第14話

 洞窟の牢の中、椅子も机もない場所で膝程度の大きさの岩に腰を下ろしてジッとする。

 人攫いが里を襲撃して来た次の日、私は里長の命令でこの場所に閉じ込められた。

 何故、ここに閉じ込められたのか、詳しい理由は分からない。

 これからどうなるかなどの不安はない。ただ、アルバ様が心配だった。結局、一晩探しても見つからなかった。上手く、身を隠していてくれたら良いが、人攫いに連れ去られているかもしれない。

 それだけは嫌だ。


 腰を上げ、牢に手を伸ばす。

 鉄格子に触れる直前、手は弾かれる。

 輝術による結界だ。


「無駄だよ。落ちこぼれのお前じゃこれは破れない」


「リベリコウスか」


「戦士長を付けろよ。落ちこぼれ」


 声がした方に顔を向けるとリベリコウスが階段を下りて姿を現す。

 相変わらず憎たらしい表情だ。


「アルバ様は?」


「姿が見当たらない。何処を探してもな。物探しの輝術で探した所、人攫いに攫われたことが判明した」


「……追撃隊は?」


「いないよ。里の復興にも人手が必要だからな」


「ッ——」


 最悪の予想が当たった。

 人攫い共は全員乱暴者ばかりだった。酷いことをされていなければ良いが……。


「お前のせいだぞ。こうなったのはお前のせいだ。お前がこの里を壊滅に追い込んだ」


「私は人攫いの一味じゃないぞ」


「ほう? だったら、何でお前だけがあの状況で動けたんだろうなぁ。加えてアルバ様の近衛戦士なのに何で傍にいなかったんだ? 母親を巨大樹まで運ぶ余裕はあったのに、可笑しなものだ」


「…………」


 アルバ様の傍にいなかった。それに関しては何も言えない。

 あの日、誕生日だからとアルバ様は私に気を使って家に帰してくれた。また明日来てくれたらいいと言って。

 もし、それを断っていたら……無駄であるのにそんなことを考えてしまう。


「アルバ様の近衛戦士にも関わらず、遊び惚けていた罪。それは余りにも重い。よって里長から沙汰が下されるだろう。まぁ、十中八九追放されるだろうがな。お前が獣人たちに弄ばれる様子を見られないのが残念だ。ククッ精々頑張るんだな。運が良ければ母親に会えるかもしれんぞ?」


