第13話
燃えていた。
家が、木が、人が、燃えて夜の帳を照らしていた。
何故、何故、何故——?
何が起こっている。今日、いやもうすでに昨日だ。誕生日を祝って貰って家で母様と一緒に寝ていた。そして、外の騒がしさに目を覚まし、家の外に出たらこうなっていた。
火事か、それにしてもそこら中から聞こえる下卑た笑い声の正体が分からない。
「お、新しい森人ちゃんはっけ~ん☆ しかも子供じゃないか、全員捕まえたと思ったが、まだいたんだな」
放心していると目の前に男が現れる。
手には赤い血がこびり付いた剣があった。
森人?いいや違う。森人とは違い、耳が長くないし、美形でもない。
森人族の肌は白く、髪は絹のように美しい。例え中身がどんなに醜悪でも外見は美しい種族だ。
対して目の前の男は、鼻が低く、耳が短い。肌と髪は荒れ果てており、暴力の気配を強く漂わせている。
「只人か、何でこんな所に……」
「あぁん? それ言う必要あるかぁ? 見りゃわかるだろ。それとも分かんない?」
只人の男がにちゃりと笑いながら、距離を詰める。
その顔面に膝を叩き込み、両腕両足を剣で斬りつけた。
「ふへ?」
只人の男は何が起こっているかも分からずに倒れ込む。
自信満々に向かって来た癖にこの程度か。初めての異種族戦だったのに呆気ないな。だが、今はそれで良いのかもしれない。
この男が家の中に入ったら母様も危なくなる。
それに、私の力は異種族にも通じると証明されたのだ。今は満足するべきだろう。
「ひ、ひぎゃぁあっぁあああ!!? お、俺の腕、足ぃいっ、なんで、森人は輝術だけで戦うんじゃなかったのかよぉっ!?」
「例外は何事にもあるということで只人の男。さて——」
「ひぃっ!! 俺の耳が!?」
剣を抜き放ち、只人の男の片耳を切り落とす。
悲鳴を上げる前に頬に刃を当てれば、只人の男は喉を引き攣らせて黙り込んだ。
「少し話を聞かせて貰おうか。教えなければどうなるのか、もう分かるよな? それとも——分かんない?」
母様を抱えて燃える里の中を疾走する。
子供に自分を抱えさせて運ばせることに母様は良い顔をしなかったが、緊急事態だ。それに今の母様はとある理由で体調を崩している。走らせる訳にはいかない。
只人の男が言うには、この里には今輝力を外部に垂れ流しにする輝術が仕掛けられているらしい。
ここ最近、森が騒がしい理由はあちこちに只人の男たちが輝術を仕掛けて回ったからだろう。そのせいで縄張りを追われた巨大蜘蛛が里の方まで来たりした。あの時に気付いておくべきだったな。
輝力を垂れ流しにされたせいで輝力を頼りとする森人の戦力は大幅に減少。警備をしていた戦士団も何も出来ない状態でやられたようだ。
侵入して来た只人は人攫いの一味。
目的は当然金になりそうな森人の女に子供だ。
「母様、巨大樹が見えてきました」
「う、ん……ごめんねぇーリア、足を引っ張って」
「関係ないですよ。いつも母様には助けられているんです。こんな時ぐらい甘えてください」
「リアは優しいわねー」
里長のいる巨大樹には、避難して来た森人が集まっている。彼等を守る戦士団の数も多い。やはり、ここに来て正解だった。
巨大樹の中へと入り、母様を大きな茸の椅子へと降ろす。
「母様、私はこれからアルバ様の所へと向かおうと思います」
「それは駄目よーリア、外にはまだ人攫いがいるんだものー。力も出ないしー一人じゃ危ないわー。ここは私が行くべきよー」
「問題ありません。何故か分かりませんけど、私は弱体化していません。それにさっきの奴等みたいなのだけだったら、私一人でも大丈夫ですよ。母様もここに来る間に私が人攫いの連中を撫で斬りにしたのを見ていたでしょう?」
「それは……そうだけどー」
母様が口籠る。
やはり、優しい人だ。だけど、行かなくてはならない。形だけではあるもののアルバ様に仕えているのだ。
近衛戦士が主の安否を気にせずにいたら、それこそ批判が殺到する。
「おい、落ちこぼれ!」
そんな時、聞きたくもない声が耳に届いた。
げんなりとした表情で後ろを振り返る。
「何だよ」
「何だその口調は! 俺は戦士長だぞ!!」
「……申し訳ございません。リベリコウス戦士長」
コネで成り上がった癖によく言う。その後ろにはアブスィークもいる。
何でこいつはこんなに元気なんだろう。戦士たちでも体調が悪い者も出ているというのに。
「それで、何でしょうか?」
「先程の言葉についてだ! 貴様、弱体化していないと言っていただろう。どういうことだ!?」
「どういうこと、と言われましも……私は輝力が外に流れていないんですよ」
「やり方を教えろ。でなければ、ここから出しはしない」
「はぁ?」
「今は一刻を争う事態。里の存亡がかかっているのだ。なのに、情報を出し惜しむなど許されないことだ。本来なら、お前を拷問してでも聞き出したいが、特別に自分で話す時間をやろう」
何だそれは。何故私が犯罪者みたいに扱われているんだ。
「それは無理だ。私も何故自分が弱体化しているか説明できないんだ」
「何だと? 貴様、これまで世話になってきたというのに恩も返さないつもりか!?」
誰にだよ。もしかしてお前か?
