第12話追放編

 森人の里——私が住んでいる里はそう呼ばれている。私が住んでいるのは里から少し外れた所だが……そんなことは兎も角、名前の通り、森人が住んでいる場所だ。

 森人は基本的に名前を付けない。両親ですら子供に名前を付けない。名前を付けるのは里長の役目だからだ。

 理由としては、森人の在り方のせいだろう。

 生きとし生きるモノ全てあるがまま受け入れる。それが森人だ。名前を付けないのも、自ら名前を付け、方向性を決めてしまわないように、とのことらしい。


 だからこそ、里のあちこちの地域には名前がない。

 例えば、アルバ様と私が喧嘩をした湖。あそこと似たような場所が幾つかあるが、この湖一つ一つに名前はない。

 だから、いつも私とアルバ様が喧嘩した湖~だとか、昨日○○が△△した湖~と言うしかない。


「追え追え追え!」


「逃がすなよ! また増えて出てくるぞ!」


 さて、何でそんなことを説明したかと言うと、今回の仕事の説明をされた時に関係する。

 仕事は巨大蜘蛛の駆除だ。

 巨大蜘蛛の住処である森人の戦士リーエリが戦死した林を抜けて五十メートルあるエンドの子トリトンがよく秘密基地を作っている岩陰と、ロイリが虫罠を仕掛けている樹木の間にある——とよく人の名前が出て来て巣の場所と頻繁に巨大蜘蛛が出現する場所を説明されるまでかなりの時間がかかったのだ。