「——どういうことだ?」


 どういう意味か分からず、眉を顰める。

 アルバ様の姿が家にいなかった時と同じように嫌な予感が胸を過った。


「ふん、裏切り者の母親なんだ。母親も裏切り者かもしれないだろ? だから、証明して貰ったんだよ」


「お前……母様に何をさせたんだ」


 腹の底からドス黒い感情が噴き出てくる。


「クク、何もしてねぇよ。お前が出て行った後、お前の母親が自分から巨大樹から出て行って。戻らなかった。それだけだ」


「お前等がそう追い詰めたんだろうが!!」


 簡単に想像できる。この男が母様に詰め寄る姿が。

 母様は優しい。私のために、何かしようとしたんだろう。力など出ない状況で。


「殺す!!」


 鉄格子の隙間からリベリコウスを絞め殺そうとして、結界に弾かれて地面に倒れる。

 見下ろしてくるリベリコウスが憎たらしかった。


「じゃあなぁ、今度会う時はお前が追放される時だ。楽しみにしているぞ」


「待て!! ここを開けろっ。こっちに来い!! ぶっ殺してやる!!」


 ふざけるな。母様を犠牲にしやがって。父様は一体何をしていたんだ。

 庇わなかったのか、守らなかったのか。母様は父様を信用していたのに。

 何で私のせいで母様が危険に晒されなきゃいけないんだ。


「っ——母様」


 輝術に阻まれる。

 力はこちらの方が上なのに。母様を責め立てた男を見送るしかない。

 歯を食いしばり、拳を地面に打ち付ける。

 輝術が使えない。そのことを初めて後悔した。


 そして、次の日になって、私の処遇が里長から直接告げられた。


「我が娘、アルバの近衛戦士——リボルヴィアよ。お前に沙汰を下す。我が娘を守れなかった罪は重い。故に、貴様はこの地から追放する」


 腕を縛られ、跪かされて告げられる。

 これほどまで近くで里長を見るのは、名付けの儀式の時以来だ。

 あの時は、里長に圧倒されたが、今は母様のことしか頭になかった。

 追放すると言われても、私はもうこの里に愛着などない。母様がいない以上、ここに私がいる理由はない。


 門から里の外に押し出され、僅かな荷物を放り投げられる。

 その荷物は、里長が最後の慈悲として私の要求を叶えたもの。

 母様から貰った剣に剣が一本、そして少量の水。


「…………」


 それらを抱えて歩き出す。

 里から一刻も早く、離れたくて仕方がなかった。





 森人族の中で最も重い刑罰が追放だ。

 本来なら死刑が最も重い刑罰だが、

 追放された森人は里の周辺にも住むことは許されず、見つかれば外に追い出される。そして、行きつく先は近くにある獣人族の住む領域だ。

 獣人族は野蛮。それが森人の認識だ。

 過去の因縁が関係しているのもあるが、獣人族は敵対者の殺し方が残虐の一言に尽きる。


 領域に入れば容赦なく群れで襲い、生きたまま食い殺す。

 熱した油の中に人を入れ、それを見世物にする。

 肛門から杭を突き刺し、死ぬまで放置する。


 これは実際に森人が殺害された方法だ。

 森人ならば、罪人と言えど苦しませずに殺す。だが、獣人は違う。玩具にされ、遊ばれ、苦しまされる。

 そんな獣人族の所へと追放されるからこそ、追放が最も重い刑罰になっているのだ。


 森の中を進みながら、獣人族の特徴を思い出す。

 鋭い牙を持ち、四肢を使って走り、その拳は子供でも岩に罅を入れるぐらいは容易にする。身体能力の高く、輝術に対して全く耐性のない種族。

 彼等の中からは剣士、拳士などの戦士が大半であり、輝術を扱う者はいない。

 森人とは違い、野菜ではなく肉を好み、食欲は旺盛。

 気性が荒く、乱暴者の礼儀知らず。文化を愛さない略奪者。

 こんな所か。


 只人族の領域に出るには必ず、獣人族の住む領域を抜けなければならない。

 殺されるよりも悲惨な苦しみを味わわせるために、追放されたが、そんなものはごめんだ。

 人攫いの情報は全くないが、人攫いが只人族であった以上、只人族の領域に行けば情報が手に入るはずだ。

 母様、そしてアルバ様を助けるために、こんな所で道草を食っている暇はない。


 獣人族と戦ったことはない。戦士としての肉体ならば獣人族の方が上だろう。だが、私には剣がある。

 邪魔をするなら斬り捨ててやる。

 そう意気込んで歩いていると、大きな石碑に気付いた。


「……これって」


 蔦と苔に覆われた手入れもされていない石碑。

 そこに描かれていたのは古き時代の神々である八大神——ではなかった。いや、八大神の一部の神も描かれている。だが、一部が変わっており、称号も八大星天はちだいせいてんと記されていた。


 八大神の一柱、巨神が戦いで敗北した神話の戦いから時が流れ、種族も増え始めた頃——丁度森林戦争が始まる前だったはずだ。

 強さを求める闘人族に、神の力を求めた龍神族、神を憎んでいた幻人族の一人が神を相手に戦いを挑み、勝利したのだ。

 人が神に勝つ。有り得ない事態にもしかしたら、大いなる星の運命でも働いたのではと古森人が噂したらしい。


 その時に敗北した神々が、龍神、魔神、幻神だ。倒された神々の位に勝利したものが入ったらしく——。


 1.闘神 2.龍神 3.巨神 4.海神 5.魔神 6.幻神 7.恐神 8.黒神


 だったものが、


 1.闘神 2.龍人 3.巨神 4.海神 5.幻人 6.闘人 7.恐神 8.黒神


 となった。

 それ以降、人が星を統べる天上の存在と肩を並べたことで、呼び名が八大星天となり、神々の時代は終わりを告げ、大いなる星の運命が働いたから人が神に勝てたと言う噂から、星暦せいれきという歴史が始まったと言われている。