一度足りとて恩など感じたことがないのに、訳の分からないことを口走るリベリコウスに頭が痛くなる。
「貴様、もしかして貴様が人攫い共を招き入れたんじゃないだろうな?」
「そんな訳ないだろ」
「いいや、貴様はこの里を恨んでいたからな。有り得ない話ではない」
続けて更におかしなことを口走る。
声が大きいせいで周囲も私に恐る恐ると言った様子で視線を向けている。中には怒りの視線を向ける者までいた。
もう相手をするのも疲れて来た。
「有り得ない話ですよ。母様がいる限り、私がこの里を恨むことはありませんから。それじゃあ、私はアルバ様の所に行かなければなりませんので」
「オイ待て、話は終わっていないぞ!」
「その通りだ。逃げるつもりか? やはり、後ろめたいことがあるんだな!!」
「想像ならばご勝手に……私は行くわよ」
「ふざけるな!! 戦えるのはお前だけなんだぞ。自分勝手にもほどがある。お前の我儘で誰かが傷ついても良いと言うのか!?」
「知らないものは説明できないので」
「ここに残って戦うことはできるだろう!! 何もできない女子供もいるんだぞ!?」
「ならば、ご自分で戦えばよろしいのでは? 腕力で戦う相手に輝術をぶつけるのはお得意でしたよね?」
「ふん、そう言って逃げるつもりだろう。それとも敵にここに森人がいることを密告するつもりか?」
「はぁ、何でそうなる。分かった。敵じゃないって証明に人攫いの奴等を見かけたら斬り捨てておく。それで良いでしょう」
付き合っていられない。
呼び止めようとする声を無視して巨大樹の外へと出てアルバ様の元へと向かう。
こんな緊急事態なのにリベリコウスやアブスィークは巨大樹を守ることだけを考えている。いや、違うな。あれは守って貰うことだけを考えているのか。
上手く隠していたようだが、瞳の奥には恐怖が見えた。
そもそも巨大樹の周囲には里長の結界が張ってある。あの中であれば、輝力の流出は防げるはずだ。
巨大樹そのものも聖なる力を持っているし、炎で燃えることはない。あれを打ち崩すにはそれこそ城を攻め落とすような装備を持って来なければならない。
それでもあれだけ怯えていたのは——初めて異種族を相手にして怖気づいたからか。
「おーっとっと、ここから先は行き止まりだぜお嬢ちゃん。いや、ぼっちゃんかな?」
「たくよー。困るぜ森人は。大人なら見分けは付くが子供だと男か女か見分けがつかねぇんだから」
「馬鹿か。子供ならどっちも価値があるだろうが」
「いやいや、女の方が俺は嬉しいねぇ。いつか巨乳の森人に会うのが俺は夢なんだよ。是非作ってやりてぇな」
「巨乳の森人って……死体繋ぎは余所でやれよ? 只人よりもこいつらは高くつくんだからな」
アルバ様の所へと向かう途中、男たちに出会う。
弓、槍、斧、剣——それぞれ手にしている武器には血がこびり付いている。それが誰のものなのか、考えるまでもない。
「抵抗しない方が良いぜ。今お前等のお得意の輝術は使えないだろうからな」
「抵抗したらよぉ、やっちまって良いよなぁっ」
下卑た声で笑う男たち。
最初に会った男と同じだ。完全にこちらを下に見て、戦場だと言うのに自分たちの命は危機に晒されないと高を括っている。
軽く、鼻で嗤った。
「行くところがあるから邪魔しないでくれるか? そしたら命までは獲らないでやる」
軽く忠告を飛ばす。尤も、答えなど分かり切っているが。
男たちが顔を見合わせ、笑った。
「そぉんなに睨むなよ。怖いじゃねぇか」
「ククッどいつもこいつも森人って奴はプライドが高いな。泣いて許しを請わせるのが楽しみだ」
武器を掲げ、男たちが距離を詰めてくる。
こちらに傷つけられると思っていないからか、歩みに迷いはない。