 里の森人と関りが少ないから、名前を出されても分からない。似たようなものが一杯あるのは理解しているが、もうちょっと工夫してくれと内心思いながら話を聞いていた。


 正直面倒だと声を大にして言いたいくらいだ。

 だが、それを母様に愚痴として零した時、注意された。

 言葉は安易に選んで使ってはならない。悪い方向に枝が伸びるかもしれないから。そんなことを言われた。


「貴様ッやる気があるのか! 先行するのはお前の仕事だろう、サッサと行け!」


「ハイハイ」


 説明の時を思い出しながら走っていると後ろから罵声と輝術が飛んでくる。巨大蜘蛛ごと殺す気満々じゃないか。

 ナイフでも投げてやろうか、と前までは思っていたが、この扱いにも慣れて来た。

 輝術も罵倒も流して巨大蜘蛛へと迫る。


 凸凹の道、地面から顔を出した根っこを潜り抜ける。

 巨大蜘蛛も足は速いが、それ以上に私の方が速い。瞬く間に追いついて剣を振るう。

 足を切り捨て、毒針を避け、腹を裂く。

 数十の金切り声が森の中に響きわたり、暫くして止んだ。


「遅かったな」


 森人の戦士たちが追いついた時には数十といた巨大蜘蛛を殲滅し終わっていた。


「貴様ッ何故森を汚した!!」


「そうだ、奴等の体液は毒なのだぞ! それをこんなに散らばせて、恥を知れ!!」


「全く、これだから落ちこぼれは、殺せば良いと軽率に判断する」


 確かにそうだけど、お前等が私を先行させたんじゃないか。


「最近は森が荒れ始めているんだ。なのに片付けをする時間を作りおって、これだから輝術も碌に使えん奴は」


「然り、私たちの手を煩わさないで欲しいな。可愛げがあれば、手伝ってやるものの、女の分際で体は傷だらけときてる。これではこちらの気も削がれるというもの」


「棒切れ振り回して何になるのか、これは貴様が片付けておけよ。我らは報告に戻る」


「はぁ……分かった分かった」


 言いたいことは色々あったが、これにももう慣れた。問題があることを指摘した癖に早々に帰ろうとする森人を尻目に片付けを行う。

 油分の多い葉と木の実を取り、火を起こして少しずつ死体と毒の処理を行う。

 片付けが終わる頃には、もう夕暮れだ。


 急ぎ帰宅を——と思いながら、少し家から帰る道を外れてアルバ様の所へと向かう。

 大きな木の上に作られた家に辿り着くとノックもせずに扉を開けた。


「入りますよ。アルバ様」


「もう入っているじゃない」


 白い肌に少し伸びた白い髪を揺らしてアルバ様は私を迎える。

 無遠慮な態度に起こりもせず、入れかけのお茶の入ったコップを掲げる。


「飲む?」


「いただきます。果実もあります?」


「少しは遠慮しろよ」


「いやです。どうせ私が取ってきたやつじゃないですか」


 互いに軽口を叩きながら、果実とコップを並べて椅子に腰を下ろす。


「それで仕事の方は? もう終わった?」


「報告にはどうせ先輩方が行ってますよ」


「それまた貴方の手柄が取られるじゃない。自分で行きなさいよ」


「嫌です。嫌いな人の所に行きたくないし、後でアルバ様が評価上げといてください」


「クソ面倒くせぇ」


「口が汚い」


「クソ面倒くせぇでございますぅ」


「殴られたいんですか?」


「何よ。自分だって汚い言葉を使う癖に、サボってる癖に!!」


 頬を膨らませ、アルバ様が抗議する。

 果実を齧りながら、まじまじとアルバ様を眺める。

 あれから五年——。

 アルバ様は美しくなっている。

 勉強の方は——全く理解できない私が言うのも何だが——それなりだが、私と一緒に運動するお陰で、ふっくらとした頬は細くなり、お腹にはもう肉は乗っていない。

 私も身長がアルバ様よりも拳一個分高くなり、髪が腰当たりまで伸びている。


 喧嘩したあの日から、アルバ様とは上手くやれた。

 忠義を捧げる相手ではなく、それでいて他人でもない気の許せる相手として。母様ほどではないが、私はアルバ様を気に入りつつあった。

 喋りたいことを喋り、ふざけ合うこのお茶会も日々の楽しみの一つになっている。


「ほいこれ」


 果実とお茶を楽しんでいると徐にアルバ様が一つのものを放り投げてくる。

 空中で手に取ると、それは髪留めだった。


「これって……」


「輝術で作った髪留め。貴方、髪が戦いの時に邪魔だって言っていたでしょ? だから、あげるわ」


「……もしかして、これプレゼントというやつですか?」


「そうよ」


「…………」


「え、どうしたの? もしかしてそんなに意外だった?」


 プレゼントを貰うことは嬉しい。しかし、まさか母様や叔母様以外の人からプレゼントを貰うとは思っても見なかった。

 それにして、今日渡すとは……もしかして把握していたのかな。


「いえ、こちらはこれまで用意していなかったのに、妹みたいに思っているアルバ様が用意して来たので……何だが負けた気がして」


「流石に不敬過ぎないかしらリア?」


 額に青筋を浮かべながら、アルバ様が拳を作る。

 中々肉体派になって来たな。

 それから喧嘩腰になったり、笑い合いをしながら時間を潰す。


 そして、夕暮れになる頃にアルバ様の家から出て今度こそ家へと向かう。

 既に先に帰っていた森人の戦士は報告を澄ませた後だろう。アルバ様が口にしたように、やっていないにも関わらず、自分の功績にして。

 だが、それについてはどうでも良い。

 仕事の功績は多分奴等に奪われているのだろうが、別に戦士として成功したい訳じゃない。

 アルバ様から母様に立派にやってくれていると話をしてくれたおかげで母様は私をあまり心配しないようになってきた。喜ばしいことだ。

 しかし、最近は私が母様を心配することが多くなってきた。


 家に着くと、その心配の種が扉の前に立つ母様ににじり寄っている。

 里の奴等から馬鹿にされたり、リベリコウスやアブスィークの嫌がらせには慣れたが、これには本当に腸が煮えくり返る。

 急ぎ足で家の前に立つクソ野郎を母様から引き剥がし、放り投げた。


「邪魔だ」


「ほぅぐっ!?」


「久しぶりだなクソ野郎、こんな時間に何か用?」


 母様ににじり寄っていたのは、渋おじ改めクソ野郎。性懲りもなく、母様の体を狙っている奴だ。


「貴様! 邪魔をしおって、そこを退け!」


「誰が退くか。ここを通りたければ、私を倒していけ。尤も、倒せればの話だけどな」


「それが恩人に対する態度か! 貴様がそれだけの力を得られたのは儂のおかげだぞ!!」


おんよりおんの方が大きいんだよ」


 片手を剣の柄へと伸ばし、刃を僅かに見せる。

 これ以上難癖を付ければどうなるか。問答せずに脅しをかける。

 すでに実力では私はクソ野郎を抜き去っている。一度徹底的に木剣で叩きのめしたので間違いはない。その影響もあって、クソ野郎は皺の多い顔に更に皺を作り、舌打ちをして帰っていった。


「リアー、そういうのはー私良くないと思うのー」


「なら、母様があいつに体を許すのは良いのですか?」


 私の問いかけに母様は困ったような表情をする。

 娘を育ててくれたのは事実。だから、無下には扱えないんだろう。平手打ちでもして良いのに。


「でもーリアがあの人と喧嘩しなくても良いと思うのー。何かあったらー旦那様が言ってくれるだろうしー」


「何も言わないから私が言っているんですよ」


 家の中に入り、周囲を見渡す。

 思った通り、父様の姿は見当たらない。


「父様は……今日も大樹の方に?」


「えぇー、リアの誕生日だって言ったんだけど—勤めをないがしろにはできないってー」


「そうですか」


 ここにはいない父様に不満を持つ。

 誕生日を祝ってくれないことにではない。母様を守らなかったことにだ。

 私が帰ってくる日に限って毎回家を留守にするらしいが、そんなに顔も見たくないのだろうか。

 まぁ、良い。切り替えよう。

 クソ野郎からは私が守ればいい。父様もいない。いるのは母様だけ、ならば存分に甘えて楽しめば良い。何て言ったって今日は私の十二歳の誕生日なのだから!

 百以降は誕生日は祝って貰えないのだ。存分に楽しもう。

 お気に入りの場所に行けば、大層な御馳走が机の上に並んでいる。

 果実に、珍しい薬草や色彩豊かな昆虫食。見ているだけで涎が出そうだ。


「こんなに一杯……用意するのに大変だったんじゃない?」


「そうねー。でも、もう少しで見習いも終了の次期じゃないー? だからー奮発しようと思ってねー。それにーアルバ様にも手伝って貰ったのー」


「そう、だったんですか」


 母様の言葉に体の中が温まるのを感じる。


「その髪型素敵ねー。母様もお揃いにしようかしらー?」


「えぇ、アルバ様が用意してくれたのです」


「あらー、もしかして誕生日のプレゼントとして?」


「はい、恐らくは」


「ならー大事にしなきゃねー」


 髪留めに気付いた母様が髪型を褒めてくれる。後ろで束ねただけの髪型だけど、褒められて嬉しい。アルバ様に感謝することが増えたな。

 それから二人っきりの誕生日会が始まり、誕生日として新しい剣を貰った。本当は鎧も買ってあげたかったと言っていたが、私にはこれで充分だ。


 里の奴等からの態度は冷たい。

 でも、大好きな人が傍にいてくれる。友達が祝福をしてくれる。

 私は幸せ者だとそう思えた。


 あんなことが、起こるまでは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る