「獣人に奪われてなければ、これももっと小さな頃に見られていたんだろうな」


 全く以って里の大人たちは何をしているのか。

 この場所はかつては森人が住む領域。つまりこれは以前里で管理していたのだ。獣人たちの横暴を止めていれば、もっと早くこの石碑を見れたと言うのに。

 別に森人のことなどもう知ったこっちゃないが、この石碑は現在生きている八大星天を示しているようなのだ。

 つまり、ここに刻まれているのが世界で最強の戦士たち。

 森人の寿命は長い。ならば、生きている内に彼等に会えることもできなくはないのだ。

 それが少し楽しみだ。


 母様たちを見つける片手間に探してみようと思い、石碑から目を離す。

 そして、剣を振りぬいた。


「——ぎゃいぃ!?」


「気付いてないと思ったか? 視界にしっかり映っていたぞ」


 斬り捨てたのは、獣人の少年。年はそう変わらないぐらいだろう。

 手には剣を持っている。

 少年が斬り捨てられたことで、周囲から続々と隠れていた獣人が姿を現れた。


「パパザロエガキオアワサイカ! ゴンタイニニヤオルタアンオヨルカ!?」


 獣人語か。獣人族の里だから当然だね。

 何々……ここは俺たちの縄張りだ。とんがり耳野郎が何の用だ?煩い馬鹿野郎が。


「野郎じゃない。それに——いや、もう森人は私には関係ないか」


「あぁ? 何をぶつぶつと、この卑怯者め!!」


「はい? 卑怯者?」


「そうだ。お前等は輝術何て訳の分からんものを使って逃げながら戦う卑怯者だ!! それでいて戦士と名乗る。戦士とは誰よりも前に出て戦う者のことを言う。それなのに、戦士と名乗る何て、お前たちは卑怯者で恥知らずだ!!」


「蛮族風情がよく言う」


 恩を忘れて他種族の領地を荒らす癖に何て言い草。

 卑怯者も恥知らずもお前等の方だろう。

 真実から目を逸らす。いや、真実を知らないのか。それとも本当に獣人族の中ではそうなっているのか。どれにしてもこれ以上関わり合いになりたくない。

 身体能力の高さを生かして斬りかかってくるが、狙いは分かりやすい。横に避けてから蹴りを放ち、包囲網を崩して脱出を図る。


「チッやはり、逃げるか。この卑怯者め! 一対一で戦うこともできないのか!!」


「大人たちを呼べ! 里にも知らせろ! こいつの四肢を斬り落として皮を剝ぐんだ。生きていることを後悔させてやれ!!」


 卑怯者という癖に集団で襲って来る。

 相手は自分たちと同い年ぐらいであるのに、大人の戦士を呼ぶ。

 ちょっと会話しただけで分かる。リベリコウスやアブスィークの方がまだ会話ができる。獣人と言われているけど、こいつら本当はただの獣じゃないのか?


「はぁ、話に聞いていた以上だな」


 木に登り、枝から枝へと跳び移る。

 森人ならば馬で走るか、輝術で追いかけてくるかでしか私には追いつけないが、獣人はやはり身体能力が高い。

 汗一つかくことなく、四肢を使い、剣を口に咥えて追いかけてきている。

 恐らくだが、速度ではあちらの方が上だ。このまま逃げても追いつかれるだろう。


「そうなる前にこれ使うか」


 一人で何十人も相手をするのは疲れるし、面倒だ。

 それに大人も加われば、更に面倒。勝てないことはないだろうが、時間を使うだろう。そんなのは御免だ。

 懐から、土で作られた小さな小瓶を取り出す。

 里を出る時に家からくすねて来たものだ。中には有毒の甲虫の蛹を潰して作成した毒粉が入っている。

 それを後ろにばらまく。

 小さな粉末が風に乗り、追いかけて来た獣人に降りかかる。


「ぐぎゃあぁああぁああっ!!?」


「い、いたいいたいいたいぃっ」


「のどが、喉が焼けるッ」


 触れただけで大きな水ぶくれにもなりかねない毒を浴びた獣人が悲鳴を上げる。

 今のうちに距離を稼ぐため、思い切り加速する。

 だが、それが不味かった。


「な——!?」


 毒粉は一つしかくすねることができなかった。だから、これが最後の好機になるかもしれない。

 焦ってはいない。本当だ。ちょっと近道して早くこの場を抜けようと思っただけ。

 視界の悪い場所を突っ切った瞬間、目の前で待ち構えていた檻に私は頭から突っ込んでしまった。


「フハハハハ!! 本当に来たぞ!?」


「臭いで分かるんだよなぁ。お前が何処にいるか何て。ククッ俺たちから逃げられると思ったのかぁ?」


「獲物だ。獲物が来た!! 父ちゃん父ちゃん、今日はオイラに捌かせて!!」


「串刺しだ、八つ裂きだ、火炙りだ!! 我らが怨敵に恨みをぶつけろ!!」


 檻の周囲には幾人もの獣人の姿がいる。

 先程の子供の獣人、そして大人の獣人、武装した獣人。全員がギラついた目で私を見ていた。

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