「何だ? 今更怖くなったのか。大丈夫だよ。お兄さんたちがあっちで優しく面倒を——」
「汚い手で私に触るな」
肩を触ろうと手を伸ばしてきた男の腕に剣を叩き込む。肉が切り裂かれ、骨が砕ける音がした。
一瞬、男は何が起こったのかを理解できず、放心し、悲鳴を上げた。
「ひぎゃぁああああぁああ!? 俺の手がぁあぁっ!!」
「最初に出会った男と同じだな」
耳障りな悲鳴を止めるため、転がる男の首目掛けて剣を振るう。斬り落とせはしないが、半分斬れば動けなくはなるだろう。
剣を手にした私を見て、男たちは狼狽えた。
「な、何で森人が剣なんざ使ってんだ!?」
「まさか、偽物か!?」
「騙し討ちかよ。卑怯な真似しやがって!」
「自分のやっていること考えて言えよ」
次々と好き勝手なことを言いながら襲い掛かってくる男たち。
多対一の状況は初めてだが、男たちの動きを見て確信する。勝てる、と。
「死ねぇ!!」
剣で斬りかかってくる男の斬撃を躱し、擦れ違いざまに頭を斬り付ける。
多対一の状況は何も一人の方が不利だとは限らない。
個人の力では力が及ばないと判断し、人と協力して初めて多という利を生かせる。だが、男たちは誰一人協力しようとせずに我武者羅に突っ込んでくるばかり。
加えて一人斬れば、怖気づき、戦意が乱れていくのが分かった。
自分たちの気持ちの良い勝利しか信じない雑兵。私が負ける要素は何一つないな。
四人斬り捨てた所で、残った一人は完全に戦意を喪失していた。
武器を捨て、体を反転させて、罵詈雑言を口にしながら逃げ去る。
プライドだけはあるってお前のことじゃないか。全く……。
残しておいたら、どんな悪さをするか分かったものじゃない。ここで仕留める。
「ふー……」
全身から力を抜き、姿勢を低く保つ。
矢を乗せた弓のように全身を引き絞り、狙いを定めて地面を蹴る。
これは私が輝術師相手に輝術を使う前に距離を詰めるために開発した技だ。
空気を裂き、逃げる男へと迫る。
音もなく、距離を無視して命を一撃で狩る技。その名は——。
「——
剣が男の首へと突き刺さり、そのまま首を飛ばす。
体だけが首を飛ばされたことに気付いていないように、暫く走り続け、やがて倒れた。
「ひ、ひひ——あ、ありえねぇ。何で俺の体があそこに見えるんだ?」
「驚いた。意識があるのか……」
落ちた生首が喋り出す。
意識は頭の方についていると母様が言っていたな。なら、こういうこともあるのだろう。
「ち、畜生。白いレアものを手に入れたのに……悪魔に出会っちまうなんてよぉ。あんまりだっ」
「白い、レアものだと? どういうことだ!?」
生首になった男の言葉に去ろうとしていた足が止まる。
急ぎ、問い詰めるが既に男に意識はない。
そこでふと、男たちが来た方向を思い出す。
私はアルバ様の家がある方向へと向かっていた。基本、巨大樹からアルバ様の家までは一本道。
そこで向かい側からやってきた男たちと遭遇した。
ぞわりと嫌な予感がした。
男の生首を投げ捨て走る。
不自然なことに人攫いの姿はもういなかった。
門を抜け、茂みを飛び越え、木を登ってアルバ様のいる家に飛び込む。
「アルバ様!!」
家を見渡すも誰もいない。
冷や汗が止まらなかった。
家の中をくまなく探すが、隠れている様子もない。
家を飛び出し、外を探す。何処かにアルバ様が隠れているかもしれないと考えて。同時に人攫いも探す。
見つけた瞬間に手足を斬って話を聞き出すつもりだった。
だが、太陽が昇り、日が差すようになっても、私は人攫いもアルバ様も、見つけることができなかった。
そして——。
「おい、落ちこぼれ。里長がお前をお呼びだ」
呼び出しがかかった。
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