろされる。

 血が流れ、首が転がり、歓声と悲鳴が上がった。

 これがこの獣人の里で行われている宴。

 よくもまぁこんなことをやるものだと感心してしまう。一体何が楽しくてこんなことをしているのだろうか。ただただ気持ち悪いだけだろうに。

 いずれ自分があぁなるかもしれない。そう分かっていても恐怖はない。殺されはしないという自信があるから。


 獣人たちは私に剣を持たせたまま檻に入れた。

 全く以って傲慢だ。

 檻は壊せずともお前等など何人でも相手ができるというのに。

 私にはやるべきことがある。母様を、アルバ様を外の世界に探しに行かなければならない。


 檻の扉が開く——その瞬間が勝負の時だ。

 好機が来るその時まで、剣の柄を握り締めて待ち続けよう。





 獣人に囚われてから一週間。

 私は未だに檻の中にいた。

 ここの生活は酷い。囚人だからとかそういう問題じゃあない。獣人たちの生活も含めて酷いのだ。


 森人ならば体を清めるのは一日に三度は行う。

 だが、獣人は一週間に一度しか体を清めない。おかげで体臭がキツい。女ですらそれだ。里に充満する臭いに鼻が曲がりそうになる。

 夜は常に宴だ。

 肉、肉、また肉。

 目も眩むようなほど炎を燃え上がらせて体力が尽きるまで騒ぎ立てる。終われば、宴で出たゴミはそこらへんにポイ、湖にポイだ。

 おかげで水も土も汚れている。

 これまでの常識が破壊される光景を見ているだけで発狂しそうだ。

 これは新手の拷問なのだろうか。


 そして、最後に一番酷いのが他種族を使った娯楽だ。

 何処から捕まえて来たのか、只人族や森人族を使って殺し合わせたり、決闘の相手にしたり、拷問したりとしている。

 今日もまた、只人族が一人の獣人の少年と戦わされている。どちらも年は私と同じぐらいだ。

 優勢なのは獣人の少年だ。

 只人族の少年は、ここ数日真面に食事をしていないのか痩せこけて、戦意もない。恐怖で逃げ腰になっている。

 対して獣人の方はギラギラとした目つきで獲物を定め、慣れた手つきで刃物を回していた。

 そんな二人が戦えばどうなるか。考えるまでもない。

 あっという間に只人の少年が組み敷かれ、腹に刃を突き刺される。

 悲鳴と歓声が同時に上がる。


「わざと急所を狙わないか。悪趣味だな」


 視線を切り、今日使われるであろう囚人たちを見る。

 獣人たちは、娯楽に使う分は毎日その日の朝に全員檻から出して、縄で縛って外に放置している。

 当然見張りは付くが、見張りも娯楽に夢中で殆ど縄に縛られた囚人たちを見ていない。

 ここ最近ずっと見ていたがずっとだ。


 この檻から出されたらまず私もあそこに行くのだろう。

 そうすれば、脱出ができる。

 只人族では逃げられなくとも、私ならば逃げられる。

 もし、剣を没収されても縄を千切るための準備は万全だ。


 囚人では碌に食事も用意されないため、只人族では檻から出される頃には満足に力も出ないだろう。——が、森人族の食事は肉などではない。

 ここには栽培している野菜はないが、食べられる虫ならばそこら中にいる。加えて森人族は小食だ。

 僅かな食事のみでも飢餓にはならない。

 精々弱ったふりをして油断させてやろう。


 そう、考えていた。

 そう考えていたのだが————。


「オラ、今日の飯だ。サッサと喰いな」


 何故か食事が私の所にだけ運ばれてくるようになった。

 しかも山盛りの肉が……。


「何でだ……」


 いや、本当に何でだ?

 囚人に食事をちゃんと取らせるなんてしてないだろ。私の所だけだぞ。というか、最初の一週間は殆ど他と同じ食事配分だったじゃないか。

 何で急にちゃんとした食事を取らせるようになったんだ。

 食べるにはやせ過ぎだからか?太った方が好みだってのか。確かに獣人がこれまで弄んできた者たちは少し肉が付いていたが。


「はぁ……」


 大きな木の皿に山ほど盛られた肉にため息が出る。

 森人にとって肉は毒だ。どれだけ盛られても食欲はそそられない。しかし、ここで残していたら、獣人は騒ぐだろう。

 実際、一度残したら金切り声を上げて罵倒して来たり、槍で小突かれそうになったが。


「おい、あんた……あんたってば! その肉要らねぇならオイラにくれっ。オイラ、育ち盛り何で腹減って腹減って仕方がねぇんだ。なぁ、良いだろう旦那?」


「誰が旦那だ。私は女だ。というかお前と年は変わらないぞ」


 隣の檻に入っている囚人の子供がしつこく肉を強請ってくる。

 山盛りの肉が減るのは喜ばしいこと。肉を二切れほど放り投げ、反対側の檻にもついでに放り投げておく。

 この恩は一生忘れません!!等とお礼が聞こえたが、只人はすぐに物事を忘れるので真面目に捉えず曖昧に返事をして置く。

 残った肉は寝床として使われている汚い布の一部を破って包み外套の内側に隠しておく。

 よし、今度からはこの方法で肉を減らしていこう。

 空になった皿を前にして私は満足げにほくそ笑んだ。


 そして、更に一週間後——。

 今日も今日とてお祭り騒ぎで賑わう獣人の里。

 広場には一際巨大な檻がある。

 その中に、私はいた。

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